239 ―星間の手紙―
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……リザ。
[新たに届いたメッセージの差出人に、目を瞠る。 あんなことを言ってしまって、どう思われたか。 彼女は優しい気配りのできる大人だから、あからさまに拒みはしないだろう。 さらりと受け流してくれれば、綺麗な思い出の一頁におさめられる。
自分に言い訳をしながら、本文に目を通す]
……何だ、これ。
[ほんの数文字で途切れた言葉。端末か回線の不具合だろうか。 まさか彼女の身に何か、とまで考えたところで、新たな受信が通知される]
(32) 2018/04/26(Thu) 22時頃
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…………。
[数分の後。 ホテルの一室、ベッドの上でごつい体を右へ左へ転がす男がひとり。
幾度か転がっては、手にした端末の画面、視線を幾度も往復させる。 声にならない呻きを漏らしては、また全身を転がす]
いや、いやちょっと、これは、待ってくれ、想定外だ。
[相手を間違っているのかとすら疑った。 でもそこに書かれている内容は、どう考えても自分のことだ]
(33) 2018/04/26(Thu) 22時頃
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あー……。 何て言えばいい、これ、何て言えばいいんだ。
『……リザ』 あ、だめだ。
[返事をしなければ。 音声メッセージを試みたが、声がどうしようもなくひっくり返るので諦めた。 携帯キーボードを展開して、無骨な指で叩き始める。 先に来たあれは、彼女の要望通り、見なかったことにしよう]
(34) 2018/04/26(Thu) 22時頃
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[また数分の後、ベッドの上で頭を抱える男がひとり]
……何だこのポエムは……。
[伝えたいことを正直に書くとこうなる。 もう一生伝える機会なんて無いと思っていたから、心の準備などしていない。 その結果がこれだ。このポエムだ]
…………。
[こうなったらもう、全部言ってしまおう。全部]
(35) 2018/04/26(Thu) 22時頃
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[大切なメール、本来ならば慎重に推敲すべきだった。 でもこれを読み返せば、きっと転がるくらいでは済まない。 意味も無く息を止めて、送信コマンド実行]
(36) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[────…私には、エデンに来るまでの記憶がない。]
(37) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[エデン内の出産、外からの移住、あらゆるデータは存在せず、 両親、親戚、関係者も見つからなかったという。
気付けばエデンの中にひとり、ぽつんと佇んでいた。
まるで最初から私はエデンの中に居て、 人々の記憶とデータだけが失われしまったかのように。]
(38) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[健康状態は良好。遺伝子データも人間とほぼ等しい。 頭から生えていた謎の器官は触覚、聴覚を補助するもので、 同種とのコミュニケーションに用いられていたと推測された。
だからか言語は認識出来ていても発声機能に支障があり、 頷く、首を振るという反応を引き出すのにも苦労したらしい。
鸚鵡に言葉を教えるように何度も挨拶を繰り返し、 二ヶ月で挨拶を返せるようになり、 三ヶ月で自発的に発声出来るようになっていた。
二、三問題が残っているとすれば未だに硬い表情筋くらい。 それと、あれから何年も経つのに身長の変動がないことだろう。
ともあれ生活を送る分には支障も殆どなく、 また失語が再発しないようにと、独り言の量を多くしている。]
(39) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[私が持っていなかったものは記憶と、家族と、名前。 ステラ=ラスタ=テスラ=イースターという名も、 エデンで保護してくれた職員が付けてくれたものだ。
ステラは惑星。ラスタは近くの小惑星。テスラは光沢。 イースターは耳と卵のような白から。 何もそんなに長い名前を付けなくてもと言う者もいたが、 私がその四つによく反応するならと今の名前で落ち着いた。
私も私で、この長い名前が気に入っている。 この名前の中に家族が含まれているような気がするから。]
(40) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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…………むー。
[仕事の休憩中、デスクに伏せて小さく唸った。 記憶の箱をひっくり返してでも思い出さなければならない。 いや、あの声と誰かを正しく結びつけないといけない。
私に気付いてもらえると思って言っているから。 あの人は私に期待してくれているから。 だからちゃんと、正解を見つけなければいけない、のに。]
男のひと、で……、
[そこまで呟いて、ぱたりと動きを止めた。 まだ仕事は残っているけれどこの状態では手に付かない。 “それ”がどこにあったかだけ確認しようと仕事場を離れ、 自室に戻ると少ない私物を漁り始める。]
(41) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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データでも、ありましたけれど。 あれなら持ち歩いたりできます、から。
[ふわりふわりと耳の先でも周りに触れながら、 元々私物が少なかったこともあり、十数分で発見出来たのは、 一冊の本の形をしたアルバムだった。 開きたいのをぐっと我慢し、小脇に抱えて仕事場に戻る。]
(42) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[ぎゅうっとアルバムを持つ手に力が籠った。
仕事が終わっても、あの難しい謎解きより、 今来ている通信への返事の方が優先なのだけれど。]
(43) 2018/04/26(Thu) 22時半頃
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[初めて自分一人で作ってみたアップルパイ(正確にはアップルモドキパイかな?)は、 初めてにしては上出来だったと思う。
海の星の果物がちゃんとリンゴの役割を果たしてくれるか。 それが一番心配だったけれど、結論から言うと問題なかった]
うーん……もうちょっと砂糖を多めにした方がいいかな。 でも結構近いよね。リザさんの味に。
[さくり、と切り分けたパイにフォークを刺し、 一口モグモグと食した後付け合わせのアイスも一口]
(44) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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うん、おいしい! 私ってもしかして才能あるかも……!?
