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[からかわれたので、じろりと睨んでやった。
父の晩年を思い出した。
輝かしい光を頭に頂いていた。
ああなる前に死んでよかったと少し思った。
月は煌々と照っている。
残酷なまでに生前と同じく美しい月が。]
───。
[語られる言葉に静かに耳を傾けている。
「あの子らの声を聞く余地は
なかっただろうか」……そう言われて、
空を見ながら考える。
「過ちは一族の手で正さねばならない」
そういう前に話を聞くべきだっただろうか。]
…わからない。
[見えぬSOSに手は差し伸べられなかった。
水平を保っていた両の天秤で
生ぬるさの中、気づけなかったことに
ルパートは気づいていたのだろうか。
向けられた視線に、ゆっくりとそちらを見る。
昔と変わらぬ柔らかい口調と、
年長者としての
少し固い口調が混ざり合っているようだ。
助けたかったという言葉は本当なのだろう。
同族を殺したいと思ったことがないというのも
彼の口ぶりから、実行犯ではなく理解者だったのだろうかというのも]
(──……君は、
わかってて、あんな、)
[誤解させるような言葉の意図を理解して
苦いものを飲み込んだ。
馬鹿、という言葉は内心に留めておく。]
……そうかい。
僕は──。
[言葉を止める。首を振る。
死んだ人間の娘を思って絞り出された嗚咽に
何より突き動かされていた。
あれは悪手だったのか。
手負いの獣を更に追い詰めることだったのか。
そもそも───……。
今となっては、考えても詮無きことだ。]
[どうすると問いかけた。
行くよ、と彼は答えた。
ルパートが足を踏み出すのを見て、
男もこくりと頷く。
──ざあ、という風を頬に受けながら
村の方へ歩き出した。
─有漏路にて─
[
投票箱は無慈悲に今日の処刑者を選び出す。
村の何処かで、グレッグが掟を破ったこと
クラリッサのまじないのことを聞いた。
二十数年前に村の外れに移り住んだ女。
彼女の孫だから力を持っていたのだろうか。
……グレッグは、あの聡くも優しい青年は
何故、と考えて思考は止まる。
わかるのは、ルパートは
悲しむだろうということと
メアリーが──あの少女は
とうとう孤独になるのだということ、だけ。]
(……いつまで続くんだろうな)
[少なくとも原因の一端を担う男が
小さくため息をつけば、
夜に溶けていくように姿が翳る。
ふわりと揺れるのは耳か煙か、]
([懐かしい呼び声がした])
[そちらに向かえば、殺伐とした盛り土の上
月影に照らされては闇に浮き上がるようにして、
色とりどりの花が揺れている。]
[紫苑の花の前に、
薄桃色の薔薇のような少女が立っていた。
幸せになるのを見守りたかった、
患者であり娘のような存在が。]
……君こそ、こんな時間に。
[危ないだろう、とは口にしなかった。
目の前の娘の身を案ずる資格ももはや無く
霜天のように冷えた心と目で、
漆黒の髪が花弁の如く揺れるを見ている。**]
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[ひかりが在るのは目の前なのに
声
そもそも「彼ら」の声は、聞こえはすれど
「こちら」の姿は見えぬもの。
「こちら」の叫びも聞こえぬもの。
ルパートと、わたしと
さっき宿屋の裏手で嫌というほど思い知ってきたものだから
そのおとが、こえが、あの日
わたしはきっと、場に居ぬ3人目を疑っただろうに。]
…………せんせ。
[声の主を呼ぶ名に乗ったのは疑問符ではなくて
落胆と、寂寥と、懐古と、悲哀と、 …安堵。]
[背後へ振り向きながら
小さな左手は、右に絡んだ糸に触れるが
緩んでいたのは嘘のように帯のすがたを取っている。]
ここからね、ここに来いって糸が伸びていたの。
[ さらり、手首を撫でて指し示し
彼のほうへ向けようとして また戸惑う。
あの日は確かに視えたのに、
いま目の前の「せんせい」に光は無く
別け隔てなく染められた黒があるばかり。
わたしのいちばん見慣れた景色ではあるけれど
ふ、と。口から零れたのは小さな心配。]
……寂しくなかったですか。
[彼が何故、どうして死んだか問う気は無いけれど
全てを取り上げられ「こちら側」に来てからの事を案ずる。
一歩、 闇に近づく足は土を踏み
伸ばす腕は、声との距離を確かめるためのもの。
その先にあるのは闇のような霧か、
あの日と同じく握られた拳か。
触れられなかったとしても、やはり何も聞かずに]
せんせ。今日は、誰のお墓まいり?
