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メモを貼った。
[これだけ年齢差があるというのに、不思議と彼との会話に困窮しなかった。恐らく彼が気を遣ってくれているのだろう。
丈夫さに胸を張り、腕白小僧、なんて言葉に自然と頬が緩む。
路面電車に揺られている間は知る由もなかった彼個人の話。
ともすれば中性的な面持ちであれ、性別を見紛うような骨格でもないことは目に見える部分でも、体感した部分でもわかる。
腕っぷしの強さといい、着やせするタイプなのか──。
これまでずっと押さえていた不埒が脳裏をよぎるのもまた、今が自分にとって完全なプライベートである証拠。]
今は、そうですな
仕事に打ち込んでいれば退屈も老いも忘れられそうで
……ほお…派閥…
そういえば先日展示に使われていた車両は
確かに現行の物とは微妙に違いましたな
トレイル君はどちら派で?
[微妙にすれ違う公私の別。
彼の分類を問われずに済んだのは僥倖だった。
ただでさえ今は気が緩んでいる。
思わず余計なことを口にしないとも言い切れない。
何故、彼が仕事を依頼してきたことに憤慨したのか。
説明するとなれば、お世辞にも聞こえがいいとは言えない話題に触れることになるから。]
[咥内に残るサーディンの脂と塩気をワインで濯ぐような自然さで、ひとつ捲れば新たに見える彼の表情に、目尻の皺を深く。]
……ふ、…ええ、楽しみですな
その口ぶりだと自分で作ったりも?
[軽い調子で口にしたが、口約束で済ませるつもりはない。
星に預ける程度のささやかな願いに返ったのは星よりずっと明るい、太陽のような煌めきで、眩しさに息が詰まった。]
[和やかに弾む食事。ボトルも半分以上空いた頃合か。
妙な方向へ分岐しそうな気配。
今のところ、平生より陽気さが窺える以外の変化もなく、思慮深い彼のこと。さらりと流すかのように思われたのに。]
色々、とは……色々です
[君、一度飲み込みかけただろう?
退いたと思われた姿勢が前傾を見せた上に、続く想像は随分と可愛らしいものだった。
逡巡するようにグラスの中のワインを卓上で揺らめかせる。
自身の恋愛遍歴はそんな綺麗なものじゃない。
『ゼロイチ』で語られるような感動も、サイラス氏が描く絵画のような美しさもない。聞かせれば、彼が抱いてくれている純粋な好意を失うかも。
[──正直、とても気分が良かった。
見目もよく仕事もできて、人柄まで完璧な若い男が。程度までは解らないがこれほど解りやすく好意を示してくれることが。
人並みの幸せを夢に、星に願いたくなるほどに。
失いたくない。せめて今夜だけでも。
なんて、切実な欲求の方が憚られるか。
観念したようにワインで舌を湿らせ、重い唇を静かに開く。]
ちょっとしたスリルを味わうための火遊び、
とでも言いましょうか
当時はコンプライアンスも倫理規則もなく
……私も若くて誘惑にも弱かったし
お互い都合が良かった、というか……
昔の話です。君が生まれるずっと前、の
[言い訳じみた念押しを重ね、口元をナプキンで拭った。]
[おしぼりで手を拭ってやるなど、仕事でも早々しない。
急に黙々と食事を再開した姿に、やりすぎたかと表情を窺う。
険しい顔。さっきまであんなに楽しそうだったのに。
やはり先ほどの会話がまずかったか、いや、いっそこの場で幻滅してくれた方が傷は浅くて済むやも。
百合の香る薬では到底癒えやしないだろうが───。]
はい?
