15 ラメトリー〜人間という機械が止まる時
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[ただ微笑みながら、手を差し伸べる。
“それ”には、気がついていたのかもしれない。
けれど、避けることは出来なかっただろう。
その為には ころさなく ては、
いけなかったから。
焼けるような熱が、幾度も幾度も躯を貫いて。
左腕は鈍色の砂となって零れ落ち、
砂の混じった血を吐きながら、倒れ伏していく。]
[ 見開く青、濁りない水の色 綺麗な色 ]
[「泣かないで」]
[ 言葉は音にならない ]
[左肩から斜めに裂いたように、砂と崩れて半壊した体は
けれど一度だけはっきりと
その青を見つめて、首を振った。]
[ 「いずみが みえる から」 ]
[ ゆっくりと口唇が動いて、そして意識は遠ざかる ]
[ 当たり前に頷くだろう問い ]
[ けれど ]
[ その肉体という機械に、言葉は既に届かない ]
[闇に飲まれ落ち込んだ自我は、どこへ向かうのだろう
――かつて、心は脳に宿るのだと、言った学者がいた。]
[ならば滅び行く肉体と共に、
自我は消えるはずなのに]
[それはどうしようもなく囚われて]
―城内の一室―
[アリーシャが起きて部屋を出た少し後。
少女の瞳もぱちりと開かれる。
いつの間にか寝かして貰っていたベッドを降りて。]
あら?
[そして、ベッドに横たわるままの自分の姿を見つける。]
[様々な場所で多様な声。
穢い思いか、醜い争いか。
血生臭い惨状が繰り広げられていることなど、少女には関係の無いことであった。
純粋な翠はただ、横たわる自分自身を見つめて黙っている。
まるでこの壊れた世界に取り残されたような感覚。]
…………。
[自分自身の傍に、大人しく座っている少女の姿。
六感のあるものになら見えるのだろうか。
普通には、目に映ることはない。]
あなたは誰?
私はポーチュラカというの。
あなたはなんだか私にそっくり。
あなたは私のお姉さん?
そうだったら素敵なのだけど。
[くすくすと笑う声だけは、空気を震わせて城の中を舞い響く。
その冷たい躯が自分のものだとは思っていないようで
お友達になれないかしらと、無邪気に少女は少女へ微笑んでいた。]
ねえ、私にそっくりなあなた。
あなたは昔を……。
ごめんなさい、なんでもないの。
いいわ、いいの。
あなたが知っているはずがない。
もし知っていても。
私は知りたくないのだわ。
―泉―
―――…なかないで、
[ぽちゃり]
[泉に水滴が落ちる、
それは大樹の葉から零れ落ちた露]
[薄れた青年の姿は、大樹に重なるように佇んでいた。
瞳のあせた砂色は本来の樫色を取り戻し、
左腕も生身の人の形をしていた。
――最も、その腕が何をも為すことが出来ないのは変わらない]
[まだ少し茫洋としている。
身に残るのは、漠然とした無力感と罪悪感]
――……、ぁ
[少女のくすくすと響く笑い声が、
随分とはっきりと感じられた――その名前を知っている]
……ポーチュラカ?
