145 来る年への道標
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[星先案内人の声とはべつの、 ウマヒツジ15号からの、アナウンスが聞こえました。
―― まもなく ブルー・ダイヤモンド です 。
船内のあちこちに、到着までの時間が ポンというあかるい電子音とともに表示されました。
空っぽになった液状食糧はもうダストボックスの中です。 エフが睨んでいたモニタや、通信端末も机の上にはありません。 体温をわずかに残した椅子も、いまは机のそば、 次のお客さんを待っています。
エフは、ポーラやアイライトに 「ありがとう」とお礼を述べてから 客室に戻ってきていました。]
(20) gekonra 2015/01/14(Wed) 04時半頃
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[もう、相部屋をしていた乗客もおりません。>>5:-3 ソファをみると、寝坊をしかけたナユタを起こした時の、 少し焦ってみえた表情をついつい思い起こして >>5:-20 誰が見るわけでもないのですが、口元に手をやって、 こっそり、短く、と思い出し笑いをしてしまいます。
彼とは、互い寝る間も惜しんで暮らしていた者同士でした。 聞いた所、仕事が忙しいらしいのですが、 それで捻くれた人柄になるでもなく 爽やかな好青年という印象をうけました。]
(21) gekonra 2015/01/14(Wed) 04時半頃
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[ナユタに「無事に星に辿り着けるといい」と言って貰った際 エフも「何とかする」と頷いたのですが、 それは、安心を与えるためでもなんでもなく、 ほとんど自分を鼓舞するためのものでした。
何とかしなければなりません。 乗り継ぎはかなり慌ただしいものになりそうです。
エフは、部屋に残したものを全て片付けます。
別れ際、ふたりとも音楽にいまいち疎いとわかったことを なんとなく思い出しながら客室を出て、 ナユタの透明な足あとに続くように エントランス方向へ、歩みをすすめます。]
(22) gekonra 2015/01/14(Wed) 04時半頃
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[到着までには、まだ時間がありそうです。 エフは年代物の……いいえ、この手の年代物にしては 妙にまだ新しい腕時計に、癖で視線をやりました。 時間まで……と考えて、廊下の途中の椅子に腰掛けます。 それは、シルクと並んで話した椅子でした。>>2:68]
(23) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時頃
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[嵐で航路が変わり、ブルー・フォレストには それなりに早く到着したはずです。 シルクのお爺さんは、シルクがあれほど嬉しそうに話した 他所の星にも自慢したいほどのお祭「ラシーヌ・ポール」の いっとう輝くお星様のような人だと話していました。 病院に直行できていればいいのですが……
エフは、その事で、つい、昔の仲間の一生を連想します。 あまりにも昔のことすぎて、仲間の死亡記録は 幾人か「死んだ」とだけ発見出来た、それのみでした。
「一体どういう一生を辿ったのだろう。」
それはできれば、考えたくないことの一つでした。 けれど、大切な人達だったので、つい考えてしまいます。 そうして同時に、 自分はそれを放り出して此処にあるのだと考えてしまうたび、 心臓がぎゅうぎゅうと押し潰されそうな心地がしていました。]
(24) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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[シルクとの『また』『いつか』は、 あれば、エフにとっては何度目にもなる失敗です。 なければ、それは人の百年に満たない寿命では 決して足りるものではありません。
端末から、ラシーヌ・ポールを調べて、 映像を眺めます。
彼女がブルー・フォレストで降りる前、 客室へ挨拶にきてくれた様子を思います。 その時には、お別れの言葉を返しています。 『また』ではなく、
『へばな』と。へたくそなシルクの星の言葉で。]
(25) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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[さあ、もうじき、ブルー・ダイヤモンドです。 小窓から宇宙をみると、流れ星がみえました。>>0:13]
(26) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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[ブルー・ダイヤモンドに到着すると、 ポーラとの挨拶もそこそこに 荷物を押さえて、次の船へと急ぎました。
宇宙港では、流行曲が流れています。 それを作曲したのが、ワクラバであるという事を エフは、他のだれしもと同様に知りません。>>2:22]
(27) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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[エフが、アースまでの乗り換えに選んだ船は ある貨物船でした。 通常人を乗せるための船ではありませんでしたが、 アースの大晦日までに到着できそうな船には 限りがありましたから、試しに無理をいってみたのです。
荷物と一緒に乗り込むための金額と、 乗っている間は働き手として振る舞うことを条件に、 同乗を認めて貰いました。]
(28) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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― アース ― [そこは、なまぬるい水の星でした。 到着しても、安心などは、出来ません。 今度は目的の地下鉄駅まで行く必要がありました。
時間を気にして早歩きで次の乗り物へ急ぐエフの視界にも この星出身の赤髪のレーサーが 大きなモニタに映しだされているのが見えてはいましたが、 今それを気にする余裕はありません。>>0:4]
(29) gekonra 2015/01/14(Wed) 05時半頃
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[思えば、奇妙な旅でした。
偶然、相部屋になってしまった事もそう。
おおきな磁場嵐。
それで船を下りそこね
あるひとの、ふるさとの星のおわりを知りました。
