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[ 長椅子に腰は下ろさずに、
近くの壁に背を預ける。
エナメルは、どさりと床の上。
確定事項は限りなく0で、
あの場所についてわかることなんて
殆どないのが現実だ。
ああかもしれない、こうかもしれない。
そればかりが飛び交うことになるのだろう。
座る灰谷を見下ろした。
つけっぱなしのマフラーに顎が埋まる。 ]
気づいたら死んでた、みたいな。
なんか、そんな感覚だ。
だから、怖さもあんまり。
[ 嵌らない苦しさをだましたかった。
たったのそれだけの話だ。 ]
死んだら、どうなる、とか。
考えなかったか。
[ 宇井野は、考えなかった。
口許のマフラーに指をかけて、
ぐい、と。少しだけ、下ろして。
真っ白くて、どこか薄暗い天井を仰いだ。 ]
死ぬ、って。
本当は二度と、ないことだ。
死をどう解釈するかってのは人次第で、
そこをとやかく言うべくもないが。
そりゃあ、あっちで死んで、
こっちで元気に出来るなら良いんだが。
死ぬって感覚だけは、
なんとなく残っていくんだろうから。
[ マフラーから出した口許は、
曖昧な笑みの形を取る。
どんな顔をすれば良いかわからない。そんな形。 ]
素直に喜ぶことは、難しいな。俺は。
[ 喜んであげたら、って、言った。
そんな灰谷は? って
問うように、視線を流す。
感情の名前から目をそらし続けて来たから、
こういう時だって 自分の心すらわからない。 *]
[今までの交際経験の中で
彼女を寝盗られたことは無かった。
多分、幸せだったんだなと紫苑は思う。
はるちゃんに対して怒りは湧かなかった。
寂しいけど、仕方ない。
とはいえ、紫苑は聖人ではない。
全てを飲み込むなんて出来るはずもなかった。]
[病院に向かう前、
悪夢のような雑音に紫苑は手を加える。
女の音声は誰だか分からないように加工して、
男の声はそのままに、音声データを書き出した。
少し時間はかかりそうだけど、
きっと、帰った時には終わっているだろう。
捨て垢で掲示板にでも貼り付けてやろっかな。
紫苑はひとり、夜の道を歩きながら微笑む。
案外、自分は性格が良くないらしい。]
―病院―
[雪が残った道を歩いて、
紫苑は目的の場所に辿り着く。
見えた姿は、あの校舎でも見かけた面子
目が合った紫苑は、ひらと手を振った。]
……ただいま?
[って言うのも変かなと思いつつ、
それ以外の言葉が見当たらない。
伊達眼鏡の位置を直してから、
紫苑は思い出したように宇井野を見る。
あの校舎の中、
シーツに包まれた大柄なマネキンと
添えられていた猫のぬいぐるみを思い出した。]
宇井野くん、ネコちゃん好きなの?
[深い意味もなくそう尋ねてから、
紫苑は再び踵を返す。
飲み物でも買ってこよう、と思った。**]
メモを貼った。
[ まずは、扉の開く音。
空調の効いた院内に、
冷たい空気が流れ込んでくる感覚。
顔を向ければ、手を振る姿。
つられるように、手を振ったが、
少しだけ、驚いていた。 ]
柊。……
おかえり、ってのも。変な感じだよな。
[ 帰ってたのか、とか。
そんなもの、なんとなく。 ]
[ 度の無い眼鏡をかけているのも、
イヤホンが見当たらないのも、
なんだか新鮮なことだけども。
柊、お前もか、と。
頭を抱えたくなるようなものが
世間話じみで飛んできたものだから。
…………………
好きに、見えるか。
[ 自分のマネキンのことなんて、
自分じゃあわかるはずもないから。
もしかしたら、何か見られたか、とか。
動揺を寸の所で、飲み込んだ。たぶんセーフ。 ]
[ 病院の中にも外にも、
自動販売機の灯りはいくつかある。
待合からまた、どこかに行くのに、
宇井野はなにも言わずに見送ったけども。
ネコって、あのネコだよな、とか。
あのときは誰もいなかったはずだろ、とか。
上っ面を整えることで、
諦めて生きる選択肢を見つけた傍から。
ぐるぐる混ざる思考を、押し込んだ。 *]
[そこは笑ってもいいところだよ宇井野くん……とは言わずじまいだった。
怖かった? って訊いたイロハは、
眉をフラットにした表情で宇井野を見る。
近くの壁に背を預けたその姿を見ると、
本当に学校帰りなんだ……と、今さらながら思いはする。
冷静になって考えてみると、そうだ、コートの下の部屋着は、
母と二人で家で過ごす時のために母が選んだ、だいぶ大人っぽいデザインのものだ。
深い意味もなく、コートの左右のポケットに両手とも突っ込んで。
宇井野の言葉
聞きながら、視線をうろうろとさまよわせる。天井を見たり足元を見たり]
そっか。
……そういう考え方もあるよね。
[イロハはため息を吐くみたいな小さな笑い声をあげた。
なんだろう、水面から顔をあげたみたいなふわふわした気分から、
一気に現実に引き戻された感じさえする。
向けられる視線に返してよこすのはちいさな声だ]
…………あたしは、あたしの嫌なところを捨てたいって思ってたから。
死んじゃえば命ごと捨てられるから、死んでもいい、って……。
[そうして、あの校舎で死んでみた結果、何がのこったか。
何か言いかけようと口を開き、また引き結ぶ。
分かっている。イロハの言葉はもう笑い話の範疇に入れることはできない。
沈黙することしばし、静けさの中に音が響いた。
[外から冷気を引き連れつつ入ってきたのはクラスメイトだった。
眼鏡をかけてたりイヤホンがなかったりと、
細かいところは違うが顔立ちばかりは見間違えようもない。
ひらりと手を振り返す]
柊くんだ。
あ……えっと、……おかえり?
