78 わかば荘の薔薇色の日常
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─ 201号室 ─
[床に片手をついて身を乗り出し、 南方との距離を詰める。
見えない顔を見ようと、目を凝らす。]
南方。 もう一度聞かせて。
[今は、ハッキリと、言って欲しい。]
それ 面白かった?
(4) hana 2014/07/03(Thu) 00時半頃
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[ほとんど深夜に近い時刻。 雨音は次第に弱まって来ている。
そのせいか、あるいは、 南方が紡ぐ声という音に集中しているからか 音という音は部屋から消え、 南方の小さな吐息まではっきりと聞き取れた。
それは安堵のように聞こえた。
火傷しそうに熱い手が頭に触れ、 その熱量が、南方の言葉の温度をも上げる。
他人を泣かせるくらい圧倒的であれ──。
今以上の、もっと上の覚悟を問われるような言葉だった。 それでも遊は、触れられた手に伝わるよう しっかりと頷いた。]
(15) hana 2014/07/03(Thu) 01時半頃
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[床に横になった南方の目が、苦く笑う。
ああ──]
──いいよ、正直に。
[南方の感想は、想像した通りだった。
『あんまり。』
その突き放すような言葉を受けて 遊は、ここ数日で一番スッキリとした笑みを見せた。]
(16) hana 2014/07/03(Thu) 01時半頃
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…──ありがと。
[ぽつ、と 遊の口から言葉が零れた。
辛くて眠そうな南方の額を冷えた手指で一度撫で 南方の身体を跨ぐようにして、マウスに手を伸ばした。]
(17) hana 2014/07/03(Thu) 01時半頃
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[半年以上デスクトップに居座り続けた未完の物語は 軽いクリック音一つで簡単にデータの海に消え去った。
※復元出来るとか言ってはいけません。
北海道で酪農家を営む青年の人生を知るのは 書いた遊本人と、唯一の読者、南方夏一だけとなり、 同時に、あれほど長い間 遊に圧迫感を与え続けていた四角い液晶画面からも もう何の圧力も感じなくなっていた。]
(25) hana 2014/07/03(Thu) 03時半頃
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[>>23耳に届いた笑み混じりの呆れ声に、 唇の端を笑みの形に引いて振り返る。
視線を下へ向ければ、 病気の辛さより眠さが勝ったような穏やかな顔で 南方は目を閉じていた。
寝ている間は眉間に皺は寄らないんだ──
と、皺の痕だけの残る眉頭を見つめていたが 期限を切るよう言われて、浮かべた薄い笑みを深くした。]
(26) hana 2014/07/03(Thu) 03時半頃
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[早朝──降り続いた雨が上がり、空に虹が掛かる頃。
寝息を立てる南方の横に 力尽きて眠る遊の寝顔が並んでいる。
白い光を漏らす四角いデスクトップに 新たに立ち上げられた真っ白いキャンバスには、 キーボードで綴られる全く別の物語が生まれ始めていた。**]
(27) hana 2014/07/03(Thu) 03時半頃
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ジャニスは、ミナカタイッテラッシャーイw
hana 2014/07/03(Thu) 13時半頃
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─ 朝……昼? 201号室 ─
[梅雨明けの空に架かる虹を見損ねたと知って 遊は後に残念がることになるのだろうか。
夏布団の柔らかさとに頬を埋めるように力尽きていた遊は、 頬を撫でる風に雨の匂いがしなくなったのに気付いて、 昼近く、少なくとも、朝と呼ばれるには遅い時間になって 閉じていた瞼をふっと開いた。
幾度か瞬きを繰り返した後、 背中に感じるぬくさと気配に振り返って隣を見る。
南方は、昨日眠った時と同じ、 眉間に変な力の入っていないリラックスした顔で まだそこに眠っていた。]
(31) hana 2014/07/03(Thu) 14時半頃
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[遊は眠そうな顔でさらに数度の瞬きをしてから、 南方の顔を覗き込むように背中を丸めて、 南方の方へ屈みこむ。
南方の寝息は規則正しい。 ひとまず風邪は小康状態にあるのかもしれない。
顎と首の間の隙間に手を差し込んで体温を確かめる。
まだ少し高いような気もするが、 昨日ほどは熱くない体温に、遊の呼吸も僅かに緩む。]
(32) hana 2014/07/03(Thu) 14時半頃
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[起こさないように起き上がり、 開きっぱなしだったパソコンを 念のためテキストを保存してからそっと閉じる。
南方を踏まないようにその身体を跨ぐと 無垢材の床の上で、うんと大きく伸びをした。
それから、洗面所で顔を洗い、 濡らした手櫛で髪を整え 歯を磨いてから台所で湯を沸かす。
白い琺瑯ポットが湯気を立てて、しゅんしゅんと鳴いた。]
(33) hana 2014/07/03(Thu) 14時半頃
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[コンロの火を止めた瞬間、 ゴツ、という鈍い音があがって 顔だけ振り返っている遊の背中に声が掛かる。>>38]
うん
[言いながら顔をまたキッチンに戻し コロンとしたアカシアのマグカップに ティーバッグと湯を入れて、それを手に部屋に戻る。
デスクの端にそれを置いて クッションに胡座をかいて再び南方を覗き込む。]
おはよう
[──仕事は?
いつもの調子で声を降らせ、 起こさなかった癖に寝坊を笑う遊の目は、 細く南方の表情を観察していた。]
(39) hana 2014/07/03(Thu) 15時半頃
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──、
なんだ。
[一回起きた、と聞いて 残念がる気配が声にも表情にも滲む。]
もう、起きて平気?
