191 The wonderful world -7 days of MORI-
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[ヒトシはいつだって、話半分だった。
ろくに耳も傾けず、視線はPCの画面に向けて。
うんうん、と形だけ頷いたりも。
最初のうちは、それで良かった。
反応を返してくれるだけで、嬉しかった。
けれど段々と、ものが解るようになって、
…その態度が、無関心の表れであると知って。
それが気に入らなくて、
さらに躍起になって気を惹こうとした。
結果的に、逆効果だったけれど。]
[春の終わりに、
俺は、寂しいという感情を知った。]
―回想・とある夏の日―
[それから数か月が経ち、
ヒトシとの関わりは相変わらず希薄なままだったが、
代わりに、絶え間なく流れる映像と音を得た。
話しかけても決して返事はくれなかったが、
それらは色々な言葉や、その意味を教えてくれた。
時間ばかりはたくさんあったから、
じっくりと、ニンゲンという生き物を観察した。
どういう時に、どんな単語を投げかければいいのか、
どうすれば、相手の――ヒトシの気を惹くことができるのか。]
[文字を読み、覚えた言葉を真似してみせると、
珍しくヒトシが笑顔を向けてくれた。
それが嬉しくて、また一つ言葉を覚えて、]
オハヨ!
コンチワ!
マタ アシタ!
[けれど、いつしかその言葉が向かう先は、
無機質なカメラのレンズとなっていた。
ヒトシ曰く、クスクス動画に投稿するとのこと。]
[それが何かは知らなかったが、何か下心がある気がして。
やがてカメラを向けられると喋らなくなり、
ヒトシは撮影をやめ、俺も新しい単語を口にしなくなった。
…つまりは、そういうことなのだ。
それが解ると、何だか無性に腹が立って仕方がなかった。]
[夏の終わりには、
俺は、反抗することを覚えていた。]
―回想・とある秋の日―
[それでもやっぱり、諦めきれずに。
あまり家に帰らぬヒトシが顔を見せれば、
今日こそはと、何かしら行動したものだ。
態度はだいぶ、可愛げがなくなって。
ストレスによる過剰な羽繕いも相俟って、
姿はなかなか、凶悪に見えていたかもしれないが。]
[リピート再生される幼児向けの教育番組はとうに飽きて、
この頃にはこっそり、テレビのリモコンを弄ったりもしていた。
…ヒトシが出掛けると足を伸ばし、帰る前には消しておく。
そうして観はじめた主婦向けの番組には、
これまでとは異なる種類のニンゲンが出ていて、
夫に邪険にされ、寂しく思う妻などにはかなり共感した。
ヒステリックに叫ぶ彼女達を見て、ふと思う。
――これを、ヒトシに問いかけてみたら?]
[半年も共に過ごせば、色々と理解できる。
ヒトシが日中、シゴトをしていること。
そのシゴトが大切で、そのために寝食を削る程であること。
テレビの中の夫達も大抵が彼と同じ状況にあり、
それで家に残された妻が、悲しい悲しいと泣くのだ。
件の問いかけには、二種類の答えが用意されている。
――“シゴト”か、“アタシ”。]
[おまえだよ、とすぐ謝るパターンは決して多くはないが、
それでも時折目にしたし、最後は幸せに締めくくられる。
大半の男はまず、シゴトだと答えてしまう。
けれどその場合でも、紆余曲折を経て最後には、
やっぱりおまえが大事だよ、という結論に辿り着く。
…つまり、この問いかけは。
ハッピーエンドに繋がるキーワードなのではないのか?]
[そう考え、ワクワクしながら帰宅を待って、
ドキドキ胸を高鳴らせながら、あの台詞を叫んだのだ。]
[驚いてこちらを振り向いたヒトシに、
キラキラと期待の眼差しを向けた。
ある程度辛辣な言葉が投げられるのは、
もちろん、覚悟の上だった。
働く男達の大半が、そうだったので。
一人でノリツッコミをこなして一見、上機嫌。
けれど続き、早口で述べられる答えはやはり、“シゴト”。]
[焼き鳥にして喰ってやる、という、
酷く恐ろしい、胸の潰れる、最大級の罵倒を受けて。
それ程までかと泣きたくもなったが、
どうにか涙は堪えて、じっと黙って見つめていた。
大量の餌だけを置いて、ヒトシが家を出る。
ここでヒステリーを起こしてはいけない。
黙って耐え忍び、風向きが変わるのを待て。
そうすればきっと、彼は振り向いてくれるから。
…物語の彼らはいつだって、そうだっただろう?]
[けれどそのまま秋も終わり、
俺は、諦めることを覚えてしまった。]
―回想・とある冬の日―
[朝晩が冷えるようになった頃。
寒いと抗議して鳴いたら、暖房が付くようになった。
光熱費が嵩むとボヤかれたものの、
南国の鳥であるから、そこは仕方がない。
いっそ人の身であれば良かったのに。
そしたらアンタは、もっと――
…そんなこと、考えたところで無駄だったけれど。]
[やがて冬も終わってしまい、
想い出も何もないまま、また、春が来た。]*
―ロスタイム:とある結末、その後―
[つぅ、と頬に温かなものが流れる。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、
ぼんやり滲んだ視界が飛び込んできた。]
あ、っれ、……
[――最後の記憶。
鳥飼に礼を述べようとして、鮫に喰われた。
はず、だったのだけれども。]
[辺りを見渡せば、そこはスクランブル交差点。
翌日に移行したのかと疑問符を浮かべていたところ、
上空から、ぼやけた影のような人物に語り掛けられた。
…涙をごしごし拭っても、やはり上手く像が結べない。
“未だに諦めきれない方は、――”
嗚、そんなものは。
答えなど、わかりきっているというのに。]
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