266 冷たい校舎村7
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キーンコーンカーンコーン…………
(#0) 2019/06/14(Fri) 00時頃
──午後8時50分
規則正しく時計の針は進み、
冷たい校舎は2度目の夜を迎え、
4度目のチャイムを響かせた。
今なお吹きすさぶ冬の嵐は、
一向に収まる気配を見せず、
深く、暗い夜を運び来る。
(#1) 2019/06/14(Fri) 00時頃
そして、もたらされた夜の代わりに、
また校舎から消えた2人。
柊紫苑と宮古瑠璃が見当たらない。
(#2) 2019/06/14(Fri) 00時頃
―― イロハ、病院へ行く ――
[ささやかなあかりが、暗い夜道にスポットライトをともしている。
イロハは自転車をこいでいる。
病院は家からだとちょっと遠いし、
まあ、なんにせよ、早く到着できるに越したことはない。
そう、早く到着したいからこそ、
途中で赤信号に引っかかればもどかしい思いもした]
[……けして走ってはいないのに、
身体の真ん中がばくばくといやな音をたてている。
駐輪場に自転車を止めて一息ついてもおさまらない。
防寒対策としてコートしか着てこなかったから、
手袋をつけていない手はひたすらに冷たくなっている。
顔の前に持ってきて息を吹きかけながら正面の出入口を目指す。
気もそぞろで、それでも、
病院の前にたたずむ人影に気付くのはかんたんなことだった]
宇井野くん。ええと、その、 えぇと、……帰ってたんだ。
[あたたまりきってない手を振ることはしない。
ただ、言葉だけを投げてよこして]
[言葉とともに吐き出される白いかたまりの端だけを捉えていた状態から、
顔を上げる。とはいえイロハにも言えることは少ない]
聞いた。
あたしにも何が何だかって感じで、…………でも、
あの世界をつくってあたし達を招いたのは養くん、
……ってことになるのかなぁ。なるよね。
[――そう、つまり世界の主は目の前の建物の中にいる。
今は言葉の届かぬところにいるその人に、
宇井野にだって言いたいことはあるだろう。イロハにもある。だが、]
……ここ、寒いし、とりあえず中入って話しよっか。
[出入り口の自動ドアの方を指差して。
返事をあんまり待たずにさっさと歩き始めた]
少なくとも今は、
「ありがとう」だけは言える気分じゃないかな。
ちょっとだけ、あたしはあたしのことを見つめなおすことはできたけど、ね。**
[ 帰ってたんだ、と、言われて。
あの校舎が夢でも何でもなくって、
本当に自分が身を置いていた世界と知る。
あの世界じゃあ、
夢だということを否定していたのに、
目が覚めてしまえば曖昧で。
夢も現実も、そんなものだから。
あの世界を現実として認識するのに、
誰かの言葉を受けなければならなかった。 ]
[ だけども、事実とわかってしまえば早い。 ]
ああ。学校で目ェさめた。
養が、死にそうになって、
あの世界が出来たってとこか。
[ 文化祭に彩られた空間も、
腐った肉も、真っ赤な水も。
全部、養の心の中を形にしたものだろう。
上澄みの底を覗いたような気分だった。
誰しも持つであろう、奥の奥。 ]
[ 寒いし、と、言いかけて。
先に言われたものだから
宇井野は頷いて、後を追う。
病院の中。カウンターで事情を話せば、
待合に居座ることは出来るだろう。
扉一枚、二枚隔てた空間はあたたかい。 ]
どこから。
あの世界の中だったんだろう、な。
朝起きた瞬間からってのもおかしくない。
[ だとか。
そんな声は、病院の中だ。
他の誰かが聞いたらきっと、
よくわからない話でしか、ないのだろう。 ]
[ 言いたいことならあるけども
それはまだ はっきりと形を持たない。
だけども、今はとにもかくにも、
生きて欲しいと願うばかりなのだ。
顔だけは平気な形をさせたって、
あの校舎みたいに冷たい体は
……みたく、なかった。 *]
自分以外の誰かの体温を感じて、
私はそっと、目を覚ます。
[ ソファの上で、眠ってしまっていたみたい。
瞼を開けて、瞬きをして。
しばらく天井を見詰めています。
起き上がると、タオルケットがずり落ちる。
誰かが掛けてくれたみたい。
母か、父か、弟か。心優しい、家族の誰かが。
タオルケットを丁寧にたたみながら、
テレビをつけて、ニュースを見たの。 ]
[ 携帯を見れば、あいこちゃんからのメール。
そうね。病院、行こうかしら。
でも、その前に顔を洗わせてください。
面白い夢でした。
あれが、本当に現実とリンクしているのか、
あそこにいたのが本当に皆なのかは別として、
あの子の、腕の中で息絶えていく感覚が
今もすこしだけ、残っているのですから、ね。
死んだの。もう、居ないの。
顔を拭くタオルを持つ腕は重くって、
ああ、私、今ここに生きているのね。 ]*
―自宅にて―