[平静を装う素振りで進めていたフォークがぴたりと止まる。
示された先には、無自覚に解いた釦と、酒精で仄か染まる肌。
夏の暑さで最近食欲が落ちたせいか、薄らアバラが浮かんでいる。
が、目のやり場に困る程の乱れでない。
視線は胸元と、泳ぐ碧眼を交互に追い掛け。]
……大人をからかうんじゃない
[長いようでほんの数秒の、不自然な間の後。
憮然に憮然を重ね、対面のグラスにボトルを向ける。
これほど雑にワインを注ぐのは、屹度これが最初で最後。]**
メモを貼った。
メモを貼った。
…スリ
[屋根に寝転がったまま、彼の話を聞き続ける。
自分でも、彼を見る目がどんどん険しくなっているのがわかる。
何をしているのか、ずっと気にはなっていた。
だけど、まさか、そんな風に金を稼いでいたなんて思わなかった。
身体の熱が、別種の熱さに変わっていくのがわかる。
立ち上がった彼の話を聞き終わると、自分も黙って立ち上がった。
彼の目の前へ行くと、彼の顔を見つめた。]
シーシャさん。
もう、店来ないでください。
[真正面から彼に告げる。]
俺の前で人から掏った金使ったら、俺は貴方を軽蔑します。
[そして、置いてあったリュックを持ち上げると、ファスナーの引き手から一思いにクマのぬいぐるみを引き千切った。]
これもいりません。
返します。
[無理にでも、シーシャの身体へと押し付ける。
彼が受け取らないのであれば、ぬいぐるみはただ屋根の上に落ちるだけだろう。]
…
[沈黙が辺りを包む。
体が熱い。
多分、苛立ちや、怒りのせいなのだろう。
だけど、だけど…]
…シーシャさん。
来週も、待ってます。
金がなくたってペルセウス・マーケットは楽しめます。
僕も、最近稼いでるんで、シーシャさんの遊ぶ金ぐらい奢ります。
だから…
[彼の顔を懇願するように見る。
彼はどんな表情をしていただろうか。
恐らく、長くは目を合わせて居られなかっただろう。
ふっと目をそらすと、呟いた。]
帰ります。
[そのままリュックを背負って、登ってきた場所を駆け下りるようにその場を去る。
居たたまれなかった。
彼にとっては、たまに行く店のバイトの学生に、お気に入りの場所を案内してやったら、訳のわからないことを言われた挙句、説教らしきことまで言われたわけだ。
自分が彼の立場だったらイラつきしか覚えない。
嫌われた。
思わず目の前が涙で霞む。
一旦立ち止まると大きく息を吐いて鼻を啜り、そのまま足早に家路についただろう。]*
― 4週目・店の裏手 ―
…
[0時前。
先週と同じように、壁に凭れて彼を待っていた。
リュックを前側に持つと、ぬいぐるみの無くなったファスナーの引手が揺れた。
あれだけでも、返さなければよかった。
店に来るなとまで言ってしまった。
今日彼が来なかったら、二度と会うこともないかもしれない。
それなら、あのぬいぐるみだけでも…
いや、持っていたらただ未練になるだけだ。
今日、ずっと待とう。
それで、朝まで経っても彼が来なかったら、それでもう、すっぱり思い出にしよう。]
…はあ
[来ない時のことばかりが脳裏によぎる。
あの時、あんなことを言わなければ。
もっと別のことを言っていれば。
後悔ばかりが出てきて、思わずため息をついて壁に凭れたまましゃがみ込んだ。]**
メモを貼った。
メモを貼った。
メモを貼った。
[
夜でよかった、蝋燭が消えていてよかった。
じゃなかったら、きっと、みっともないほど赤い顔で、半泣きになっているのが丸わかりだ。]
……、っ……!
[「好き」の意味を問われたが。
さっきまで以上に、声が喉に引っかかる。
だからかわりに、抱きついたような状態のまま、彼の言葉ひとつひとつに頷いた。]
……あって、ます。
そう、です。
[やがて、少しだけ、答えを返せるようになったけど。
その矢先。
突然、まるで脱力したような声。
何事だろうと、こちらも、だいぶひどいことになっている顔を上げた。*]
[――― 色々。
他愛無くも楽しい会話に花が咲き、ついオリュース鉄道史や簡単な駆動系統を掻い摘んで酒の肴にしても、彼の誤魔化すような口ぶりには空気が一変する。
彼が己を気遣い退いてくれるのは有り難く思う時もあるが、こんな風に露骨な隠し事は胸がキリリと痛む。]
……色々って、俺には言えないことなんですか?