[パンをトーストしたり、マーケットで安くたくさん売られている宇宙食パックを温めて食べるのとはわけが違う。 本格的な料理がちゃんとできたことの喜びやら、 完成品のおいしさやらに、しばらくの間は嬉しさで打ち震えた。
が、丸いアップルパイの3分の1を食べ終え残りを冷蔵庫にしまう頃になると、 無意識のうちにため息がこぼれていた]
(45) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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[予定では、パパとママが帰ってくるのは3日も先だ。 そこまで長持ちするとは思えないので残りは明日食べるつもり。
パパとママに食べてもらうことを目指すなら、 もう少し日持ちのするレシピも教わった方がいいかもしれない。 何せ急に予定が変更することもあり得るお仕事だ。
あと3日。あと3日……]
…………だいじょうぶよ。
[呟いた声は誰にも聞かれずに細く消えた。 そうして、また、新たな1日が訪れる]
(46) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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[空がホライゾンブルーに染まる時間帯、 砂浜を歩いては、目に留まった貝殻やすべすべした石を拾って過ごした。 海の星にも海流じみたものがあるらしい。 時折、星のどこかからこうやって、“綺麗なもの”が海岸へと流れ着くのがその証左と言える。
加工して――貝殻に穴をあけて繋ぎ合わせてネックレスにでもしたり、 ヘアピンをつけて髪飾りにでもしたら、 売れるんだろうか、と考えてみたことはある。 惑星アクアマリン製貝殻のネックレス。他の星のひとからの受けはいいかも……なんて。
増えたコレクションを大事に抱えて持ち帰り、 乾かすべく部屋の窓際に並べた後には、いつもの日課が待つ。
「ルシフェル」を起動して新着メッセージをチェックする、という]
(47) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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…………。
[最初のメッセージを再生して間もなく、 胸が締め付けられるような表情になってしまった。
当たり前だ。何も伝えていないのだもの。 今のクリスマスを何も知らないからこそ、 今のクリスマスは、幼馴染もお友達もいた「エデン」の頃と何も変わらないと、 思ってしまっているのだろう。真っ直ぐなほどに。
だが、それを訂正する気は起きなかった。 今ここで自分の孤独をぶちまけてしまえば、 心配させてしまうことになりかねない。 ただでさえ大変な目に遭ったばかりだというのに。
少し、深呼吸をしてから、 お返事を「ルシフェル」へと吹き込んでいく。 寂しさややるせなさが声に現れないように]
(48) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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[だが。 幼馴染は――ピスティオ=エスペラントは、 「エデン」にいた頃と何一つ変わらないと真っ直ぐなまでに思ってしまっているという点では、 同じようなものだと。気付いてはいない]
(49) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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[結局、ささやかながらいくばくか、 事実とは違うことを告げてしまった]
………だいじょうぶ。
[何が、というのか。 ささやかな偽りもこれだけ距離を隔てていればばれないであろうことなのか、 彼にはなんとかいつも通りのクリスマスの元気な声を聞かせられたであろうことなのか、 自分で自分がわからないまま、もう1件のメッセージを再生する]
(50) 2018/04/26(Thu) 23時頃
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[本当はすぐにでもリザの料理を作りたかったが、客室にキッチンはついていない。 街へ出て、直感で選んだレストランに入る。 最も、この辺りは賑わっているだけあって、競争が激しい。味やサービスで不満を抱かせる店は、すぐに淘汰されてしまう]
ん、旨い。
[前菜も、肉も。スタッフに見繕ってもらったワインも]
あいつら連れてくるには、ちょっと上品すぎるか。
[エデンで通っていた店は……リザたちと行ったカフェなんかは別にして、 兵士仲間と飲み明かした店は、もっと安くてごちゃついていて、でもやたらと旨かった。 それでもリザの料理には負けるなんて言い合っていたんだから、今にして思えば贅沢な環境だ]
でも、何でキャンディだったんだ?
