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[長く抱きしめていた腕を解いて、
志乃の頭をそっと撫でる。
自分の役割を果たせないことを悔いながら。
彼女が変わらないことを喜んで。
身勝手な罪悪感と満足を抱く。**]
[
それに瞳を伏せる。]
そう……ですか、
[現実に帰る事が幸せだとは思っていない。
だけど、悪夢を先に見ていたことで、変えられる未来も
あるのではと思っていた。
兄の、チアキの苦しみを夢の中で知れたように。
やり直しができないかと……それでも、遅いのだろうけど。]
[撫でられると昔に戻った気がする。
現実では、どれほど時間が経ったか分からないけれど。
昔は、もっと甘えていた。
弱音を吐いて、この手を温もりに縋っていた。
だけど今は、そうしようとは思わない。
そうすることを、自分が許せないから。
ちらりとモニターの方を振り返る。
画面に映し出された"家族"たちを見て、
涙が出そうなのを耐えるように、瞳を閉じた。
夢の中で進んだもの。
心だけが成長したのは、そのままのようで。
感情は簡単には漏れ出さなかった。
今は、それに安堵する。]
……部屋は、前のままなのかしら?
[落ち着いた声で呟いて、返事を聞けば
自室を見に行こうと、実験室を後にした。]
メモを貼った。
メモを貼った。
[志乃は何も言わない。
モニターをみても泣くこともなく。
「悲しい」という気持ちを振動に変えることもない。
甘えてくれればいいのに、と思いながら
彼女が体験した三年の重さを知る。]
部屋は変わっていない。
着替えが置いてあるぐらいだろう。
[腕を解いて出ていく彼女を見送った。
ヤニクやナユタやケイトがそこにいれば
彼らを無言で見つめながらその場に止まる。]
― 実験室→自室 ―
それじゃ……着替え、てきます
[部屋に着替えがあると聞けば、
3年前のままの、この姿を変えておきたいと思い
実験室を後にした。
廊下を足音を立てて進む。
音の響きで、記憶と寸分違わないのだと感じながら自室へ
中に入れば、懐かしい部屋。
ベッドのうさぎのぬいぐるみも、色々な楽器も
昔と変わらない。しばし眺めた後、
用意されていた着物に袖を通す為に、帯を解いた。]
生きてるなら、よかっただろ。
[ナユタの問いには
あの三年間がニセモノだと知らされて、思うところがないわけでないが、死んでいる方がよかったなどとは思わない。]
……生きてるから、よかっただろ。
[モニカもそう思ってくれると良い。
生きているのだから気にしないでくれると良い。]
メモを貼った。
[ナユタともう少し言葉を交わしたかもしれない。
紺の瞳はそのうちミナカタへと向けられる。]
……ミナカタ、お前は――
[何も思わないのか、と問いかける。
彼の冷たい笑み
先ほど志乃と話していたのも、彼女を抱きしめていたのも見ていたから、どちらが彼の本当かわからなくて。]
[鏡の前で、着物を脱いだ。
白い肌には何もない。右肩に傷もない。
もちろん、左足に指は揃っている。
身体に散っていた花の痕すら、全てない。
ようやく、すべてが夢の中の出来事だと実感が湧いてきて
それでも、心に刻まれたもの。
残してきた人の事を思うと、胸が痛くて、苦しくて
血の様に紅い着物を抱いて、声を押し殺して、
いつかのように啜り泣いた。]
[ヤニクの視線からは目をそらす。
追及は避けられないらしい。
つぶやかれた質問には、首を横に振る。]
思って何かになるのか。
それとも泣いて謝ればお前は満足するのか。
この実験のことを忘れるのか。
……違うだろう。だから聞くな、そんなこと。
[もしもナユタやケイトが何かを問えば。
そちらへと視線を向けて話を聞く。]
メモを貼った。
俺がどうとかじゃねぇよ……
[ミナカタの返答
ヤニクの質問が悪かったのかもしれないが、それ以上問う言葉は持たなかった。
ミナカタが遠まわしに、何も思わないことはないと答えているのには気がついたけれど、そこも問い詰めることはできなくて。]
言うつもりになったら言え。
俺は何も納得してねぇからな。
[ライジが目を覚ましたらどう思うだろうか。
殺したはずのミナカタは生きているから、喜ぶだろうか。それとも別の感情を抱くだろうか。
そんなことを考えながら、モニターに彼の姿を探す。]
だな・・・。うん。
[生きていて、良かった。
ヤニクから迷いなく返ってきた返事
モニター前へ移動し、先程までいた世界を凝視する。
頭で理解は出来ているのだけれど、
まだ現実味にかけているような、境界線の曖昧さ。
