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[母の帰りを待つうちにソファーで転寝してしまった。
そう判断するのにふさわしい材料が揃っていた。
だが……違和感。
それもぬぐいきれないくらいの]
ここは、学校じゃない…………
[ゆっくりと思い出す。
大雪の中学校に向かったこと、
道中が妙に静かだったこと、
3年7組の教室に集まった顔ぶれ、チャイムの音、
閉ざされた校舎(せかい)でのこと]
―― 帰る前の話 ――
マジで? あたしったらすごいじゃん。
[どうもタイミングばっちりだったらしい。
イロハの中にヒーローに憧れる思いはないが、
ついつい、嬉しそうな顔をしてしまう一幕もあったが]
あー……、そっか。
[教室へと引き連れていくことはできなかった。
七月の口ぶりからして、高本だけが先に教室に戻ったことには、
やっぱり、何らかの理由があったみたいだ]
なん、で、そんなこというのさ。
あたしがこうやって来ちゃうのも、こうやってここにいるのも、
これが……最後ってわけじゃ、ない、じゃん。だから……
[帰らないと、ってイロハは心のどこかで思っているにしても、
別にそれは今すぐでもちょっと先でもなくったっていい、
そう思っていた。
たとえば、の話になるけど、
この世界をつくったのが七月で、みんなを引き留めたがっているというなら。
彼女が望むならずっといてもいいくらいだったし]
………… なーに、ヨーコちゃん。
[イロハは殊更穏やかな口調で七月に呼びかけた。
結局なんでもない、と返ってきてしまったけれど。
ただ、高本に会いたくない、というのがこの場に残る理由なら、
いくらか間を置けば頭も冷えるだろう]
…………うん。わかった。
[そう思って、こくこく頷いて多目的室を後にして、そうして]
なんか、うまくいかないモンだよねぇ……
[このまま、教室に戻る気にはなれなかった。
戻って、高本をはじめとした面々に、
ヨーコのちゃんのことは心配ないよ、って報告して、毛布で寝る?
……誰かの悲鳴とともにマネキンが現れる。
そういうことがこの先も、ないと限らないわけで。
少しの思案の末、イロハは多目的室のわりと近くに寝場所を取ることにした。
そりゃまあ何もないのが一番だけれど。
保健室から残ってた毛布をこっそりこっそり、拝借して、
廊下、は寒いから……美術室にしよう、と決めた]
[音を立てずに扉を開ける。
油っぽい臭いの中、いくつもの四角い板がイーゼルに立てかけられてそこにある。
――そっか、ここも、か。
ここにも文化祭の時間がとまったまま留まっている。
探索して回れば、美術部である蛭野や養の展示物も見られたかもしれないが、
イロハは見回ることより寝ることを優先していた。
入り口付近が一番スペースありそうだったから、
毛布を敷いて、そこで眠った]
[イロハだって、思いもしていなかった。
あれが、さいごになってしまうだなんて]
メモを貼った。
[灰谷彩華はあの校舎(せかい)のどこにもいない。
――と、言うのは、間違いないらしい。
盛大に階段落ちした状態で残るのとどっちがよかったんだろう、
なんて、ことは、……考えない。
のろのろとソファーから身を起こす。とたん、額に鋭い痛みが走って顔をしかめた]
……、ん、何……?
[触ってもよくわからなかったので、
洗面所の鏡の前に立って、前髪をかきあげる。
額にはたんこぶができていて、見るからに赤く腫れていた]
…………。
[一瞬心当たりのなさに呆然としたイロハだったが、
心当たりに思い至ればそれはそれで呆然となった]
まさか、……帰る前に頭ぶつけたから……?
[精神世界のしくみはやはりよくわからない。
とはいえ痛いのは確かなので、家にある救急箱で応急手当をした。
消毒液をしみこませたガーゼを傷口にテープで止める。
前髪をいつも通りおろせば多少は隠れるが、
それでも明るいところでは見えてしまうだろう]
[手当てを終えてリビングに戻ってくれば、
何気なく部屋着のポケットの中のスマホを取り出す。
何分か前の、通知。
トークアプリの方に新しい通知が来ていたようだ]
アイちゃん……!
