270 「 」に至る病
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今日は、好きなところに連れて行ってあげる。
[僕は笑ってそういう。――動物園、水族館、遊園地。 研究ばかりしていては息が詰まるから 史跡や図書館、博物館以外の場所を どこでもいいよ、と選択肢を示して 君の興味がある場所へ赴く。
少し大きくなりすぎた君を抱き上げることだって 甘いデザートがある店にも行って 弱ってきた胃腸に鞭を打つことだってする。]
沢山遊んだなあ、ミルフィ。
[そうしていくつも思い出を積み上げた後に、 夕暮れを見上げて帰路につく。 僕が作った夕食に、甘すぎる君のデザートを添えて 二人で食卓を囲んだら、 月が窓から覗く頃、僕らは眠る準備をする。]
(188) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[夢の中の僕は、まだ君を抱かない。
ただ古びたアルバムを持ち出して 全てがデジタル化されたこの時代に わざわざ現像して、色の褪せた古い写真を―― 半透明のページに綴じられたそれらを、 君と一緒にたどっていく。 あんな事があったね。こんな事もあった。
そうしてアルバムが最後のページに差し掛かる頃 僕は君の服に手をかけて]
[初めての時のように愛して、]
[――首筋に、深く牙をつきたてた。]
(189) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[真っ白だったシーツが真っ赤に染まっていく。 僕は止めずに尚君を腹に収める。
君の血。君の涙。君の全てを。 君が君でなくなってしまう前に。
君の体はどんどん冷たくなっていく。 かつて抱きかかえて町を歩いた体が 弛緩して、重くなっていく。
僕はずっと君の名前を呼んでいる。 口の中に広がる幸せの味に嗚咽しながら 君を最後まで食べつくして
その瞳を、優しく閉じてあげる。 その髪や頭を撫でてあげる。
愛している、と言いながら。 ――――……………君が狂う前に、]
(190) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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『お目出度い人ね。 ――そんな夢物語、あるわけないじゃない』
(191) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[声が降る。
ざあざあと雨が降っている。 妻が死んだ日と同じ服を着て、 僕は夜のリンディンに立っている。
目の前には、白い幽霊が居る。 真っ白な顔をした妻が僕を見つめ、 妖艶に、そして恨めしげに微笑んでいる。 化けて出て尚、美しくも恐ろしい、白薔薇に似た僕の妻。
降る長雨の中、シャツが体に張り付く。髪が体に張り付く。 ……体が冷えていく。
彼女は雨に打たれながら僕を見据えると、 すっと暗闇の中に姿を消した。 僕は思わず手を伸ばして、一歩、二歩と石畳を踏む。]
(192) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[雨が降っている。
濡れた革靴が黒い水溜りを踏んだ。
雨が降っている。
遠く、サイレンの音を聞いた。
雨が降っている。
散らばり、ひしゃげた、――の体を覗き込んだ。]
(193) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[膝をついて君の名を呼ぶ。 答えは返らない。誰も応えない。 ただ、雨の音だけが聞こえている。
僕はただただ首を横に振って、 眠り姫のように目を瞑る君の赤くなった髪を撫でる。]
…………ねぼすけな子だなあ……
[白く冷たい頬に手を伸ばす。 目覚めのキスになんかならなくとも 笑いながら泣いて君の体を抱き上げた。]
(194) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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解って、いるよ。 許されないことだと。 救いなどないほうが自然だと。
けれど、どうあっても…… 僕は、この子の最期までを
…………すまない
[妻か、君か、誰に謝りたいのかわからなかった。 解らないまま、もう息をしない君の唇を塞ぐ。
――――甘い匂いが鼻をついて、]
(195) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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"... I'm so happy to be your ... ."