さっきも言いましたけど、俺もう24ですよ。
[ワイングラスに吐き出した声は頑是ない稚気そのもの。
彼に食い下がるのは何時もの絡み酒か、それを言い訳にした本心か。
咽喉の奥を唸らせる前に折れたのは勿論、彼の方。]
…………、
[プレイボーイの告白は、やはり心に波が立つ。
既婚歴があるよりもずっとマシだが、思わず責めるように半眼になってしまうのは仕方ない。彼と己の関係性は空欄なのだから、そこに義はないが。]
[一度グラスを卓上に戻すと彼の襟元へ手を伸ばした。
持ち上がった語尾は考慮せず、YESの意だけを曲解して受け取って。
こんな時、テーブルが狭いのは有り難い。
指先で襟を攫い、酒に末端まで温められた体温が霞める。
最初に整えるようにコーナーを伸ばし、自然と上体は乗り出し気味。
ホールに指を掛け、釦の丸みを指腹が辿り。
覗きこむ角度は近く、仄かに同じ酒精が口元から香る。]
………男が好きなんですか、ハワードさん。
[疑問ではなく断定の囁き。
喧噪に紛れてしまう声量を、鼓膜の傍で転がして。]
……俺は本気です。
[返ってきた言葉に、もう拗ねたりはしなかった。
些か子供っぽい自覚はあったが、襟元から腕を下すとグラスに注がれるボトルの底を掴んで押し上げ、表面張力一杯まで注ぎきらせた。
これで結局、ボトルの殆どを己が干すことになる。]
![]() | 【人】 山師 グスタフ ― 四週目の星の下 ― (22) 2019/08/05(Mon) 22時半頃 |
メモを貼った。
[そのままグラスを引き寄せ、一気に煽った。
強い酒ではないから締まらないが、意地は張りたい。
ドン、と空のグラスを卓に豪快に戻すと、皿が揺れる。
柔和な車掌は酒に溶けて、彼に燃やされ、尽きた。
細く長い酒気が零れ、濡れた口元を緩く拭い。]
俺だけが本気でも良いです。
――― でも、相手にしてください。
[普段は柔い碧が爛と輝き、情熱のままに訴える。
そうして、テーブルに多めの紙幣を乗せ、彼の抗議を聞くより先に手を取った。訪れた時と同じ声色で清算を呼ぶと、釣銭は全てチップにして店を出ようか。*]
![]() | 【人】 山師 グスタフ[重なる手。 (23) 2019/08/05(Mon) 22時半頃 |
![]() | 【人】 山師 グスタフ ……うん、そうだな (24) 2019/08/05(Mon) 22時半頃 |
[
喜ばしいはずなのに、喜ぶよりもどっと疲れたような気分だった。]
……ずっとさ。
君に嫌われないようにするにはどうしたらいいかなって、思ってた。
[こうして話している間にも、キャンドルは粛々とその役目を終えていく。
遊歩道は暗く、時折吹く風で木々の葉がざわめくくらいで静か。
自分たちの声ばかり、よく聞こえる。]
[顔は天を仰いだまま。
星のひとつも流れないだろうかと思いながら、言葉を継ぐ。]
君はいつも輝いていて、……若くて。
素敵だと思った。目が、離せなくて。
だけど、普通に考えたら気持ち悪いと思ったんだ。
自分より10年近くも歳上の男の好意なんて。
[好意、と口にしてしまった。
もう戻らない。が、今なら躊躇う必要はないと、わかる。]
![]() | 【人】 山師 グスタフ[いつか。確定しない未来。それは来年?再来年? (25) 2019/08/05(Mon) 22時半頃 |
だから、せめて普通にしていたくて。
それでずっと、普通の中でなるべく会えるように、時間作って――
[それでいいと思っていた。
嫌われなければいい。ずっと見守っていられればいい。
それで満足だと、それ以上は過ぎた望みだと自分に言い聞かせて日々を過ごしてきた。
盛大な行き違いがあったことに、はは、と乾いた笑いが漏れた*]
メモを貼った。
[潜められた声色は、低く甘く。
これまで動揺したように逸らされたことが多かった分だけ、こんな甘やかし方もできるのだと、少し驚く。
と同時に、どこか無防備にも見えて。
今度は別の意味で困ってしまうけれど。
手を握り返すだけで、再び動揺する様子はやっぱり彼らしい。
焦げないならいいか。
でもせっかく君が作ってくれたんだ、
一番美味しいうちに、食べようじゃないか。
[逃げないよ、と示すように右手は覆わないまま。
手際のいい彼の手つきにこっそり見惚れながら、サラダとチーズをつつき。
焼きたてのスライスされたフランスパンを齧れば、カリッとした外側とやわらかくバターが浸み込んだ内側がこれまた絶妙で。ぺろりと食べきって、もう一枚焼いてほしいとねだろう。
そしてもう一枚焼ける間に、左手でスプーンを取ったなら。夏野菜がごろごろ入ったシチューをひと掬い。
濃厚なホワイトソースに絡む、やわらかい野菜と、ほろほろの鶏肉の美味しさに目を輝かせ。舌鼓を打った。]
[そうして。
一通り口にしたところで、ワインで口を休めながら。
そういうものかい。
いや俺としては、
好きだと褒められるのは照れるけど、嬉しいからな。
そういえばこの間サイラスに、
魔法使いみたいだって褒められた時も嬉しかった。
[そこに少しばかり下心も混ざっていることは伏せたまま。
せっかく知った自分の中で彼が好きなパーツだ。
下手に自分を気遣って、彼が再び隠そうとしないように。]
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