[起き上がった南方に一つしかないクッションを譲り デスクに置いたカップを取って南方の前に差し出した。]
(41) hana 2014/07/03(Thu) 16時頃
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[床にぺたんと直に胡座をかき 窓を背負って鼻で笑う南方を見ている。
間中サンと呼ばれても反応はしなかったが 言い直されると口角は笑むように横に伸びた。
南方が飲んでいるのは ミネラルウォーターを沸かした湯に 実家から届いたそれなりにのティーバッグを浮かべた紅茶で 味も香りも悪くないのだが、どうも鈍そうだ。
調子がいいと語る鼻声に こく、と頷いて]
──南方
[改めて名前を呼ぶ遊の目が、凝っと南方の手に注がれた。]
(45) hana 2014/07/03(Thu) 16時頃
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[機嫌の悪さも怒っている感じも 一切感じていない風に表情を変えず]
人を 描くのが好きなの?
南方は。
[昨日見た、裸像を思い出しながら問う。]
(47) hana 2014/07/03(Thu) 16時半頃
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[質問の途中にも関わらず 突然すっと席を立ち、冷蔵庫の方へ。
扉が開く音がして 閉まる音がして 戻って来た遊の手には ブラックタピオカレモンティーの容器が握られている。
南方の前に座り直すと 目の前でストローの殻を破って、太いそれを突き刺した。]
(48) hana 2014/07/03(Thu) 16時半頃
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[ストローに口をつけて レモンティーとつぶつぶを一緒に吸い上げ もぎゅもぎゅと咀嚼してから喉に送る。
虹の名残などどこにもない空を 振り返って一度見上げ、南方に視線を戻した。]
部屋の、あの絵 あれ以外には描かないの。
[語尾を上げない、呟きに近い問が続く。]
(51) hana 2014/07/03(Thu) 16時半頃
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[また一口、タピオカレモンティーを飲み]
じゃあ
[ストローから口を離して 真正面から、南方の目を見た。]
描こう。
[──新しいの。]
(53) hana 2014/07/03(Thu) 17時頃
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見たい。
[描いてるところが。 完成したものが。
理由とか 背景とか
そういったことを一切省いて 感じた欲求だけをストレートに口にする。]
(54) hana 2014/07/03(Thu) 17時頃
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[目の前にある南方の顔を 表情の変化を つぶさに見詰める遊の目がある。
最初に驚きがあって 見開いた目が自分を見ているのがわかった。
難しい顔の理由は──。
探る刹那に、鼻白むような息遣い。
いや。 ──これは嘲りか。]
(60) hana 2014/07/03(Thu) 18時頃
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[間中サンと呼ぶ声は さっきのようにはもう言い直さない。
明確に引き直された線は 色を持たないのに視認出来そうなほどの存在感を得る。
遊はそれに返事をしない。 まだ口を開かない。
南方の沈黙を、逸らさぬ眸に捉えたまま。
口を噤んだ南方と 声を発さぬ遊の作る静寂を 液体をストローで啜る濁音が乱した。]
(61) hana 2014/07/03(Thu) 18時頃
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[晴れた空から落ちる見えない雫のように ぽつっと零された一言に 遊はまだ、何も答えない。
それは遊が求める答えではない。]
──?
[お前──と、 突き放すように言う南方に 沈黙を守っていた遊のきょとんとした顔が 当たり前のように頷いた。]
(62) hana 2014/07/03(Thu) 18時頃
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[二人の間に見えない天秤がある。
南方の皿と、遊の皿と 重さの違う沈黙が積み重なって 天秤は傾いてゆく。
限界を超え 音を立てて崩れそうな均衡を 涼しい顔で遊は支えている。]
(65) hana 2014/07/03(Thu) 18時半頃
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[やっと返って来た返答は 声を発するのさえ面倒がるような声音。
いい、とも 悪い、とも
どちらとも違う南方の返答に 遊は眼差しをゆるりと細め ゆっくりと、笑うように言った。]
(66) hana 2014/07/03(Thu) 18時半頃
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[見たい──。
その言葉に、南方はどんな意味を見出すか。 それを南方が言葉にする前に、遊はもう一度口を開く。]
練習じゃない南方の絵が見てみたい。
(67) hana 2014/07/03(Thu) 18時半頃
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[面倒臭そうな南方の声と 気負いのない柔らかい遊の声が被って──]
うん
[好きにすれば──という言葉に、嬉しそうに目を細めた。]
(70) hana 2014/07/03(Thu) 19時頃
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[じゃあ約束。 そう続けようとしていた遊は、 突きつけられた条件に、一つ、二つ、瞬きをして。
ふわりと視線を揺らし 口許を小枝のような指で覆った。
それからまた一度、目を瞬かせ ん──と呟いて、細い肩を竦めた。]
(73) hana 2014/07/03(Thu) 19時頃
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わかった。
じゃあその時は 南方が描きたいものを、描いてるとこ 最初から、完成まで、ちゃんと見せて。
[──好きにしろって言ったよね。
故意か 偶然か。
言質を取った遊は、したり顔で緩く笑う。]
(74) hana 2014/07/03(Thu) 19時頃
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モデルが必要なら俺がやる。 バイト料もいらない。
時間は掛かってもいい。 俺は、来年もここにいるから。
──あの絵。
あの、裸の人の絵。 変わった絵じゃないけど、色が好きだった。 どんな風にあの色を出すのか、知りたい。
(75) hana 2014/07/03(Thu) 19時頃
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──約束ね。
(76) hana 2014/07/03(Thu) 19時頃
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[いい──と答えた。 南方はきっと嘘をつかない。]
楽しみ。
動かないのは、得意。
[本を読んでいる間 集中すると、何時間でも動かずにいられる。
ポーズを取れとか言われたら── まぁ、退屈で死にそうになるかもしれないが
──それも、目的のためなら善処する。]
(86) hana 2014/07/03(Thu) 20時半頃
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