263 ― 地球からの手紙 ―
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[とある病院、消灯時間を迎えた病室は
その中にカーテンで区切られた四つの個室を作り
患者達は自分の空間で密やかな寝息を立てる。
少年もまた、その一部だった。
朝になれば母親が訪れ、夕方には友人達が見舞うだろう
しかし今は彼の睡眠を妨げられるものは何も無い。
処置をされた両足は痛々しく目立つが、
惜しみ不足させた分を補うかのようにその眠りは深かった。]*
[とある病院の一室。
静けさが支配するその部屋には、人が眠るためのカプセルが、
規則正しく並べられている。
なんらかの理由で長く眠ることしかできない患者の生命維持装置なのだそうだ。あれらは。
つい数週間前までは私もこのカプセルのひとつで眠っていたのだが、
目覚めるための治療が施され、やがては退院し、しかし――
あったはずの記憶を取りこぼしてしまった。
かくして自分は再度入院し、ごてごてした機械を頭にかぶったりもして、
記憶を戻すための処置を行っていた]
[今の私はちゃんと自分のことがわかっているけれど。
記憶がないまま過ごしたという数週間の方が、
今となってはおぼろげに覚えているだけの夢のようだと、
ちいさくため息をついた。
――いったい何を考えていたのだろうか、あの頃の私は。
今は一度に色んな情報が戻ってきたせいで、
直近の情報が追いやられているだけ、らしい。
何かのはずみで思い出すこともできるだろう、と、
お医者さんは言っていた。
その言を信じることくらいしか今はできなかったし、
嗚呼、あとは、むしょうに夫に会いたくてしかたない]
[鞄から取り出したのは、クッキー。
可愛らしい手紙に添えられていた贈り物]
これ、頂きものだけど、少し食べてみないかい。
クルマの中で食べてみたけど、とても優しい味で、気持ちが落ち着くんだ。
[お茶を頂きながら、手づくりの味を楽しむ。
それから、ほっと、ひと息ついて]
じゃあ、相手の方には、私から一度話をしてみよう。
それと、うん、そうだね。
君から、手紙を書いてみるのはどうだろう。
言いたいこと、思っていることを、一度文章にしてみるといいかも知れないよ。
私が、それを届けにいこう。
[もめ事を解決するために、まずは。
互いの意図を正しく伝え合うことが必要だと思った**]
[船は星の海を行く。
行き先は慣れた星で、途中ふたつばかり星を経由していく。次の目的までは自動操縦で、離着陸の時だけ手をかけてやればいい。
夜勤の者だけ残し、船員たちは皆自室に戻っている。
イワノフはいつも通りの日誌を打ち終え、さてと持ち込んだ便箋を取り出した。
妻への手紙を書こうと思ったが、書くとなれば浮かばない。艇長室。小さな写真立てに飾られた妻の姿に苦笑を向ける。
結局、その日は一行も進まなかった。
船は星の海を行く。
なにまだまだ時間はある。この仕事が終わる頃には書きあがるさと、頷いた。]
[個人用の通信が届いた。
誰だと見れば家政婦からだ。何かあったら連絡してくれとは言っていたが、はて、と。
お手紙が届いていましたと言うメッセージ。
手紙の差出人はこちらです。
お急ぎの手紙でしたらと思って連絡しました、との事。
宛名を見て、目を細める。
家政婦には帰ったら返事をするから大丈夫と伝えて置いた。返事をするには家政婦に開封してもらわねばならんが、それはいやだったから。
自分の手で開封し、読みたかったから。
彼らに返事を待たせてしまうのだけは、申し訳ない。]
[地球に戻ったら種を植えよう。
届いた手紙を読もう。自分も手紙を書こう。
また紙の本を読むのもいい。領主殿の領地にも行きたい。
そして、妻の事を誰かと話したい。彼女がまだいるのを確認したい。
やりたい事がたくさんあるのは、とても嬉しい。
いいものだなと思った。]**
[蛇はお腹が減っていなかった。
雨宿りできるだけで十分だった。
雨がやんだら、ふかふかの土を作るためにミミズが出てくるから、それを食べるつもりでいた。
ふかふかの土の上に落ちた種は雨が嬉しかった。
次には太陽が恋しくなった。]
[いろんなものが、彼らなりに真っ直ぐ生きていく。
たまに交差する。
交差すればカドが生まれる。
それを、いいな、素敵だな、と憧れを募らせていた。
きっとこれからも、憧れを追いかけて多様な営みの中にとけこんでいる。]
[次は誰にカドの話をしようかな、なんて、ちゃっかり思うなど。]
[世界の全てを見たことなどありはせず、
ありのままを信じる程無垢な年頃は過ぎた。
そんな少年が不可思議を不可思議のまま受け止めたことに、
もしどうしても理由を必要とするのならば
その名前を挙げる以外に選択肢は無いだろう。]
[彼が今横たわり見上げているのは、
患者のベッドそれぞれに取り付けられたスクリーンだ。
とある存在を特集した番組は、
大勢の観客を前にスポットライトを浴びる人型を映している。
作り物の如く整った容姿は、性別の堺すら曖昧にしている
周囲に漂う光の粒子と電脳めいた立方体。
その者は、そこに在りながらどこか幻めいて薄らぐ姿を持っている。
アナウンサーの解説がイヤホンを通じて少年に届く
────「テクノロジーが生んだ新時代のアイドル」と。]
[人間でもアンドロイドでも無い、
語る全ては誰かが考えたのではなく、それ自身の言葉
自ら思考し行動しながらも実体すら必要としない
ファンがそこにいれば何処にでも現れることが出来る。
この数日間少年の身に起きた非現実とその存在は、
科学で説明がつけられるか否かの違いしかない筈だ。]
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