145 来る年への道標
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地下軌道 エフは、メモを貼った。
2015/01/05(Mon) 00時半頃
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― 展望ラウンジ・アナウンス前 ―
[大窓の中央から、コートの男の人は星々を眺めていました。 シガレットケースから、シアン色に光る硝子管を取り出して、 たばこのカートリッジを装着し、くわえます。 すぐに、けむりが立ち上りました。 昔吸っていたたばこと同じ味のものは、 未だ見つけることは、できていません。 すっかり新しいたばこの味にも、慣れました。]
(4) 2015/01/05(Mon) 00時半頃
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[けむりをくゆらせながら、エフは、 窓の端に、ひとを避けてそこにあるような ぽつんとした姿をみとめました。
目立つ姿の客が窓のむこうをみています。 藍から白へ夜明けのように色のかわるワンピースと じゃらじゃらとした筒の束。 その体のそこかしこが、ちかちかと、 プリズムのような色とりどりの光を纏い、輝いています。 それは、ふしぎで、奇妙でありながら とても美しい姿をしているようでした。]
(5) 2015/01/05(Mon) 00時半頃
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[コートの男にとっては、この何年ものあいだ 目に映るものすべて、草臥れるほど奇異でしたから トリンクル出身者のその外見もまた、 他のものとかわらず、珍しいものでした。
またとにかく、必要なことを覚えるのに必死ですから この時代の楽団やコンサートなどについて よく識るわけでもありませんでした。
けむりを吸い込むのもわすれていたことに気づくと すこしの反省とともに、また宇宙船のそとへ視線を向けました。 機械をいれた片目のまぶたを、ぎこちなく瞬きます。 病気もない元気な片目を抜いてしまってでも、 この機械が必要でしたから、必死でお金をためて、 つけてもらったもので、いまでは相棒です。]
(6) 2015/01/05(Mon) 00時半頃
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[暫く星をみていました。 次の星をしらせる船内アナウンスがきこえてきました。 エフはなんとなく、この数年慢性的に感じている 「珍しもの疲れ」のため 割り当てられた客室にもどることにきめました。
目でみてわからないことを機械におしえてもらうたび とほうもないことだと感じます。 あの乗客もまた、ひとなのです。
昔々、はじめて宇宙に出た人間が、宇宙飛行中 「見回してみても神はいない」と言ったそうですが、 かすかに、乗客のほうからきこえた音は>>0:7 エフの耳には、どうしてか、 人のための音のようには、聞こえませんでした。]
(8) 2015/01/05(Mon) 01時半頃
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[猫の星をとおりすぎ、鼠の星へ向かう船の 海を漂うのとも違う、独特のゆれをかんじながら エフはその日は客室へと、戻っていきました。]
(9) 2015/01/05(Mon) 01時半頃
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[エフが客室に戻ってくると、 客室のあかりはきえていました。
この客室にも、鼠の星までの到着分数が光で表示され、 うすぼんやりと室内を照らしています。
ひとの気配がありましたから、 多分眠っているものと思ったエフは、 そうっと足音を殺して室内に入ったつもりでしたが 相部屋の客のことを、起こしてしまったようでした。>>2:*5
それは、鼠のお客が船を出る時間がまだ 船内に表示されているころでしたから、 彼が寝癖をつけたまま、 展望ラウンジに出るよりも少し前のことです。>>0]
(*0) 2015/01/05(Mon) 01時半頃
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悪いね。 起こしたかい。
[眠っていたのだろう彼に、一言かけました。]
ベッドの方を使ってくれても良かったんだが……
[ソファで睡眠をとっていた彼に、 エフはすまなそうに言いました。]
(*1) 2015/01/05(Mon) 01時半頃
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[ベッドに腰掛け、コートのポケットをさぐります。 シガレットケースを手のひらで掴んでから、 エフは、はたとしました。]
ナユタは、たばこはだめな人かい。 もし嫌いなら、外で吸うようにするよ。
(*2) 2015/01/05(Mon) 01時半頃
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もうじき、ラットスターという星だそうだね。 ねずみのお客が、いっぴき、降りるみたいだ。
[ベッドの近くのライトを弱く灯すと、 エフは鞄から航宙図を取り出し、のんびりと眺めはじめました。 彼は、そのようにしながら、 ナユタが部屋を飛び出していくまでの短い間 いくらかの言葉を交わしました。**]
