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78 わかば荘の薔薇色の日常
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[けれど──。]
みなかた
[部屋の前で頭を撫でて、笑ってくれた南方を思えば。 目尻に寄った人の好さそうな皺を思い出せば。
今、そこにある“いつも通り”は、不自然でしかない。]
!
[寄って来た南方に手首を取られ、 その手が掴んでいた生地は不必要なもののように奪われた。
手を引かれるまま、裸足の足が部屋を横切り 陽光が斜めに差し込む場所で止まる。]
(607) hana 2014/07/06(Sun) 23時頃
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[値踏みするような視線を感じた。 モデルとして、価値があるかを確かめているような。
──ああ。 確かに、思ったのだった。 描きたいものは、自分ではないかもしれないと。
南方は今、それを確かめているのかもしれない──。]
(608) hana 2014/07/06(Sun) 23時頃
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なんだ…そんなことでいいのか…
…
…いいよ…だけじゃなくて…いつでも…っても…
…も…くなったら…るし…
…
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[ぬくい──が、優しくはない手が離れて 隣に椅子が置かれた。
西洋美術史の本を渡されて、読めと言われた。]
……。
[遊は頷いて、椅子に腰をおろし、軽く足を開いて まだ開かない本を膝の上に乗せた。
遊の目は、まだ南方を見ている。]
(612) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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…しいと…じていないではなかった…
…それでも…に…が…ち…がらなかったのだ…
…
に…する…の…からの…ゆえの…をうけた…
…い…る…
…に…する…すらその…だったのだろうと…
…に…った…
…まで…けていたものは…だったのだろうか…
…けるために…から…したかった…な…が…でもわからなかった…
それが…わかった…
…かれたくなかったのだ…
いつしか…ただ…しくなっていたことを…
ほとほと…れ…てていたことを…
なまま…にだけ…って…
それだけのために…き…けた…は…
…んな…ちを…り…れさせた…
この…しいと…ったことは…もなかった…
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[待っても、南方は見ているばかりで描きはじめようとしない。 仕方なく、足を組んで、背を軽く丸め 既に一度、南方の部屋で読んだことのある西洋美術史の本を もう一度、端から、詳細に、舐めるように読み始めた。]
…────。
[いつの間にか、没頭していて──。
南方の声に気付くのが一瞬遅れた。]
(614) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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──…?
[何か言われた気がして顔を上げる。 下ばかり向いていた目に、窓からの光が少し眩しい。]
(616) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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──。
[痛い。
南方の声が。 呆然としたようなその声が。
やっぱり自分じゃ無理か──という 諦めにも似た気持ちが湧いて来て、 想いはすぐには言葉にならなかった。]
(617) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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[本を閉じて組んでいた足をおろし 椅子から立ち上がって、 イーゼルに立てかけられたキャンバスの前に立った。
──キャンバスは、真っ白なままだった。]
(618) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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[本を足元に置いて、キャンバスでなく、 呆然としている南方のこめかみから目尻の辺りに 笑っていない遊の視線が留まる。]
…──────。
[言葉の代わりに、遊は 空になった冷たい手で、南方の首筋に触れた。
触れて、少し体温が混ざった辺りで 南方の背を、髪を、ゆっくりと撫で下ろした。]
(619) hana 2014/07/06(Sun) 23時半頃
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いやいやいやいやいや…て…て…て…
こう…うのはお…いちゃんと…き…う…を…ってだな…
いやそうじゃなくて…き…う…にこう…うのは…
じゃなくてだな…
…
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いいよ
[ぽつ、と遊は言い]
…──いいよ。
[もう一度、同じ言葉を繰り返した。]
(623) hana 2014/07/07(Mon) 00時頃
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[南方の声から、なにがしかの感情は感じ取れた。
傷ついている。 驚いているのかもしれない。
南方は、描かない──ではなく 描けない──と言った。]
いいから────……。
[もう、描こうとしなくていい。
──無理をさせた自分を悔いた。]
(626) hana 2014/07/07(Mon) 00時頃
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[南方の手から鉛筆を、奪うではなくそっと取り上げ、 キャンバスを支えるイーゼルの端に置いた。
ゆっくりと息を吐き、 撫でていた手を離すと、南方の背後に回り込んだ。]
(631) hana 2014/07/07(Mon) 00時頃
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[冷たい、温度のない、 小枝のような遊の指が、南方の瞼を覆い 視界に映る、かつてモデルが立っていた空間も、 遊が座っていた椅子も、白いキャンバスも、イーゼルも。
全て──全てを、闇に覆い隠した。]
もう、描かなくていいから──
[抑揚のない遊の声が、暗示を掛けるように、 視界を塞いで、引き寄せた南方の後頭部に、ゆっくりと囁いた。]
(632) hana 2014/07/07(Mon) 00時頃
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