[問いながらも、なんとなく。
傾けた顔をルパートが眠る場所へと *向けた*]
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―幼い頃の話―
[幼い頃の話。
従妹が3歳になり歩くのが上手くなってきた頃の話。
叔父と叔母には内緒で、少年は歳の離れた従妹を
村の傍の河原へと連れていったことがある。
川は絶対に危ないから行ってはダメと、
叔母にきつく言われていたのだけれども。
兄貴分の幼馴染に連いて回った遊んだ
河原の記憶はとても楽しいものだったし
何より自分がついているのだから危なくない。
水の冷たさにキャッキャと笑ってはしゃぐ従妹、
その姿を見てやっぱり連れてきてよかったと思った。
その直ぐ後だった。
従妹が、足をすべらせて川に流されたのは。]
[血の気が引いて、慌てて従妹の元へと駆ける。
幸運なことに、
従妹はすぐ傍にあった岩に引っ掛かり、
擦り剥いただけで溺れて流されていく事はなかった。
岸まで従妹を抱え上げて降ろして
驚きと、こわさと、擦り剥いた傷のいたみに
泣き始めるびしょ濡れな従妹を必死に慰める。
『ごめん。メアリー、本当にごめん。』
ドナルドが案内してくれた時は上手く行ったのに。
少年がやったら失敗してしまった。
岩がなければメアリーは流されていたかもしれない。
その事実に気付いて、ぞっとして。]
[叔母の言いつけの意味がようやくわかる。
叔父と叔母がどれだけ従妹のことを大切にしてるか、
体の弱い叔母がやっと授かった小さな宝物のこと、
家族のことを少年は傍でずっと見てきたから。
少年の失敗で、
その宝物が喪われてしまっていたかもしれない、
そう思うと――――…
『おにいちゃん、おにいちゃん、』
しゃくりながら、たどたどしい口調で、
幼い従妹が小さな小さな手を伸ばす。
頬に触れる小さな手は、温かくて、生きていた。
気付けば少年も泣いていて、
メアリーと2人涙が枯れるまでわんわんと泣いた。]
[その後、
従妹と共に宿屋の裏にこっそりと戻って。
河原に行ったことがばれないように、
井戸の水を2人で頭から被った。
新しい遊びに喜ぶ従妹と、
そんな遊びを教えちゃダメと叱る叔母。
叔父は子供2人の真っ赤になった目に
気付いていたようだけれども、
あの後叱られたのか問われないまま終わったのか。
その部分だけ、
記憶は都合よく 切り抜かれている。**]
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[呼び声は生前と変わらない。
いや、その音には生前とは違う
様々な感情の色が込められていただろうか。
男は、静かに乙女が此方に振り向くのを見た。
右手に煌めく糸の意味は知らず。
指先が辿る道筋は彼女の手首から此方へと向き
戸惑うように宙で止まった。
形をとりもどしてはいたものの、
ルパートの喉は殺した時と同じく抉れてしまっていた。
今、焼き尽くされた自分の体は
どのように見えているのだろう。]
……糸、か。
[外して、託した赤い宝石があった場所に
自分で触れた。
続いた問いには、小さく「大丈夫さ」と添えた]
皆が僕の事を死んだ死んだといいながら…
深刻そうな顔をするのは、 ……目の前にいるのに
随分と、滑稽だった それだけさ。
君こそ。寂しかっただろう。
[小さく笑う。声には寂寥が滲んでいる。
マーゴットを見下ろす。
この歳で世界と切り離される。
それがどれほど残酷な事か判らぬ筈はなく。
一歩踏み出す彼女の、伸ばされる腕の先、
触れようする白いもみじを拒むことは無い。]
[掌の先にあったのは、
やはりあの日と同じく固く握られた拳。
(そこに温度はないけれど)
そっと開いて、ルパートが眠る場所を向く
マーゴットの頭を徐に撫でた。]
……死んだ皆の、
いや。 今日はお墓参りじゃあないな……
[何せ死んでいるのは僕なんだから、と笑う。
それから、 ぽつり ]
君の声がした気が してさ ここに来た。
…………守れなかったな。
すまない。マーゴット。
[声は繋がっていた筈なのに、助けられなかった。
君にもサイラスにも辛い思いをさせたと、
彼女の頭を撫でて、懺悔のような言葉を一つ零した*]
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―自宅―
[くあ、と間抜けた声を上げて身体を起こす。
ぽっかりと胸に空いた穴、足りない臓器。]
あーあ、また死んだよ。
今度は心臓かあ。
[寝ぐせのついた髪をわしと撫でてから、
普段通り起き上がる。
そういえばサイラスに貸したままの布が戻っていない、
暫くはこの風穴も開けっ放しになってしまうだろう。]
兄さん、何年ぶり?
[傍らの獣に話しかけると直ぐに返事が聞こえた。]
『15年か、そこらだ』
[そっか、と亡霊は軽い調子で笑った。]
交代する?兄さんなら人の方でもモテそうだよ。
[あんなに少女達に囲まれてちやほやされていたのが
実は40手前のオッサンだなんて知ったらどんな顔になるのか。
想像するだけで笑いが、こみ上げて、どうしようもない。
この村では兄さんの顔なんて誰も覚えては居ないだろうけど。]
『面倒だからいい』
なーんだ。
[屈んで獣の頬を両手で挟む。
そのままわしゃわしゃと黒い被毛を撫で回した。
少し固い感触があって、それから胸の穴に鼻先を突っ込まれる。]
兄さん、汚れるよ?