[リザのメールを思い返して、首をひねる]
(51) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[デザートはアップルパイ。アップルと称してはいるが、食べてみた限り何か別のものだ。 人間はどこに行っても、何とかして故郷と似たものを求めるようだ。 これはこれで美味ではあるものの]
……リザに、作り方教わっておけば良かったな。
[パイ生地はハードルが高そうだったし、ひとりで菓子を作って食べることもあるまいと、女性陣が教わっていた席には混じらなかった。 今は、あの味が恋しい]
でも、そうか。そうだな。 羨ましかったんだ、俺も。
(52) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[宿に戻ると、『ルシフェル』を起動する。 短いメールを、一通送った*]
(53) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[昨日は結局20階の大聖堂に居た。 といっても、ここばかりは名前負けだ。 十字架もあり、空間の広さも高さもかなりのものだが、聖堂というよりは講堂である。
さて、目的はステージの上に置かれているピアノだ。 ここ最近、何日かに1回は練習のためにここに通っている。
椅子に座り、鍵盤を押すと、くぐもった、でも音階は保たれた、何かを叩く音が響いた。
電力供給施設や空気循環設備、エレベーターなどが何事もなかったかのように稼働しているのに、最初に駄目になるのが一見単純に見えるピアノなのは何とも不思議に思う。
けど、きっとそういうものなのだろう。]
(54) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[ピアノの鍵盤を順番に叩いていく。 彼女が歌っていた歌の音階が、段々取れて、弾けるようになっていた。]
(55) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[アントレの後のデセールは とびきり甘いものにするのがよさそうだ ヨウキナナンバーから、一転し ワタシは、メロウな歌を口ずさむ]
ホシノキレイナ、ヨルハ、コエヲキキタク、ナルノ キュウニ、デンワカケタラ、オドロイチャウカナ
[これは甘いものなのだと、あの子はいった]
オー、ダーリン ヨフケノ、デンワハ、ラヴラヴ、ミー、ドゥー スーキダト、イウイミー
オー、ダーリン アーナタニ、アイタイー、イーマスーグ ソシテー、アイラヴュー、キーカセーテー
[甘いとは一体どんなものだろう ワタシは、ただそれをそのまま歌うだけ]
(56) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[最初の、そのひとからのメッセージは文字だった。 それに声でお返事したからか、今度は向こうも声で返してきた]
……うーん、 どこかで聞いたことがあるようなないような……?
[不確かな記憶。手繰り寄せる前にまずはお返事をしよう]
(57) 2018/04/26(Thu) 23時半頃
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[録音停止ボタンを押し、ふぅと息を吐く。
家族の記憶はなくても家族のような人はいて、 返信前に少しだけ捲ったアルバムにも その人の笑顔がいくつも残っていた。
キャンディさんもそんな風に、と言えなかったのは、 お友達になろうと誘っておいてという気持ちと。]
……おねえちゃん、で合ってるんでしょうか。
[間違えたら大変だからと、言うに言えなかった。]
(58) 2018/04/27(Fri) 00時頃
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[途中からだんだん、元気な調子、とは程遠い声になっていった。 ゆえにためらう気持ちは生じたけれど、 その、弱音じみたメッセージを送信してしまった。 こちらを宇宙の誰かさんと呼ぶひとへ。
ひとりぼっちでさびしいとは結局一言も口にしていないのが、 せめてもの抵抗といってもよかった。 それでもかつてからの習慣じみて身に着けていた、 元気と強がりのメッキははがれてしまった。ちょっとだけ]
(59) 2018/04/27(Fri) 00時頃
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[日課の通信の送受信を行うと、まずは地下7階のショッピングモールへと向かう。
やはり、エレベーターが開いた瞬間、灯りがついて、電光掲示板が流れ出した。
【みんなの〇〇、18歳の誕生日おめでとう…】
たまたま流れた文字を見て、今日は、久しぶりにシアター室へ行ってみようか、と思った。**]
(60) 2018/04/27(Fri) 00時頃
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[フルコースの後は、カフェ・ブティフール 珈琲と小さな焼き菓子が王道だ]
ムカシ、アラブノ、エライオボウサンガ コイヲワスレタ、アワレナオトコニ
シビレルヨウナ、カオリ、イッパイノ コハクイロシタ、ノミモノヲ、オシエテ、アゲマシタ
[これが、フルコースのシメだという 濃いめの珈琲と、焼き菓子 ── やっぱり、甘いのだろう]
(61) 2018/04/27(Fri) 00時頃
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