[夢を見ていた。やけに鮮明な夢を。
やけに重たい瞼を開いて、最初に見えたのは
お世辞にも綺麗とはいえないアパートの天井だ。
雑音を聴いて、吐いて。
呆然とベッドに寝転んでいるうちに
どうやら眠ってしまったらしい。
やけに瞼が腫れている。
記憶にないけれど、泣いていたのかもしれない。
はるちゃんの事が、好きだった。
愛していた。多分、今も好きなんだと思う。]
[けれど、不思議だね。もう、涙は出ない。
何処かに恋心を置いてきたみたいに
紫苑の心は凪いでいた。]
[肝心のイヤホンは沈黙を保っている。
一ヶ月も動いていたからかな。
流石にバッテリーが切れたらしい。
もう、帰っているのだろうか。
或いは、まだ、誰かと一緒に居るんだろうか。
あぁ、でも、良いよね。
紫苑は空気が読めない。
なので、夜もふけたこの時間に
はるちゃんに電話をかけることを厭わない。]
[スピーカーの向こうから、はるちゃんの声がする。
どうしたの?と問う声は
やっぱり可愛らしい。そう思った。
少しの沈黙の後、紫苑は口を開いた。
泣いちゃうかな。
紫苑だって泣きたい。泣かないけど]
はるちゃん、あのね。
俺たち、――。
[酷い男だって思うかな。
それでいいよ、と紫苑は思うし、
むしろ優しいんじゃないかなとすら思う。
彼女は泣いている。被害者面をして。
悪い子だなぁ、って紫苑は笑って
躊躇い無く電話を切った。**]
[一時期は都合のいい夢であれと願った誰かの――もとい、養拓海の世界。
今はもう、確かにあって、イロハは確かにそこにいたのだと、認識している。
とはいえ、他のひとにとってもそうであると、
決めつけるにはまだ早かったかもしれない。
と、ちょっとだけ思ったイロハであったが]
そうだね。そうなる、よね。
他に誰かが死にかけてるなんて連絡もないし……。
[言ってる意味、通じるなら話は早い。
やっぱり君も確かにあそこにいたんだ、と思いつつ。
養の世界に思いを馳せる]
[文化祭を模した校舎はきれいだった。
本来は存在しない4階、そこは薄暗く物寂しかった。
どっちがほんとうか、じゃなくて、
どっちもほんとう、なのだろう。
綺麗じゃないものだって抱えてるのがひとであるからして]
[院内に向けて歩を進める足音は二人分。
ロビー状の待合室であっても暖房はきいていて、
もはや白い息を吐き出すこともない。
これこれこういう事情でして……と、
カウンターのお姉さんに話す役はとりあえずイロハがやることにした]
……おかしくない、かもね。
[一足先に待合室の長椅子に腰をおろすと宇井野の言葉に頷いた。
――雪、どれくらい残ってたっけ。
道中全然気を配ってなかったし、それに、
今朝見たニュースがどんなものだったかなんて、
養の世界での出来事よりも曖昧になっていた]
……それよかさぁ、宇井野くん。
あたし達がここにいるということは、
向こうには今頃、あたし達のマネキンが残ってたりして。
アイちゃん、みたいに?
[ちょっとは無残な姿になったかなあ、と、他人事じみて思う。
相原みたく、さながら殺人事件の現場を作り出してしまったこと、
きっと、誰かに言われたって、そんなには気にしないのだ*]
[通話を終えた紫苑は、新着を告げていた
メッセージアプリを開く。
相原からのメッセージが一件。
夢は夢じゃなかったらしい。
あの空間のホストが誰かを理解して、
ふと思い出したのは、いつかの会話だった。]
[“いる”じゃなくて、“いた”らしい、
「生まれたら最初に出会う人。」
紫苑の耳ははっきりとそれを捉えていて、
けれど、聞き返すことはしなかった。
だって、俺たち、そんなに親しい訳じゃない。
けれど、もし踏み込んでいたら、
彼が思い切る事はなかったのだろうか?
問うても紫苑には分からない。]
[出来ることはせいぜい、
彼の選択の結果を見守ることくらいだろう。
相原のメッセージに、
養が搬送された病院が書いてあった。
家を出る前に、少しだけパソコンを触ってから、
簡単に荷物を纏めて、コートを羽織る。
イヤホンの代わりに、伊達眼鏡を着けた。
泣いて腫れた目を誤魔化すためだ。
一歩踏み出した外の景色は、
雪景色などではなく、夜の紺に染まっていた。**]
或いは、精神的に不安定な人なら、
養以外にも当てはまるんだろうけど。
[ 其処は流石に、見えない処だ。
他に生死の狭間にいる者がいるって、
そんな連絡がない今は
あれは養の世界だって、
それを前提に話を進めるのがわかりやすい。 ]
[ 灰谷が、受付に話を通す間
宇井野は一方後ろに立っていた。
話し上手だ、って、いつも思う。
視線をちらと、外の方にやったら、
地面はうすぼんやりと明るくて。
積もったまんまの雪が、
朝の記憶と矛盾してくれないから、
どこから境界を越えたのかもわからない。 ]
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