―泉―
フィル……
[泉に見入るフィルの姿、
それはかすかに見覚えのある記憶に重なる光景―――
彼はいつも何を見ていたのだろう。
さわり、と枝葉を震わせた大樹から、葉の一片が落ちた]
翠の葉は、泉の水面に、幾重も幾重も波紋をつくる――**
―泉―
[竜の少女が虚空を見上げる。
その時、泉の水面に映る大樹の枝は、青年の形に揺らいでいた。
水の中に手を差し入れたその幻影は一瞬のこと]
――……なかないで
[青に触れ、青に囁く]
[竜の少女に気づけば、
小さく笑みを浮かべたけれど、
それはただ揺れる枝葉のざわめき]
竜の少女が泉を見れば、水面は再び一瞬の幻影を映すだろう
[ ――泣かないで、
泣かないで、 と ]
[ゆらめく水に、幾度も幾度も
繰り返し、手を差し入れるのだけれど、
水の雫をすくうことも、触れることも出来ない。
その腕はやはり無力で]
―――……、
[名を呼ぶ声に、姿なき気配は
少し困ったような表情を浮かべて消える]
―語られなかった“約束”の話―
[果たされなかった約束が、ある]
[友達は今も、人を喰らっているのだろうか
せめてその自我が、残っていなければいいと思う]
[あの日]
[青白く光り輝く空は、とても綺麗だった。]
[それは水の中から太陽を――本物の太陽を見上げたような色。
物知りの友達はチェレンコフ光みたいだ、と言っていた。
その空からふる灰は、風花のよう。
溶けることなく街を白く、白く埋め尽くして]
[――そして終焉が訪れた]
[その灰の微細な粒子を体内に取り入れた人々は、
異常なスピードで、異形へと変化していった。
朝には談笑していた相手が、夕方には異形となって襲ってくる。
異形となった者は、必ず人を――そして同じ異形をも襲った。
元が人だからなのか、あるいはその灰のせいなのか、わからない。
住人全てが異形化して、街が滅んだ例を他に知らない。]
[遅かれ早かれ、異形と化していく人々の中で、
青年は時の流れに置いていかれたように、人型を保っていた。
異形化の進行の遅い者は、喰われる恐怖と変化への恐怖と
大切な人を傷つける恐怖とで、己から死を望む者もあった。
殺してほしい、と願われて。
どうしても、殺められなかった人がいた。
異形となったその人は、彼の腕を喰らい東の空へと消えた。
喰われた腕は、殺すための刃になった。
たくさん友達を殺した。家族を殺した。
知ってる人も、知らない人も、殺した。
異形化した人も、異形になりかけの人も、
――まだ異形になっていない人も。]
[ 殺すことしかできなかった。
奪うことでしか、救えなかった。]
[ だから ]
[ 与えられる存在は、尊くて 綺麗で ――… ]
[ 形にならない思考がひとつ 沈んだ ]
[ 泉を護る大樹は、
いまはただ静か **]
―――……約束、
[ 沈んでゆく 思考 ]
[ 最期に 聞いた 言葉 は]
[ ころなさいで ]
[ しなないで ]
いきている……、
しんでいない……、
[呪縛のような その 言葉は]
[部屋のひとつ。
少女は自分によく似た少女の傍を少し離れる。
冷たく起きぬ少女に触れてくれるアリーシャに触れる。]
アリーシャ。
そっちは私じゃないわ。
ねぇ。
ねぇ。
[触れるのに、きっと気付いてはもらえないのだろう。]
ソフィア、ソフィアっ!
寝ているのは、私にそっくりなこの子。
私は起きているわっ。
[金の髪を揺らしてソフィアへと駆け寄るけれど。
さて、その躯に触れた感覚は伝わるのだろうか。
傍で共に眠っていたネコミミトカゲは起きない少女から離れ、何もあるはずがない――いまの少女が立つ足元をついて歩いた。]
ねぇ。
ねぇ。
私はそっちじゃないわ。
[服の裾を引く、引く。]
[泉に佇む竜の少女へ、
梢はさわりと優しくざわめいて]
[そして]
[波打つ影からわかたれた
不可視の人影は、ひたり、動き始めた]
[木陰は変わらず優しい音を奏で続けている]
[ネコミミトカゲは撫でるソフィアを金の瞳で見る。
そのすぐ傍に視線を移して、交互に見る。]
ソフィア?
私が傍にいるの。
私は起きているわ。
ねぇ、ねぇったら。
[何度も何度も服を引く。
やがて翠の瞳は潤んで。
けれどもソフィアに声が届くことはないのだろう。
大樹と共にあるラルフにはその声が届いたろうか。
泣き出してしまいそうな、声が。]
――……泣かないで ヨナ
[ その声は 彼女だけに届く声 ]
だいじょうぶ、
おれはそこに、いない だけ……
[影より別たれた影は、
ゆるゆると古城内を移動する。
誰の目にも存在しない
誰の耳にも聞こえない
ソレはそれを望んだ
彼女の為だけにある、モノ だから]
―ヨナの塒―
[それはベッドの足元に、腰掛けていた]
……ヨナ
[柔らかな声音で呼びかける、
彼女が何か言葉を発しようとすれば、
そっと口唇に指をたてて、静寂のサインを一つ。]
……ヨナ、大丈夫。
何も心配いらないよ。
[どこかで響く異形の声を、
掻き消す様に優しい声で、それはきっと彼女の望む言葉を紡ぐ]
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