[ただいまと言われたからにはそう返した方がいいんだろうけど。
確かに変な感じだ。
「おはよう」じゃなくて「ただいま」と「おかえり」を口にしあうことになるとは。
……そういえばあの校舎じゃおやすみを言いそびれていた]
ネ、コ……?
[突如持ち上がる宇井野は猫が好き疑惑。
そんな話はイロハにとっても寝耳に水だ。
けげんな表情をしつつ柊と宇井野
それから柊を見送って。
しばらくしてからこれ幸いとばかりに立ち上がる]
あ、あたしも飲み物買ってくる……。
[土壇場で財布は忘れずにポケットに入れていてよかったと思う。
言いつつ向かうのは、病院の外だった*]
メモを貼った。
[ 視界の端に揺れる髪が
どこか落ち着かない風であったから。
嫌なことでも言ってしまったろうか、と。
大雑把になりきれない小さな不安。 ]
────……
[ 誰も、同じものを見て生きた人間はいない。
誰一人、全く同じ世界を見ていないくせに、
その事実はどこか遠い所にあるものだから。
小さな笑い声に
そうか、と、合点がいくのに。
ほんの少しの間を要した。 ]
[ 沈黙だ。
灰谷の沈黙につられるようにして、
宇井野も暫し、黙り込んでいた。
嫌なところを捨てたいから、
そのために命を放り投げるならば。
生を受けた意味はどこにあるのだろう。
なんて、考えてしまうのが、
宇井野 堅治というちっぽけな人間だった。
だけども、言われてみれば、
その気持ちもなんとなく、わかる気がして。 ]
[ 人の気配は、沈黙を塗り替えるのにちょうど良い。
猫が好き疑惑はひとまず置いておこう。
おいておこう。
柊と、此方と。
見比べる視線は見えないふりして。
それから、立ち上がった灰谷を見送る、ついで。 ]
……いってらっしゃい。
またあとでな。
[ 飲み物を買うだけだと言っているのに、
自然と口から零れ出ていた。 ]
[ なんでかは自分でも、わからなかった。
ただ、なんとなく。
こんな、ろくでもない世界の中で、
マネキンよりも冷たくなってしまうのは、
なんだか嫌だな、と、思ったんだろう。
灰谷を見送ったら、
ずるりと背が壁を擦る。
長椅子じゃなくて、床に座り込んだ。 ]
こんな ろくでもない世界の中で
器と中身を間違えられて
ただただあるべき姿を演じ続けて
なんで生き続けているかなんて
生まれて来たから
それ以外に 理由はないから
あの校舎の中で
首を絞めたのも 死ぬ気なんてなくって
生まれて来たから
生きているから
人は苦しいんだろうって
だったら
生きて欲しい を 願うことは
いっそ 残酷なことかもしれないな って
あの校舎にいたクラスメイトを
また ひとり ひとり 思い浮かべた **
メモを貼った。
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(336) 2019/06/15(Sat) 23時半頃 |
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(338) 2019/06/15(Sat) 23時半頃 |
![]() |
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(340) 2019/06/15(Sat) 23時半頃 |
[誰しも何かを抱えていたって、
それが同じとは限らないし。
母から買ってもらったものだけならいざ知らず、
生みの親に似てしまった顔、それを抱えた自分。
それらを捨てたい、だなんて、きっと、傍から見れば親不孝者にもほどがある。
だから、わかってもらおうだなんて思ってなかったはずなのに、
ちっぽけな己は口にしかけてしまった。
灰谷彩華はこういう風に――人間ができていないところがあると]
[だから、沈黙
ということを本人に伝えることはなく、
イロハはすぐには自販機を目指さず、
夜の病院敷地内をうろうろしていた。
見送ってくれた宇井野
その時ばかりはいつものイロハらしく笑えたと思う。
冷たく凍った場所で朽ちるつもりはない。
ただ、少しばかり、頭を冷やす時間なら欲しかった]
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