160 東京村
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[ドン。 どこかから、空気を痺れさせる音がやってきた。]
(91) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[ビリつく重い音は、等間隔にやってきた。 されど波は荒れることはない。
水で満たされた体の芯がビリビリ震う。 人波と煙の波が一様に痺れを浴びる。
皆が決まり事のように、ろうそくの炎を吹いて消す。 ホールの床一面にあった光が、つぎつぎに、突風がやってきたかのように、消えていく。 辺り一面の闇になり、音楽が鳴り始めると、壁や天井についた電球の橙だけが、息を吹き返し、海の上下が逆転する。]
(92) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[ホールに、音が満ちる。 『ミサ』が始まったのだ。]
(93) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[地下へと居りてきたワタヌキは、音楽でホールを満たした。煙の海に、音をちりばめる。 これこそが我らの祈りの言葉。 聞いたままの。言葉の垣根が要らない世界。 体で感じることのできる、平等な音。
ワタヌキは、ホールに設えられた監視台に登り、足をくんで煙のプールを見下ろした。 それからそこで、自分用に茶色い紙で花穂を包み、火をつける。咥えて肺に煙を吸い込んだ。 ぴりつく刺激。猫撫で声のようにくねくねした甘みがいっぱいに広がり、口や鼻や目頭からあふれてくる。 それでも風味は牛乳のぬるま湯並のまろやかさ。]
(94) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[音につられて、地上から逃れた民と、地下に住む民が入り交じる。されどここでは一様にみなユダヤ人。 『地底人』となった者達が住処から出てきた。 壁際の市場で、震える指先で、『ストーン』を手にいれる。 彼らは残りの短い命を、ここでさかさの風船になって終えるつもりなのだろう。 地上でむすんだ脳をひらくことなく、諦めて風船を割ってしまう前に、煙の海に流れついたさかさの風船たち。
煙の海で雲隠れだ。平和を思う存分味わってから、その後の生き死にを決めるのも、またいいだろう。
白内障のパンダと同じ。今は100円で音楽の鳴る装置に成り果てた、あの機械と同じ。皆、どこかしらおかしくなって、いずれは風船が割れる。パンダとわかられなくなる。]
(95) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[逆さの海が逆転した時に取り残された深海生物の卵がかえっていく。シャッターを押したまま街灯を撮ったように、オレンジと濃紺の「ゆらぎ」となってのびていく。
さんかく達の様子は、スローモーションで見えている。 幾人かは音にあわせて体をゆする。 首をうねらせ、目をキョドらせる。 踊り始めるものも出てきた。]
(96) 2015/06/08(Mon) 20時頃
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[壁のいさり火が白い海を照らしている。 音がうねりだしている。 皆、目を充血させている。
白い海でそれぞれの楽しみ方を決めようとしている。
聖なるものを、みようとしている。**]
(97) 2015/06/08(Mon) 20時半頃
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― 地下ホール ―
[いさり火のもとでひとり煙を楽しむさんかく。 音楽のかたちを宙に追いかけているさんかく。 石のようにうごかなくなったさんかく。 景色とシンクロをこころみるさんかく。 足をほうりだして壁に背中を預けリラックスするさんかく。 おしゃべりが楽しそうなものもいれば、何か紙にひとりで書き連ねているものもいる。 歌うさんかく。踊るさんかく。見るさんかく。しかし同じさんかくでも、「踊らにゃ損損」という者はいない。 皆、一人で楽しむも、皆で楽しむも、皆の勝手だ。すきなようにしている。 バラバラだけど、一体だ。皆のためで、自分のため。 泣くさんかくもいれば、笑うさんかくもいる。 商店街で買ったチョコレートを分けあい楽しんでいる集い、のんびり寝そべり始めるものたち……]
(127) 2015/06/08(Mon) 23時半頃
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[聖なるものに触れるには、まだ酔いが足りないぜ。 まだまだミサは始まったばかりだ。人生をかけて聖なるものを探し続けていくんだ。もっと煙を。もっと、もっとだ。 地球のまんなか、マントルのぬくさに触れ、細胞と細胞が互いを跳び箱をしだす。指の先のあたたかさを強烈に感じたかと思えばバターみたいに溶けて、再形成される。 なにもかも。ポンプの動きのように。 血管が聖なるものを求めている。]