[何、ていったらいいんだろう。「おかえりなさい」?
そうやって返信の第一声を考えていたイロハだったが、
送られていたメッセージの内容を見て小さく息を呑んだ]
え、 うそ、なんで……
[養が病院に運ばれたって。血まみれだったって。
思わずイロハはつけっぱなしのテレビを見たが、
ニュースはとっくに終わっていた。
だからとりあえずテレビを消して、スマホをいくらか操作して、
それから相原にメッセージを送った]
『わかった。あたしも行く』
『それとメール来てた?』
『きてなかったよ』
[……察しはいいと思ってたよアイちゃん。
というのはさておき、そう。
はじまりの時間に、3年7組の教室にいた面々に関初入れずに送られていた、
遺書じみたメール。
それが、今手にしているイロハのスマホには届いてなかった。
相原のところにもきてなかった。
だから―――だから、
つまりは送信できなかったのでしょうか。
考える、それはじたばたして動けないことに他ならない。
だから、自分の部屋からコートとマフラーを引っ張り出して、
ふつうに、家を出た。
母宛てのメッセージは何も残してはいなかったが、
……まあ、別にいいさ、必要以上に怒られたって**]
メモを貼った。
【人】 剪毛工 レナータ──屋上付近── (350) 2019/06/13(Thu) 21時頃 |
【人】 剪毛工 レナータ
(351) 2019/06/13(Thu) 21時頃 |
【人】 剪毛工 レナータ
(353) 2019/06/13(Thu) 21時頃 |
【人】 剪毛工 レナータ──三階:三年七組── (382) 2019/06/13(Thu) 22時頃 |
【人】 剪毛工 レナータ
(383) 2019/06/13(Thu) 22時頃 |
【人】 剪毛工 レナータ
(384) 2019/06/13(Thu) 22時頃 |
それは たしかにしあわせでした
てんとうむしのお世話をして
おともだちと笑いあった時間
なんてことない賭け事をして
勝った負けたと言い合う日常
自分たちの持つ物を活用して
一つの形に仕上がった文化祭
楽しかった 本当に
心の底から笑うことが出来て
それは確かな しあわせ で
ただ 欲張りなだけなんだ
たった一つの嘘が忍び込む
嘘はやたらと存在を主張して
楽しさの傍らに立っている
光があれば影が生まれるみたいに
それは しあわせと隣り合っていた
しあわせだよ って
語り掛けるようなゆるい顔
ふわふわの可愛さは
嘘なんてないしあわせを
伝えてくれたことでしょうか
────そんなこと 知る由もない
[ 夜の中に 白が融けた ]
──── →病院 ────
[ 疲れる、って、感覚は無かった。
ばくばくと鳴る心臓が、
走り続けたせいなのか、
報せのせいなのかわからない。
街の、病院。
養が運ばれたらしいって其処を仰ぐ。
荒く吐き出す息が広がって、
凍えるような冬が 身体を冷やしていく。 ]
[ 待合室で待つことになるか。
身内ではないから、迷惑かもしれないけども。
病院の前。息を整えていたら、
やがて、誰かの足音を聞くこととなるのだろう。
クラスメイト。
あの冷たい校舎にいた仲間。
その姿を見つけたら、少し瞠って。
よ、と。片手を緩く、 持ち上げる。 ]
……灰谷。
養のこと、聞いて、か?
[ あの校舎のことは、
夢か現かも曖昧で。
吐き出せた言葉はなんだか、
不器用な形をしていた。
問うて、また、病院を見る。
相原もそろそろ、来るだろうか。
宇井野は誰が来るのかもわからないし、
養が血まみれだって理由もわからない。
だから、わからないだらけの声は、
どこか曖昧な色を、していたことだろう。 *]
メモを貼った。
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