現実に生きているのだ、ということをまだ実感できないでいるのは起きたばかりだからか、それとも、この画面の中の世界で、まだ生きている皆がいるからか…。
そっと画面を指先でなぞり、未だ戦いの最中にいる彼らを凝視する。]
[画面の中から、ライジに名前を呼ばれ
ビクリと肩が震える。
返事をしても当然届くはずもなく、拳を握る。
どうすれば、いいのだろう。
死ななきゃ現実に戻れないからといって、
画面の中にいる彼らに、
早く死んで欲しいとも思えなくて――――
自室に戻る志乃の後ろ姿をチラリと見る。
ようやく、冷静に頭が働き出す。
守りたい、なんて言っておいて、
先に殺され、彼女も死んで―――でも、
死んだから目が覚めて・・・。]
[さすがに肌寒くなって、長襦袢まで着替えて。
しかし、きちんと着付ける気力が湧かなくて、
そのまま、ベッドに俯せになって、小さな声、唄を口遊む。
死ぬ前に歌っていた唄。
みんなが、幸せになればいいのに。
みんなが、笑っていたらいいのに。
そんな想いを込めて、精一杯の音を響かせていた。
夢の向こうまで、届けばいいのに。
どうしても啜り泣く声が混ざってしまったけれど。
一人になると、なぜか頑張れない。]
[――視線が止まったのは黒いコートを着て歩く三人。
ソフィアがオスカーの天幕から取り出した箱の中身がよく見えず、何だろうと興味と、不安を胸に様子をうかがう。
どこかの森で、ソフィアが開けた蓋の中身
立っているチアキに殴られた痕
箱に納められていたヤニクの首に指を伸ばしたリッキィの目から、涙がこぼれる
泣くなよ、クソッ。
[ここにヤニクは生きている、リッキィが泣くことなど何もない。
これは一時期の悪夢。いつだかわからないが、目が覚めれば終わるはず。]
――もう、勝手に死なねぇから、なくな、よ……
[泣いているリッキィに触れたくて、隣に行ってやりたくて仕方がなくて。
それなのに近づくことも声をかけてやることすらできなくて、もどかしくて悲しくて、その場に蹲った。]
――……
[モニターの中、流れる世界を見つめる。
終わるのはいつだろう。
一人残らず死んでからだろうか。
モニターを見つめるナユタや
何かを呟いて蹲ったヤニクや
ケイトも――同じようにモニターを見つめていただろうか。
聞こえる綺麗な「幸せ」の唄。
響く志乃の精一杯の想い。
そこに混ざるかすかな、小さい頃同じ音。]
……志乃。
[目を細めて名前を呼ぶも、
昔のように走って行って、彼女をあやすことはもうない。]
―実験室→廊下―
[何も守れず、殺されて、でも生きていて、
まだ皆は戦場で―――。
罪悪感で胸が張り裂けそうになり、
ナユタは実験室を出て、そのまま廊下を歩き出す。
懐かしい、施設の廊下を・・・。
そのまま、向かった先で、
思わず、立ち止まる。
その優しい響きに、
ただ、そこに以前には無かったような、
深い苦しみや悲しさが混じっていて・・・。
半ば無意識で志乃の部屋へと足を進ませる。]
メモを貼った。
―志乃の部屋前―
[暫くその扉の前に立ち、静かにその唄を聞いていた。
所々に混じる、啜り泣く声。
唄が途切れたその時に
ノックをせずに声を掛ける。]
志乃・・・。
出てこれなくても、いいから・・・聞いて。
[これは、ただの我儘。
罪悪感を少しでも消すために、言いたいだけの自己満足。]
志乃・・・ごめん。守れなかった。
[夢の話かもしれない。
守れなかったから志乃は現実で目を覚ました。
でも、守れなかったことには変わりなくて謝らずにはいられない。
これは、俺の弱さだ―――。]
[泣くのを我慢しようとしながら、歌う事に集中していて
近付く足音には気付けなかった。
ただ、歌う。
だけど、抑えきれなくなって――歌が、途切れた。]
っ、……く、
[両手で口を塞いだ。昔からの癖。
音が響いてしまわないように、無理やり抑える。
聞えてしまわないように、伝わってしまわないように
そうしていれば、ふいに声がかかって]
……ちが、うの、
[零れた涙を拭いて、そっと扉に近づく。
後から後から、涙が零れてしまうから、
扉を開けなかったけど……]
[閉ったままの扉に立って、首を横に振る。]
違うの、……ナユタ、さん
謝るのは、私の方なんです……
[自分から死ぬ事を決めた。
チアキを止めたくて、戦いたくなくて、
でも退くこともできなくて。
どうしたらいいか分からなくて、
あんな方法しか、取れなかった。
守りたいって言ってくれたのに、
勝手に死んだのは、こっちなのだ。]
[ちゃんと伝えて、謝らなければと思うのに。
上手く言葉が出てこなくて、掠れた声で呟くしかできず。
これ以上は、強い音を、悲しみや苦しみを
鳴り響かせてしまいそうだったから、両手で口を押えて