(132) 2015/06/08(Mon) 23時半頃
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[銘々の楽しみ方をしはじめたさんかくたちの中に、『さかしたひなこ』をみつける。>>121 夢見心地で、海に浮かぶ『ウキ』みたいに、白い海をプカプカ、左右に泳いでいる。
白いウキは、全身12色クレヨンか「おかあさんといっしょ」みたいな色合いになって、優しい声で話しかけてきた。 そうかい。あんたママになるんだな。 スローになった音声は、耳と頭が動く速度を揃えるのをやめて、円形に広がるエコーを作り出す。 本当に聞こえた?聞こえなかった? 確信だ。ひらいた五感なら、受け止めることができる。 泡の動きがある。泡の口がある。はじける音がある。空気の流れがある。人の体温が発する光がある。温度がある。 ワタヌキは気だるげに頬杖をついて、監視台からがらがら声をかけた。]
地球の真ん中なら、それが許されるのさ。
やあ。
無事にミサに辿りつけたんだねえ…… おめでとう。おじさん嬉しいなぁ。
(135) 2015/06/08(Mon) 23時半頃
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あんたもやんなよ。 試して欲しいのがあるんだ。
[ワタヌキは今日の市場で売られている『インカローズ』を茶色の紙で包んで、火をつけた。>>141]
スペインの夢だ。 バラ色のスポンジに沈んでいくような、メローなハイ。 くすぐったくなる位キモチがいい陽気さだ。 クリアな空気がみにいける。
(155) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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とうめいな空気が世に満ちているのが視えるんだ。 みんなの体に。自分の体に入っていくのが視える。 透明な酸素が、透明なのにそこにたしかに在る。 それがクッキリ視えてくる。透明だって事がわかる。 視界が濁るわけじゃないんだぜ。 息をするってなんだったのかが、体感できる。
[紙の先が、ちりちり聖火にあぶられ、焦げながら赤く燃える。紙の先から煙が細く立ち上る。 さながら地獄に垂れた蜘蛛の糸。 ただしこの糸は、神のみもとなんて具体的なものじゃない。もっと冒険的に自ら聖なるものにたどり着く、行きたいところへ行ける糸だ。 聖なるものに触れあい、プールの中のガラス瓶になり、体の境界を曖昧に、透明になって景色や音や温度、あらゆるものと一体になるための手がかりだ。]
(156) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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[さかしたひなこの膝が、フロアに満たされた煙の海水、母なる海のくらげとなって泳ぎ去る。 さんかく達は、寝転ぶ彼女を気にしない。 地下深いアースの温度と共にあるものだとして認識する。]
聖なるものがみえるかい。
(158) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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いいにおいだろ…… おれ、花なんて殆ど名前をしらないけど、 このにおいはキレイな花のもんだとわかるんだよ。
[ワタヌキは、インカローズの煙を手元にくゆらせながら、地べたに寝転がる聖母を眺めた。 母乳の川が地面を僅かづつ削り、呼吸が振動となり、山々を作り出す。きっと地球はずっとそのようにしてあった。 聖母の形をした泡は、子供向けのクレヨンみたいな色から、優しい色になっていく。 それは4月の桜がみた夢の色だ。 朝焼け。夜を乗り越えてやってきた真実めいたピンク。 陽のイエローとまざりあう愛あるピンクだ。 菜の花の黄色だ。ミルクのこっくりとした白だ。 女の子の泡は、地面の一面の花びらになり、フロアにしみこんでいく。さんかくたちが踊るフロアの一部となる。]
(159) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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歓迎するよ。 ようこそ。
今日からあんたも地底人だ。
(161) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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[目を閉じる。 頭のなかで、白内障のパンダが歌っている。
むすんで、ひらいて。**]
(162) 2015/06/09(Tue) 01時頃
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