[問いかけても獣は気にせず内側を舐めた。
暫くぴちゃぴちゃと、体内を舐めまわす音だけが部屋に響く。
こんなことされてもぶちまけた汚れは落ちないのに。]
[手持ち無沙汰になったので、
獣の尖る耳を引っ張ったり噛んでみたり。
毛繕いの真似事をしていたのだけど。]
兄さん、ちょっと、くすぐったい。
『知らん』
[骨を舐められる感触も、まだ動いている臓器も。
ぞわぞわと言葉には出来ない、妙な感覚に襲われる。
それなのに獣はやめてくれないから、
諦めてベッドの上に寝転んで好きにさせることにした。]
兄さんに食われてるみたい。おいしい?
『……あまり』
ひどい!
[散々舐めまわして満足した獣が顔を上げる頃には
黒い中に赤が混じる様にべったりこびりついて。]
水浴びしに行こうか。
ひどい顔してる。
[悲しんでるの?なんて茶化したら、
せっかく無事だった肺をがぶっとされた。痛いよね。
それから気を取り直して、いつも通り二人で出かける。*]
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[ひとりにしたくないと思っていた従妹と、
ひとりにしたくないと思っていた幼馴染。
2人が共にいるその場所、届かない場所に
霊体となった男の姿もまた在った。]
……ラーラ……?
…何してるんだ…、
[ぽつり、と。
目の前の光景を信じがたいと言わん呟きが落ちる。
霊体の男の瞳に映るのは、
怯えるメアリーの弱りきった姿
その姿に微笑むラディスラヴァの姿
[幼き日を共に過ごした幼馴染の、
声無き声で紡ぐ其れを、
彼女の言わんとすることを、
男はいつだって知っているつもりだった。
―――…わかっているつもりだった。
だからこそ今目の前にするラディスラヴァの姿に、
通る声でメアリーへと向けるその紅い瞳の笑みに、
言葉を失くしてただただ幼馴染を見つめる。
生前彼女に言った言葉が過る。
メアリーの傍にいてあげて欲しいと。]
[それはこのような光景を思ってのものではなかった。
"彼女が今からやろうとしていること"に、
緩く、首を横に振って名前を呼ぶ。]
…ラーラ、
ダメだ。
[声は、届かない。]
こんなこと…
しようとするのは、やめるんだ…。
[手を伸ばしてももう、
幼馴染の手を引き、止めることも叶わない。
メアリーへと微笑み告げるラディスラヴァの声、
声無き幼馴染を理解できていなかったのか。
――――…ずっと、騙されていたのか。]
……こんなこと、
[ラディスラヴァへ否定のかぶりを振っても
死者の声は届かず、手も届かず、
無情にも現実ばかりが刻を進めていく。]
―――…俺は…、っ
[その後は紡げず。
その場の行く末を見ることは耐えられないとばかりに
哀しげに表情を歪めて俯くと、男の姿は其処から消えた。**]
メモを貼った。
[ 「大丈夫さ」 って言うせんせの声
なんだかとっても小さくて、さみしくて
わたしは口元をきゅっと結んで、降り注ぐ声にわらいかける。
相変わらずどこか皮肉っぽくて、諦めたような笑い声は
「しめっぽいなあ」と思ったけれど。
( カビちゃいますよ )
そう言うかわりに、手のある場所を伝い探して
握られた拳
( わたしの手じゃぜんぜんおさまりきらないけれど ) ]
……さいしょはね。
だあれもわたしを見てくれないのが、怖かった。
けどもう寂しくないです。
……きっと、みんなどこかに居るから。
[ おとうさまとおかあさまも、何処かにいるかしら。と。 ]
[温度のない掌で覆っていた拳がふわりと動いて
それを追いかけようとした指は
髪を撫でる感触に ぴたりと止まる。
なんでだろう。 どうしてだろう。
死んだ誰かと話ができると知ってしまったからか
いま、サイラスが彼を屠っていると知るからか
ひどく曖昧になる 死の概念。
生前とさして変わらぬ白いまんまの指と指を小さく交わして
せんせに触れようとする 寂しがりやの手を互いに縛る。
父も 母も あの街で喪った皆が もし。
今もこんなふうに どこかに居るかもと思ったら
―――わたしは。 ]
わたしは――
「また」 ひとりで残るよりは ぜんぜん。
いまのほうがいい。
だって、呼んだらせんせが来てくれたのだもの。
[そんなことを言って。
くしゅっとした笑い顔と共に すまない。なんて言う
しめっぽいせんせ
ほろりと零れた彼の名に、動かぬ臓が締め付けられて
つい慟哭の中に響いた声を思い出してしまうけれど
サイラスはまだ、大丈夫。
優しいまんまで居てくれるはずだから。
そんなしめっぽい自分とせんせを吹き飛ばすような
おおきな深呼吸をひとつして
すう、ともひとつ胸を膨らませたのなら 森へ向き]
せーーーーんせー!!!!
[闇夜に抜けるでっかい声は、死者の憂いの影もない。]
…このくらいで叫んだら、次もせんせに届くかしら。
[薄ら白い少女の影はそう言って いたずらに、わらった。]
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