(196) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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―― ある誕生日に ――
[――――……]
[今日は仕事がない日だからと、 ベッドに埋もれて惰眠を貪っていると 隣で起き上がる気配がして、少しだけ手を伸ばした。
さらり、流れる髪の柔らかさだけを感じてまた眠る。
なんだか酷い夢>>187をみて再び目を覚ます頃合には、 甘い匂いが階下から立ち込めていて、 僕は例年、行われたそれにひどく安堵しながら、 一定のリズムで階段を降りていった。
投げかけられる言葉に僕は目を見開いて>>169
笑顔を咲かせた愛しい娘と、 精一杯の努力の証が見えるケーキを見て 本当に嬉しくなってしまって、微笑む。]
(197) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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お祝いしてくれるのかい? はは……ありがとう、僕の可愛い娘。
[神に感謝など捧げないが、 いつもどおりの砂糖の多いケーキを 僕は大層喜んで
共に過ごした年だけ増えたロウソクが ケーキを埋め尽くしていくのを 圧巻だな、と思い見つめていた。
覚悟を決めてブラック珈琲を淹れる。 それから、切り分けられたケーキを食べる前に 彼女の名を呼んだ。
顎に指先を添えて、 唇を寄せるのは首元……ではなく、頬。 ついたクリームを思わず舐めたのは さっき見た酷い夢のせいだろう。]
(198) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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クリームがついているから間違えたよ。 [笑って冗談を吐き肩をすくめた。 それから食卓につく。]
……ミルフィ。 今回は砂糖をどれくらい使ったんだい?
[僕は律儀にそんな事を聞く。 もちろん、その後の言葉に繋げるために。]
食べ終わったら、買出しに行こう。 君の紅茶にいれる砂糖がないだろう?
[言いながらちらりと窓の外を見た。 蒼い空。きらきらと差し込む朝日に目を細める。]
(199) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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[いずれ終わりがくるとしても いずれ地獄に落ちるとしても……
君がいるなら、きっといつまでも僕は幸せだ。
だから――どうか、 限りある生で、君の命がはじまりから終わりまで 「しあわせでした」と言えますように。
最早祈る神も何もないけれど それだけを願って、甘すぎるケーキを咀嚼した。**]
(200) さねきち 2019/10/19(Sat) 16時半頃
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……ははは
[肩を竦めて笑った。>>229 仕方のない人ね、と言われてほっとした。
いつもどおり君は 砂糖を全部使ってしまったというから>>230 僕は先んじて買出しに行くことを提案する。
使い古したデートプランだが、 君は喜んでくれるようだ。
無邪気に苺も買おう、という様子に目を細めて それから2人だけで誕生日を祝う。
もう何回目かもわからない誕生日に 君のケーキを食べられる事を喜びながら 珈琲片手に、君の話を聞いていた。]
(259) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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ああ、そうだね。 行こうか。
おいで、ミルフィ。
[僕はそういって彼女に呼びかけると 昔のようにとはいかないが、 彼女の手をとって歩き出した。
風にさやさやと街路樹の葉が揺れて 石畳には蒼い影が落ちている。 晴れ渡った空の下、僕と君は歩いていく。]
(260) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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―― 遠い日の思い出 ――
……ミルフィ、疲れちゃったのかい?
[僕は買い物袋を片手に下げて、 とぼとぼと歩みが遅くなってきた君を見下ろした。
無理もない。 積まれた食材を見ただけで目を輝かせはしゃいだし 嬉しそうに砂糖や苺を買い物カゴにつんでは 「あたしが!」と一生懸命お手伝いをしていたから 体力も持たなかったんだろう。]
(261) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[君が買い物カゴを持っていた関係で あんまり重くない買い物袋を 僕は、手から肘に吊り下げる形にして 「おいで」と君に声をかけた。
君の体を抱き上げれば 暮れた空をカラスが飛んでいく。 ぎゅ、と力がこもるのを感じて 胸いっぱい広がる愛しさに、僕は笑った。]
……帰ろう、ミルフィ。 僕らの家へ。
………………眠ってしまったのかい?
