158 Anotherday for "wolves"
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… スティー 、ヴ
[名を呼び返す音は掠れて聞き取りにくく、
ひゅうと空気の通る不快な音が混じる。
おかしいなと喉に手を遣れば、またそこから血が滴っていた。
少し眉を顰めてみる。
こんな姿を、また晒しに来たかった訳じゃない。
これでは、あまりにこれ見よがしではないか。
とはいえ向こうも黒焦げなのだから、これで丁度というわけか]
……………………………。
[ああ、やはり。彼を前にすると言葉を失う。
なんだ、これは死んでも同じか。
死んでも人は変わりはしないか…当たり前の話だろうか。
血を押さえるようにして、喉に手を当ててみる。
可笑しかった。こんなに穴から空気を吐いて、
なお、喉に言葉が詰まるとでもいうつもりか]
……………………。
… 謝りに、……───来たよ。
[長い沈黙の後、ひどく聞き取りにくい囁き声を風に乗せ。
一歩を踏み出しす足が、タンポポの上に重なった。
透き通る足の下、タンポポの白い綿毛が身体を抜けてふわり、闇に白く浮き上がる*]
[焼かれた体に未だ炎が燻るように
ゆらりと尾のような影が揺らめいた。
――かちり、と影の爪が一度鳴る。
(誰が彼を殺したのか)
ひゅう、と虚ろな空気が通う音。
(あの喉を抉り殺したのは自分)
つ、と骨ばった首から、ぽたぽたと血が滴る。
(あの血を掌で受けたのも、自分)
呼ばれた名と、続かない言葉。
(…………ああ、変わらないな、何もかも。)
彼が――ルパートが、何を知っているのか、
何も知らない影は、彼が眉を顰めた理由を
正しくは理解していない。
ただ、死んでもまだ痛いのか、と思っただけだ]
[長い長い沈黙の中、
影は、無い目でただ鳶色を見つめている。]
……………。
[ 彼が一歩。踏み出せば
花は折れることなく、綿毛を揺らすだけ。]
[ 何を、と思う。]
………… は。
[小さく息を吐いたのは、沈黙が重かったからで。
それから、小さく肩を竦めて、それは少し
憎たらしげな仕草に見えただろうか。]
…………子供の時は、
一晩寝りゃすぐ仲直りだったのにさ。
なんだって、僕ら今こんなに不器用なんだ。
謝られるような事は、されてない。
(むしろ謝ることの方が多すぎるんだ)
それでも。
[相も変わらず、彼を目の前にすれば
胸が痛み、心が血を噴出すような心地がするが
少しだけ向き合えるようになったのは
最早、死んでしまったから、というのが大きい。]
ルパート。
……何か、あるのかい……?
[喋ることさえ辛そうな彼に
問う声は、できる限り柔らかく。
まるで診察中の医師のような口調で問うた。*]
[かつての友から向けられる声は、あくまで柔らかく
それが逆に、彼まで届く距離の遠さを思わせた。
実際には目前にすぐ、手を伸ばせば届く位置にあるというのに]
……、君に、
[手を、伸ばそうとする。
持ち上げられた腕は、躊躇うように宙で止まった。
黒焦げの背後に、ゆらと揺れるものがある。
息を失った鼻腔に焦げ臭さまで漂うようで、
差し伸べた手は宙に軽く握られ落ちた]
辛い、 思いを───…
… させた、ろう ?
[あの時の、瞳の奥の迷いと恐れに。
あの時押し殺した声で呼ばれた、名の響きに
どうして気付かない筈があったろう。
彼とは親しい───友だったのに]
…………。
君が悪かった───…、
…─── わけじゃ、ない。
[いつの。とは言わぬまま]
…もう恨んでも、 ない。
だから、
…────、ごめん。
君にそれだけは、言って……おきたかったんだ。
[仲直りというには不器用に、男はゆらと頭を下げた。
けど、これだけはというように、
空気の漏れる喉から切れ切れに声を押し出して。
下げた腕を再び伸ばすことなく、ついと向こうへ身体を*向けた*]
[少しでも柔らかく、話し辛いなら、話しやすいように。
それは友に向けるものとしては、
少し、距離が遠いものだった。
呼びかけられる。
手を伸ばされ、 そして届かず落ちる。
まるで何かを恐れるようだ。
年月が経っても変わらないのか、
それとも年月が人を臆病にするのか。
ルパートの唇から零れる言葉は、
どこまでも、どこまでも不器用で
何がどうだっただとか
そういった具体的なものを置き去りにして
搾り出すように彼の心情だけを描き出す。]
[――……そうして、言葉だけ置いて、
彼はまた、ついと背を向けるのだ。]
君のほうが辛かった……だろう。
キャサリンが死んで、
君一人で家族を支えて……。
うらんでない なんて嘘をつくなよ。
[許しは請わないと言った筈だ。
それなのに、こうして謝りにきた。
それは多分、相手も辛いからなのだろう。]
…………ルパート。
[呼んでも彼は振り返らなかった。
その背が、酷く悲しいものにみえたのは何故だろう。
泣いているように見えたのは、何故だろう。
影は息を吐く。
胸に空いた風穴から白く靄が零れた。]
ルパート。君は、「また」、……そうだ。
[一歩。]
僕の答えも、声も。何も、聞かずに
そうやって……いつも、いつも、背を向けるんだ。
[二歩。]
[進むごとに影が薄まる。]
[隣に立つ頃には、
影は生前の姿をほんの少しの間、取り戻して]
勝手だなあ。ルパート。随分と勝手だ。
[その背に触れた。
幾度か、とん、とん、と叩いて撫でる。
喉奥につかえた痛みを流そうとするかのように]
ごめんな。
苦しかっただろう。辛かっただろう。
…………もう、いいんだ。ルパート。
(背負わなくたっていいんだ)
[そう言って静かに、空を見上げた。
できる事は、ただ、
この友の背に負った悲しみが少しでも軽くなるように
寄り添う事くらいだったが。
――それすらもおこがましいか。
ルパートの背を撫でながら、小さく自嘲した。**]
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