(*3) 2015/01/05(Mon) 02時頃
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[ナユタが部屋を出た後、一人になったエフは コートハンガーにコートを預けました。 ふるい時代の人間には、 いま着ている特別さのとくにない服の素材すらも さらりとして着やすく、心地良い手触りの生地に感じられ こればかりは、未来も良いものだと実感します。
襟元を緩め、履き心地のよい靴を脱ぐと、 エフはベッドの上に、あぐらをかき、 ベストに取り付けたいくつかの機械の道具や、 鞄の中身の点検をはじめました。 さいごに目にいれた機械に線をつなぐと、 そちらも日課として、メンテナンスを行います。
日課の全てを終えると、彼はベッドの上で足を伸ばします。 深く息をつき、見知らぬ天井を見上げました。
体にたまった疲れを感じながら、 眠るでもなく、目を閉じました。]
(*4) 2015/01/05(Mon) 02時頃
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― 売店:日付変更後 ―
[鼠の星に到着後、鼠のお客は、船をおりていったようでした。 エフは客室で体をやすめながら「昨日」から「今日」へ 日付を超えたことを、時計の表示で知りました。 栄養のつまったタブレットだけでは 誤魔化しきれなくなってきた人としての食欲を満たすため、 彼は売店へと向かいます。
船の案内にしたがって、白い壁の廊下を歩み、 売店に到着すると、自動ドアをくぐります。 陳列棚には、うんざりするほどの、 意味は分かったが馴染みの少ない商品が並んでいます。]
(10) 2015/01/05(Mon) 02時半頃
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[エフは液状食糧の棚を探しました。 栄養満点で携帯にも向くそれは、 まず宇宙船の売店には置かれていない事はないであろう 基本の宇宙食のひとつでした。
彼が手にとったのは、 食事としての娯楽が、極端に薄い食べ物です。]
(11) 2015/01/05(Mon) 03時頃
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[無機質なプラスチックを連想させる 透明感のない白色のクリーム。 ブドウ糖のべたついた甘み。蛋白質のくどさ。 ビタミン類のケミカルなあじわい。 おざなりな、合成オレンジ香料による香りづけ。 そして、もっとも良い状態で栄養が体に吸収されるよう、 人肌程度に常にあたたまるように 容器が工夫されている、というものでした。
美味しいと言えるものでは、ありませんでしたが 一日分を食べるには、簡単で丁度よいものでした。**]
(12) 2015/01/05(Mon) 03時頃
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地下軌道 エフは、メモを貼った。
2015/01/05(Mon) 03時頃
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[売店にはいくらかの客が訪れていました。 シルクと話していた片側の顔の爛れた客、 昨日の不思議な音の鳴る青いドレスの客。 それらのひとが、店内にはいるのがわかります。
液状食糧とたばこのカートリッジの補充。 それら代金を支払う際、 お金を受け取ったのは、手だけが人のそれの 白いロボットでした。
彼女――手の形と赤いマニキュア。多分それらの特徴から 女性として作られたのであろうそれから、 機械的に礼を言われます。
床に何か落ちる音があったのは、その時。 声は先程から、聞こえてはいました。]
(42) 2015/01/05(Mon) 23時半頃
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地下軌道 エフは、メモを貼った。
2015/01/06(Tue) 00時頃
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[顔の片側が爛れた男が機嫌よさげにに去るのを見送ると、 ため息をつくトリンクル星の女の人が、のこりました。>>41 彼女の眼では、目があったか、あってないのかも、 エフにはわかりませんでした。 人を避けているような雰囲気から、少しの迷いもありましたが 興味から、声をかけてみることにしました。]
お嬢さん、
さっき言っていた、ラウンジでの演奏は、 聞きに行っても構わないものですか。
[次いで、立ち聞きみたいになってしまったことを謝ります。 にがわらいの際には、目の端に、笑い皺ができました。]
聞こえちゃって、すまないけれど……
(45) 2015/01/06(Tue) 00時頃
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[なにせ、エフにとっては>>46 誰も彼もがめずらしく、等しく目新しいのです。 彼女はもちろん、格別目新しい類の女性ですが それでも宇宙旅行がこれほど 気軽に行えるようになっていた事よりは…… 故郷の町がすっかり海の下にあったことよりは…… 大きくない衝撃といってよいものでした。]
……イイ……んですね?
