255 【ヤンストP村】private eye+Violine
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…………っ、
[ぬるりと、ボディソープを纏った手が、
あたしの足を丹念に洗っていく。
そこまでする必要がないってほど、
丁寧に。執拗に。
くすぐったいような、
けれどどこか情事を思わせるその手つきに、
あたしは、小さく息を呑んだ*]
[ほっぺを包み込んだ時のノッカの表情から、
なるほど、触れないほうがいいのかと学び取る。
身体が跳ねたのは身体で抑えてやり、
驚いただけという体を残しておいた。
自分で洗うという言葉は却下して、
肩に置かれた手に笑みを浮かべて上を見上げた。
ノッカの瞳を見つめたら、視線を戻そうとして秘所で一度視線が止まってしまったのは仕方のないことである。
洗う時は丹念に。
綺麗になれば心もあらわれるというものだ。
自分の指先は情事を思わせる手つきではあったものの、
その逆で感じやすい処はなるだけ避けていっていた。
それがかえって、「焦らし」となってしまったかもしれないが――]
どうか、されましたか?
[息を吞んだノッカを見上げて、問いかける。
問いかけながらも洗う足を変えて、
そちらも指先からその間、踵から脹脛と丁寧に清めていった**]
なんでも、ない。
[ふるふると首を横に振るけれど、
あたしの顔は、少し熱い。
たぶん、見れば紅潮してるんだと思う。
洗う足が変われば、
くすぐったさに、その感覚に、
あたしは軽く身を屈めてしまう]
そこまで、丁寧にしなくても……、
[兎に角、この時間が早く終わってほしい。
恥ずかしいし、
また、熱が燻ぶってきてしまいそうで。
あたしの口は、むっとしてへの字型*]
[告げた望みは、受け容れられた]
[戸惑いもあったのだろう、義妹の名を挙げるまでにも空白はあった。セイルズも、まだ隠した事柄によって言葉選びが歪んだことには自覚的。それ故に──ココアが最後に言い添えた条件はやっかいだったけれども、それよりも、受け容れられたことへの安堵が勝った]
──判った。
けれど、貴女が義妹に連絡したことを
他者に伝えないよう、言い添えておいて欲しい。
[それはココアの行く先を隠すための対応で、まだ捕まらぬ“犯人”がパン屋の次にココアを襲えないよう、身を護るための手段とも言える]
[ココアがここに居てくれるための事ならば、出来る限り受け容れたかった。外への連絡には危険が伴うけれど、それでも叶えたい。ここがココアにとっての全てになるように尽くしたい。ここを居場所としてほしい、と]
[だからこそ──別れを前提とした言葉が、辛い]
……わたし、は
[ココアが感謝を告げた瞬間、鏡を見ずとも、自分が酷い顔をしたのが判る。苦痛に喘ぐような、拒絶を示す様な。他者に安堵を与えたいときには、絶対にそぐわないもの。
けれど今は、嘘でだって、ココアの言葉に応じられない。一度は言えた言葉だって、セイルズはもう、口に出来なくなっている]
[彼女は弱々しくでも、笑顔を向けてくれているけれど。
いなくなっても──だなどと、そんな]
[がたん、と椅子が鳴る。
続く最後の願いを受けて、座ってなどいられなかった。机の反対側に回り込み、ココアの腕を引く。加減をする余裕など無い。彼女の身体を抱き竦め、後頭部へと片手を回した。寂しげな笑みも、懇願する眼差しも、己の身体で覆ってしまう]
[動悸が酷い。
彼女の後頭部を撫でる腕は、朝と違ってぎこちない]
……だいじょうぶ、だ。
貴女は……大丈夫だ、から。
[食事が冷めてしまうとしても、自分からは離れがたい。
セイルズの心臓が落ち着くのと、彼女が何か声を上げるのと──一体どちらが早かっただろう]*
[イルマさんに連絡してもいいって言ってくれるから。
ほっと一息つくの]
ありがとうございます。
