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[ 病院特有の香りがして、実感が湧くの。
夜も深いと言うのに、人の気配がする、
だけれど静かで、見える人も少ない。
皆、集まっているのかしら。
案外、誰もいなかったりして。
だったら笑ってあげるのだけれど、
そんなことは、きっと、ありませんから。
ほら、よく見た顔がいるもの。
自動販売機前、俯いた人物は夢の中でも
見た彼、そのものでしたから。
おはよう、ひいらぎ君
[ もし夢の中の出来事が、本当に
全員の記憶に残っているというのなら、
彼も、眠っていただろうから、おはよう。
ひらひらと手を振って、笑って、
ぽつり と聞こえていた呟きが、
気になったものですから。 ]
“はるちゃん”とバイバイしたんだ?
[ 笑っているように見えたから、
きっと。きっとね。良いことでしょう。
だから、良かったね。って、私は言います。
自動販売機のラインナップを眺めながら。 ]*
[むかしが今に塗りつぶされていくのを感じながら、
それでもあしたを手放すことはなかった。
死ぬほどのことじゃない、と思いながら、
連綿と続くきょうをおわらせてきた。
死ぬほどのことじゃない、し、
死んだら“お母さん”がますますかわいそうになるじゃないか]
………。
[気がつけば、自動販売機なんてどこにもない、
よくよく整備された植えこまれた樹と、
だだっ広い草原が広がるあたりに来ていた。
……柊の姿も追わずに適当に歩いてきたんだし、
こういう状態になってしまうのも致し方ない話か。
ぽつぽつと据えられているベンチのひとつに腰掛けて、
空を見る。それから、手元を見る。
病院内から出て、ようやく、堂々と開けるようになったスマートフォン。
片隅で通知が来たことを示すランプがともっている]
[イロハはスマートフォンの電源を切った。
それだけだ。
イロハにメッセージを寄越した相手――
母からの言葉を黙って殺すのにそれ以上は必要なかった]
[やたらと穏やかな気持ちに包まれながらこれからのことを考える。
今日は家に帰らない、とは決めた。
ならばどうやって夜を明かそうか。
誰かの家にでも泊めてもらうよう頼みこもうか。
不思議なことに、最初に思い浮かんだのがなぜか蛭野の家だった。
正確には、今よりずっと小さなイロハが、
ランドセルを背負って、両手にふわふわしたものを抱えて、
立てこもり先を蛭野の家のどこかに求めようとしている光景、が浮かんで消えて。
その時とは違うんだから、と、
自分に言い聞かせながら小さく首を横に振った]
[野良猫を拾ったことがある。
雨の降る道端でうずくまっていたその姿が、
あんまりにもかわいそうだから連れて帰った。
けれどウチの猫にすることは母から断られた。飼ってる余裕がないと。
ならあたしが世話する、って頑張って言ったんだけど母は譲らず。
最後の抵抗手段としてイロハは着の身着のまま家を出たのだった。猫と。
そうして立てこもり先で夜を明かし、次の朝、
一緒に寝たはずの野良猫は忽然と姿を消していたのだった。
ちゃんちゃん]
[小学生の時の話だ。今の今まで忘れてた、そのくらいの記憶だ。
現に、猫がいなくなったことに対して何を思ったかはおぼろげだ。
あんまり悲しまなかった気はする]
……さっむ。
[ふいに吹き付ける風にイロハは肩を縮めた。
頭は冷えたか。そろそろかな。
ただ、風邪をひく前に戻ろうと思う。
あしたを待たずに遠くへ行ってしまうかもしれないクラスメイトのいる病院へ。
もちろんあったかい飲み物を買ったうえで。
……あ、今、ちょっと、彼に言いたいことを思いついた]
死んだらズルいって言ってやるんだから……
[そう、だって、死んじゃったらあしたが来なくなるということが、
どうしたってちょっとばかりズルいって風にうつってしまったのだから。
向けるのはいつかと同じ独りよがりのないものねだりで、
だけどいつかと違って、
彼が時を閉じ込めたことをヘンに喜んだりはしない。
あの校舎(せかい)でイロハは確かにひとり舞台をちゃんと終わらせたけれど、
イロハの生は続いていく。
彼のいないあしたが来るかもしれない。
そのことがけっこう、どうでもよくなくはないから、こう思っちゃうんだ。ホントだよ*]
メモを貼った。
![]() | 【人】 R団 タカモト
(174) 2019/06/16(Sun) 22時半頃 |
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![]() | 【人】 R団 タカモト
(182) 2019/06/16(Sun) 22時半頃 |
[振り向く。校舎の中でも顔を合わせた
クラスメイト
紫苑もひらと手を振り返した。
鈴の音のような、澄んだ声だなと思った。
言わないけれど。]
おはよ、宮古ちゃん。
おかえり、でいいのかな。
[お互い、目覚めることができたらしい。
別段逃げることも慌てることも無く
紫苑はいつも通りに微笑んで見せた。
聞こえないフリをした問
今なら、あの問いに答えられる気がした。]
……はるちゃんのこと、好きだったし、
あの時は会いたかったんだよ。本当に。
でも、お別れしたんだ、さっき。
[自販機を見上げる背を眺めながら、
紫苑もコーヒーのプルタブを引いた。
良いことだった。多分。
理由も無く振られるより、気分は沈んでいないし、
何より、色々と勉強させられたなぁと思う。
あぁ、でも。
どうやったって耳にこびり付いた雑音は
離れてくれやしないな。多分、一生。
コーヒーを一口啜ってから、
はぁ、と紫苑は深い溜息をついて微笑んだ。]
女の子って、本当に
何考えてるか分からないね。
[心臓を掴まれるような感覚
夢から覚めた今も薄らと覚えている。
なので紫苑は簡単にそう締め括って、
迷って居るらしい彼女の指先に目線を移した。
怪我してないなぁと思った。
当たり前だけど。**]
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