[自分が奏するのだろうに、 誰かの了解が要りそうな言葉を選ぶことを いまひとつ納得と理解をすることができずに エフは軽く首をかしげます。]
(51) 2015/01/06(Tue) 00時半頃
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いいなら。 では、遠慮なく。
[笑い皺とともに、頷いて、是非と言われて思考します。 ここに来る際、広範囲の磁気嵐予報が出ていましたから>>39 時間によっては間に合わない可能性も、ありました。 迂回路をたどり、アースを先に経由するのであれば、 残り時間はそれほど多いものではありません。 ですから、このように、いいました。]
きっと、人を誘っていくと思います。
こんな機会じゃないと、 中々聞けるものでもないから。
[なにせ「くそったれ」な液状食糧でその日を過ごすことに すっかり慣れたような人間です。]
(52) 2015/01/06(Tue) 01時頃
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― 売店→客室前廊下 ―
ランドリーのすぐ隣の部屋をとっています。 エフというので……そうですね、 よければ、船の人につないでもらって下さい。
[快く頷くトリンクル人に、部屋の番号を教えました。 彼女は、アイライトと名乗りました。 合成音声での冷えた空気を感じる会話より、 エフにとって、気になるのは、その光の音です。 芸術には疎いエフですから、 その音を、上手に例えようもありませんでしたが、 忘れたくない、と思えど、すぐに忘れてしまいそうな 心に残って然るべきなのに、なくしてしまいそうな なんとも掴み難い音のように、感じました。 アイライトとの会話を終えて、エフはまた廊下へ戻ります。 その際、客室前廊下に知った姿を見つけます。>>47]
(57) 2015/01/06(Tue) 01時半頃
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― 客室前廊下 ―
シルク?
[椅子に腰掛けた姿に、声をかけます。>>47 先ほどきいたばかりの、トリンクル人がするらしい演奏は、 芸術に疎い自分が聞いてみるよりも、 作り物をする仕事の者にこそ役立つもののように思えて 教えようと考えてのことでしたが、 彼女はどことなく、元気を失っているような 落ち着かなさげな様子に、見えました。]
……どうかしたかい。
(58) 2015/01/06(Tue) 01時半頃
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[椅子の隣に腰掛けて、膝の間に手を置いて、 彼女の言葉を待ちました。
彼女が何かを語りだそうとするのなら、ただ相槌をうって。 何も語りたくないようならば、 ちょっとの沈黙を、共に味わうなどして。]
……
[そうして、シルクの隣に暫し腰掛けていた後、 やはり、先ほど知った「トリンクル人の演奏」は 彼女が聞くべきもののように、考えました。 人のためにある音ではなく、>>0:7 まるで神様のための鈴の音のような 冷えた真冬の氷の音のような 年末彼女が作ったらしい、ツリーにもぴったりの 燃える薪の弾ける音のような…… あの音を思って、こう言いました。]
(59) 2015/01/06(Tue) 02時頃
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――…… 詳しい日時は聞いてないけど なんだか、楽団の人が乗りあわせているらしい。 船で演奏するそうだよ。
俺もいくらかだけど、綺麗な音を聞かせてもらった。 ……詳しいわけじゃ、ぜんぜんないけどな。 綺麗だなと思っただけで。
展望ラウンジでやるそうだ。 ブルーフォレストににつくまでの間にやるようなら…… シルクの気が向き次第でいい。 聞きにいってみちゃどうだい。
[彼女の返事はどのようだったでしょうか。 何にせよ、判断は彼女次第です。 エフは、一度シルクの肩へ、ぽんと手をおいてから、 客室へと、戻っていきました。**]
(60) 2015/01/06(Tue) 02時半頃
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[客室に戻り、エフは磁気嵐の予報を確かめます。 状況はなんとも分かりません。
この船が、迂回ルートを選ぶというのなら、 アースには先に到着するのでしょう。
まだ、相部屋になった客は戻っていないようでした。 ですから、薄明かりを灯す端末から流れる文字を追いながら、 エフは、ひとり、故郷についてを想います。
海に沈む前の、生まれ故郷を。 狭い苦しいアパートで仲間たちと話したことを。 むかし吸っていた、たばこの味を。 扇風機のぬるい風を。]
(61) 2015/01/06(Tue) 03時頃
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[目を閉じ、耳をすませば、 こればかりは、いつだって思い出すことができました。
――地下鉄の夜
灰色のホーム
大晦日の空気
レールを走る車輪の音
近づいてくる、薄だいだいの灯り
エフは今年最後の日にもまた、 アースにある、そのホームへと向かうつもりなのです。 これまで、何年もそうしてきたように。 「あの日」へ戻れるよう、期待をかけながら。**]
(62) 2015/01/06(Tue) 03時頃
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[磁気嵐についての予報に、未だ変更はありません。 >>39
ですから、疲れたかんじの顔色の、 相部屋となったお客さんが戻ってきたのならば 先ほど、廊下でシルクにしたように、 「トリンクル星」の「アイライト」という客が演るらしい、 ちいさな展望ラウンジのちいさな演奏会についても 話して聞かせたことでしょう。
剣呑な空気を和らげて話す彼の目元には、 やはり笑い皺ができています。
「この部屋」に連絡をいれてもらうよういったから もしも始まるよりも先にアースに到着してしまったら 代わりに聞いてきてほしいと、彼は言いました。**]
(*7) 2015/01/06(Tue) 03時頃
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