何も言えなくなってしまった。
はらはらと落ちる涙が、薄桃色の襦袢に染みつくる。
抑えなきゃ、と思うのに……]
[扉の向こうに、微かに動く音。
一枚隔てたすぐ近くに、彼女の息遣いを感じる。
その場で、じっと扉を見つめたまま佇む。]
なんで…志乃が謝るの……。
[あの時勝手に行動したのは自分自身。
彼女の望みではなかったのだから。
勝手に約束し、勝手に破り、勝手に謝って――――
その勝手が、彼女を悲しませていた…。]
志乃…志乃…ごめん。
自分がしたいように、勝手に動いたんだ…。
俺が、守りたかっただけなんだ…。
見たくないなら、見なくていいんだからな。
[ケイトがそこにいれば、そう話しかける。
モニターに映る場面はどれも哀しい。]
……これは現実じゃない。
俺たちがお前たちに見せた悪い夢だ。
飯でも食って、寝ててもいい。
……しばらくは実験もないだろうからな。
[自身が精神面に異常なしと診断を下すまで
または彼らが実験結果の解析を終えるまで。
通常の実験は行われないことになっていた。
その程度が精一杯だった。**]
メモを貼った。
[ポツリ、ポツリ、雨を降らせる。
彼女の涙の音を消してしまえるように。
全て洗い流せればいいのに―――。
雨を、降らせる。
次第に雨は土砂降りに。
ザァ…ザァ……と、悲しい音を消してしまえるように。
いつも、戦いの後に降らせていた、
自分にとっては、優しい雨。
悲しいその心を癒す、切ない雫。
晴れない雨はないと、願う音。
大切な人に、この雨が届きますように―――。**]
[勝手にしたことだと、ナユタは言うけど。
ケイトも、自分が守れと命じた兵士たちも、ナユタも、
自分を守ろうとした人たちは、みんな、死んでしまった。
夢の中でのことであろうと、それは確かに起きたことで
泣いてしまうと、誰かをやはり困らせる。
笑わなければと思う。笑わなきゃ。
だけど、口元に何とか浮かべた笑みは、酷く歪で、
とても見せられない。大きく深呼吸。落ち着かないと]
……え?
[笑顔を浮かべようとしてると、雨が降り始めて
その音の優しさに……悲しみで揺らめいていた心が
凪いで行くのを感じていた。**]
メモを貼った。
私は、最期まで、見させて欲しいです。
[実験室から出る人がいる中で、そう返答する
見たいと思う訳ではない、むしろ、見たいわけではないけれど。
自分の「責任」として、見なければならないのだ、と思ったのだった。]
…これは私たちにとっては、さっきまで確かに「現実」でした。
そこにまだ残る人がいる以上、出来るだけ、離れたいとは思いません。
メモを貼った。
[蹲ってしばし、画面の中ではどれだけ時間が流れていただろう。
顔を上げると、灰がさらさらと骨がころころと、チアキの手によって袋に収められて
ヤニクの身体も燃えて骨と灰になるのだと、頭のどこかで鈍い安心を抱きながらチアキがきちんと一欠けらまでも袋に収めてくれたのを見守る。]
……弔ってくれた、のか。
[ようやく、彼らが揃いの黒い装束をまとっていた理由を知った。
あれはヤニクの葬儀だったのだ。
こんな戦地の真ん中で、他にも多くのハローシィ国の兵士は死んでいたのに。
残っていたのは首だけだったのに、功績をあげてきたわけでもないのに、三人でそっと弔ってくれた。
わざわざ弔ってくれたということは、ヒトとして見てもらえていたのだろうか。
そうだとしたら――望んでいいのだろうか。
この望みを、望むままに口に出していいのだろうか。]
メモを貼った。
[篠突く雨の音。
悲しい音も、苦しい音も、すべて掻き消していく。
激しいのに、優しいその音色に耳を澄ませば
また彼が濡れていないだろうかと
気にするくらいには、落ち着いてきた。
雨音が止めば、]
……ナユタ、さん、ありがとう
[扉にそっと手を添えて、囁いた。
ベッドの傍に落ちている紅い着物に袖を通して、
簡単に留めると、そのまま、少しだけ扉を開く。
隙間から顔を覗かせて]
……大丈夫、ですか?
[まだ、紅い目だったけれど、いつもの調子を取り戻して
気遣わしげにナユタの顔を覗いた。]
メモを貼った。
[ケイトの言葉に
それが彼女の答えならば何もこちらは言うことはない。
辛くても目をそむけまいとする姿勢は
友を思う心からだろうか。]
それなら好きにしろ。
辛くなったらいつでも、眼をそむければいい。
……無理に見る必要はない。
[必要と判断されれば後から見させられるだろう。
そんなことはとても言えず。
ケイトには静かにそう言うだけ。]
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