神様のための鈴の音……
あんな音をきいたのも はじめてのことでした。]
(30) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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[エフが到着したその日。
アースは、今年最後の一日を迎えていました。]
(31) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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(――間に合え、間に合え)
[エフは、目的の駅に急ぐまでの間 殆ど祈るような気持ちでいました。
その祈りは――]
(32) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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― 大晦日 23時54分 ―
[――きっと、届いたのでしょう。]
(33) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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[暗いホームです。 もう、この路線は使われていないのかもしれません。 そこには、誰もいませんでした。
階段を駆け降りる足音が聞こえます。 最後の数段飛び越えて、コンクリに着地する靴の音。 荒い息。
エフは、白い息を吐き 走って痛む肺を押さえ、むせながら、 たまらず膝に手をつき、背を丸めました。]
(34) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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[息が整うのを、まちます。
からからに乾いた口のなか、 無理やりつばを飲み込んだため、 喉がなりました。
そんな、ちいさな音が聞こえるほど 地下鉄のホームは静まり返っていたのです。
エフは丸めていた背を正して ホームの中程まで、進みました。
錆びたレールは黙りこくって ぴとん、ぴとん、と、どこからか 水の音がしています。]
(35) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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[がらんと広がった沈黙を耳で聞きながら 思い浮かべるのは、今年乗った奇妙な船旅のこと。 ……それから、昔のことです。
――狭いアパートの一室。 蒸し暑い部屋。 閉めきったカーテン。 扇風機の音。 狭い部屋で頭を寄せ合った仲間たち。
そして、かつての地下鉄の駅。]
(36) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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―――……
[息が整うと、眼鏡の位置を正して、 コートの内側から、シガレットケースを取り出しました。 エフはタバコを咥えると、 硝子の管にシアン色の灯りを灯しました。
ホームの両側には くらい、くらいトンネルが、 深い闇をたたえて、じっとしています。]
(37) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時頃
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[エフはその場で、待ちました。
到着は、ぎりぎりだったはずなのに こうしてホームに立ってみると、 そこに流れる時間は、 一秒一秒が息がつまるほど、長いのです。
今年もだめか。
そう、胸のうちで呟いてから、エフは、 腕時計を見下ろしました。]
……――
(38) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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[エフは、違和感の後、目を、おおきくしました。
―― 秒針が、止まっていることに、気づいたのです。
片手を、ポケットに、入れました。 ポケットのなかには
古びた 切符。]
(39) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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[ ぷ あ ん 。
トンネルのむこうから 聞こえた音に、エフは顔を向けました。
向こう側から近づいてきた光
それは、
あの 白橙色 の ―― …… ]
― おしまい ―
(40) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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― エピローグ ―
[ウマヒツジ15号の船長はイワノフと言いました。 彼は、操舵室で、タバコにシアン色の灯りをともし ふうと煙をはきました。
りっぱなヒゲをさすりながら 今回の航海の最後の星を、眺めます。
彼は感慨深げに煙を吐くと ぼろぼろに歪み、色あせ古びたシガレットケースを 内ポケットから取り出しました。]
(41) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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[その昔。
「地下鉄道」という秘密結社がありました。 今現在では「地下軌道」と名を変えています。
このシガレットケースは 大昔の「車掌」のひとりが残したもので 古い時代から、今現在まで 『地球で、降りられず困っている客がいても きっと降ろしてくれるな』 そんな、よくわからない言葉とともに、 お守り代わりとして、車掌から車掌へ 脈々と受け継がれてきたものです。]
(42) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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[イワノフは、シガレットケースを開きます。 ひどく経年しているのですが、 不思議なことに、作りそのものは、 イワノフが普段使っているたばこと変わりない品でした。
その奇妙な品をケースから試しに取り出すと、 トリンクルという星に到着するまで、 彼はしげしげと古びた硝子管を眺めていました。**]
(43) gekonra 2015/01/14(Wed) 07時半頃
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