237 それは午前2時の噺。
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[ 昼下がりのショッピングモールは、田舎町と言えど、それなりに賑う。休日を謳歌してやろうという意欲は皆共通で、都会に負けじと轟かせ、店内は活気で膨れていた。 庶民的な店に混じり、佇むジュエリーショップ。その店内で彼女と肩を並べ、ガラスケースを眺める。結婚という通過儀礼に、神聖さを見出す風潮。充満した高潔な空気。愛想笑いすら上品な店員。指紋一つない硝子箱を、うっとりと見つめる彼女の横顔。……息の詰まる思いがする。他人の瞳に、俺は幸福を絵に描いた男として映るだろう。平凡で、ありふれた、でも生きていくにはなくてはならない種類の幸福 ]
「ねぇ……どう思う?」
[ 店員のセールストークに耳を傾け、宝飾品に釘付けだった瞳が此方を見る。終始上の空だった不誠実が暴かれそうで、心臓が跳ねる。頭の片隅で、分かりやすく浮かれる彼女を、可愛いと思った ]
「……何でも良いって、なにそれ。どういう事?」
[ 失言だった。未来を買いに来た客として、相応しくない会話。店員は苦笑いしか出来ず、その視線が片顔に刺さる。無音の同調にも感じた。口から出た台詞を後悔しても遅いが、気の利いた代替も用意出来ず、その気力もなく眉を顰める ]
(46) 2018/03/25(Sun) 00時頃
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[ 底冷えする、突き放すような台詞が脳裏に浮かんだ。 背筋が冷える。ひとひらの言葉を飲み込んだ喉の奥が、誰かの代わりに切り裂かれて熱くなる気がした。
なるべく自然に視線を下げ、腕時計を確認する。 ── 午後二時の噺だった ]
(47) 2018/03/25(Sun) 00時頃
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「はぁ……それで?休日デートを満喫したって話なら間に合ってますんで。腹一杯ですご馳走様。惚気は壁に向かって吐き出して下さい」 「うるせぇ、人と喋ってる時くらいスマホを置け。人の話を最後まで聞け。久し振りに会ってんのに、何だその態度は」
[ 阿呆、とまで言わなかったのは、年上の、教師としてのなけなしの矜持か。住居を作り替えた、テラス席が売りの珈琲店には、穏やかな音と時間が流れている。例え慣れ親しんだ相手に向ける冗句でも、声を荒げるのは躊躇われ、自然と声を潜めた。
テーブルを挟んで向かいに座っている青年は、大学時代に講師を勤めていた塾の生徒だ。高校を卒業し、鴉の羽根のように黒々としていた髪は、すっかり陽の色に染まっている。あか抜けても毒気は抜けていないようだが。異次元の世界平和の為に躍起になっている彼は、手元の端末に夢中だ。果たして俺の小言が聞こえているかも怪しいが、素知らぬふりで、話の続きを促す。
聞きたいと言うから話しているのに、「あぁ」だとか「へぇ」という、気の抜けた返事の反覆に、短い気が苛々と燻り始めた頃 ]
(56) 2018/03/25(Sun) 01時半頃
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[ ──流石に、仲違いしたと言えば、弾かれたように彼が顔を上げる。ようやく顔を合わせたのは良いが、その目が好奇に満ちているのが気に食わない ]
「……おい。人の不幸を喜ぶな」 「喜んでねえって、驚いてんの。あんなに順風満帆そうだったのにって。まあ、誰に聞いても先生が悪いって言うだろうね、そりゃ」 「……知ってる」
[ 耳の痛い台詞に閉口する。そのうち注文していた品がテーブルに届く。珈琲と、クリームソーダ ]
(57) 2018/03/25(Sun) 01時半頃
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「何がダメなんすか? 嫌なら捨てて、欲しいなら選べば良いのに。先生まだ若いでしょ」
[ あっけからんと言ってのけて、彼は黄緑が目に鮮やかなグラスを引き寄せる。無数の気泡が弾ける舌触り、人工甘味料の甘ったるさ。学生時代もドリンクバーやジャンクフードのお供に愛飲した、あの味を今も忘れていない。芳しい珈琲の良い香りが、鼻腔を擽るが。いかにも身体に悪そうな、あの味を、今は恋しく感じていた ]
「一人になったとして、独身貴族を騙るのはなぁ……」 「良いじゃん、自由で楽しそう」 「他人事だな。簡単に言ってくれるなよ」 「だって他人事だもんね。何にせよ、俺達には根気が必要だって事っすね!」
[ ニッと歯列を見せ、雀斑の浮いたあどけない顔で彼が笑う。大人びたと思っていたが、変わってない。憎めない表情に、苦渋を噛んで笑ってみせる。「お互い頑張りましょうね」と言う彼は、自ら桜を散らした浪人生だ。彼は彼で、根気を試されている。本来なら世間話に浪費させるべきでない時間。取り戻せはしないが、すぐに熱い珈琲を飲み干した ]
(58) 2018/03/25(Sun) 01時半頃
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