なら、後で連絡する事にしますわ。
[私を護ろうとしてくれる気持ちはすごく伝わるもの。
だから、その優しさを大切に胸に抱いて。
そうしてお別れの挨拶をするの。
その時の貴方の顔は、とても辛そうで。
せめて、笑顔を送りましょう。
これが最後になってもいいように。
私のありったけの想いを込めて]
[最後のお願いをしたのなら。
貴方が急に席を立ってこちらへと。
私、びっくりして見つめて、そして――]
あっ……、
[腕を引かれて声が上がる。
抱きしめる強さは驚くほど強くて。
胸元に身を寄せて、
ぎこちなく撫でてくれる手の感触を感じて。
私、私――]
[気付いてしまったの、セイルズさんの気持ちに。
ここまでされて、気付かないはずがないわ。
セイルズさんは私を、好きでいてくれたのね。
温かい、離れがたい、愛おしい。
目を閉じて、貴方の胸の鼓動を聞くの。]
……嘘のつけない人、優しい人。
私、貴方の事が大好きでしたわ……。
[どうか、お元気で、なんて。
今の貴方に言うのは、辛くって。
私、そのまま貴方の温もりを感じていたの。**]
[おずおずと、貴方の背に腕をまわして抱き締めて。
そっと目を閉じるの。
せっかくのお料理が冷めちゃうけれど、でも。
お別れの時はもうすぐそこまで来ているんですもの。
だから、もう少しだけこのままで。**]
[包帯を巻かれた傷は直ぐに治るもので、セイルズはパンを焼けないココアにだって助けられていて──そもそも、怨恨を疑われる域であった封筒だけれど、あれに彼女から仕事を奪う心は込もっていなかったのだ]
[だから気付かない。
彼女が、居場所を失ったと感じていることを。
それ故に、“使い物にならない人間”の行く先を、見据えていたことを]
[彼女はセイルズを引き離すでもなく、腕の中の温もりは、セイルズの心拍が落ち着くまでの間、ずっとそこにあった。それどころか彼女の腕がおずおずと此方の背に回されて、抱きしめ返してくれる。瞬間胸に湧いた暖かな感情が、痛みと混じって溢れ出しそうだった。抑えきれず身体が一度震えたのも、彼女にきっと伝わっただろう]
[そうして、セイルズの吐息と彼女の呼吸音が重なり、腕の中の身体と鼓動が交わるのを──一体何分聞いていただろうか]
……す、まない。
冷めてしまったな……
[漸く身を離した時には、時計の針も明らかに進んでしまっていた]
[食事はその後も少し続いたけれど、折角の時間だというのにココアが最初に話し掛けてくれたような会話はあまり出来なくて、そのまま手早く済ませてしまう。彼女が黙ってしまった話以外にも、この家の話だとか、セイルズ自身の話が出来る時間ではあったのに]
[どうやって彼女を引き留めようか──そればかり考えていた]
[だから、食後に取った手段も半ば無理矢理だった。
珈琲か紅茶かミントティーか、食後の飲み物を尋ねて、後でと言っていた義妹への連絡が済まされたのかどうか確かめないままに、小さなクッキーと共に供した飲み物へは睡眠薬を二錠入れて]
[ただ片付けるだけの時間も、待ってもらう事が不安になっていた。
だってもし、彼女が出て行ってしまったなら。
言う通りにしてくれると言ってはくれたけれど、地下の倉庫にいる時は、上の事が良く判らないから──セイルズが見ていないうちに、彼女が最後の支度をしに出掛けることだって、不可能ではないのだ]
[地下に置いていた工具類を上の物置へと移動させ、叔父のベッドをばらして、地下に運び入れて、地下倉庫を人が休める状態にする。半日はかかるであろうその仕事の間、そのままで目を離しているのは耐えられない]
[食器を流し台へと運んだあと、工具箱の所へ行って真っ先に探し出したのは──彼女の足を戒められる、鋼製の鎖だった]*
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