(262) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[穏やかな笑い声が聞こえなくなって 君の体温がぽかぽかと暖かくなった頃 僕は静かに、そう尋ねた。
返る答えは、沈黙のYes。
僕はくすくすと笑って、君を抱えたまま家に戻る。 鍵をあけるのに苦労しながら君を落とさないように 寝室のベッドまで運ぶと その丸い額をなでて、口づけた。]
おやすみ、可愛い子。
(263) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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―― 夕 ――
[ベッドに寝かせた君の髪をなでて、 夕食の用意のために 自室から出ようとしていた頃のことだった。]
……おかえり、ミルフィ。
[僕はうまく笑えていただろうか。
泣きながら抱きついてくる君を 優しく抱きしめ返す。]
(264) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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いいんだ、……いいんだよ。 君がケーキを作ってお祝いしてくれた。 僕には、それだけでも十分。
[ぽん、ぽん、と背中をなでた。 どうにか泣き止んでおくれ、と優しく呼びかけた。
君は夢の内容を話す。 遠い遠い昔の、六歳の頃の夢を見た、と。
――……ああ、それは、もしかしたら 僕らが、……もしかしたらだけれど 一番幸せな時期の、思い出かもしれないな。
壁にかけられた古い似顔絵を見て 僕はそう思って苦い味を飲み込むのだけれど>>243 次の瞬間には、君の呼びかけに呼び戻されている。]
(265) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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ミルフィ。 ……僕も、僕もね 君が僕の娘で、とても幸せだ。
だから……………
[繋ぎとめて、と言われて僕は少しだけ言いよどむ。 セックスをして、吸血してしまえば きっとまた君の病は進行する。
君を失うのが恐ろしくて、 僕は「駄目だ」といいそうになる。 「どこにもいかせたくないんだ」と縋りそうになる。]
(266) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[……でも、君はそれを望んでいないから。]
(267) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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…………
[僕は君の体を強く抱きしめる。 そうして優しくベッドに押し倒した。]
……繋ぎとめるよ。
君がもしも……もしも…… ”あの子”に負けて消えてしまいそうになったら
その前に、パパのお腹に隠してあげる。 大丈夫だよ、ミルフィ。泣かないでおくれ。
(268) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[僕は、ちゃんといつもどおり笑えていたかい? ……そうだね、やっぱり、自信がないな。
唇の震えまで抑えて、人差し指の背で君の涙を拭う。 そして君に読み聞かせをするときのように 優しく笑って、唇にキスをする。]
(269) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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"I'm so happy to be your daddy, my love."
(270) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[いつか眠りにつく君が、 穏やかに笑えていますように。
願いながら、僕は君を愛すだろう。 愛によって全てが終わる日まで。
……その血も。涙も。笑顔も、]
( ”You are mine, my love." )
[――――いずれは、そう胸を張って言おう。
孤独に至る病を抱えながら 僕らは本当の家族になる。*]
(271) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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―― ――
[曇天に黒いカラスが舞っていた。
クリスマスが近づく町はどこもかしこも飾り立てられている。にも関わらず、天気のせいか、降り始めた雨のせいか、どこか灰色だった。
町を歩く人間たちは皆家族や恋人を連れている。 冷たい空気を、互いの微笑みで暖めて灰色の町並みを歩いていく。
その人ごみの中で、黒いコートを羽織った男があたりを見渡した。 足しげく通った店にも、友人が住んでいた家にも、知った顔の1つもないことを理解すると、納得するように歩いていく。]
(272) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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「ママ、パパ、サンタクロースが来たら ぼくあれが欲しいなあ」
「いい子にしてたらきっとくれるわ」
「おいおい、いつもいい子にしてるじゃないか、なあ? クリスマスを待ちなさい」
「え――、僕待ちきれ……、わ、ごめんなさい!」
(273) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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[町を歩く親子連れがプレゼントについて語り合っている。
はしゃいだ少年が父親に振り返ろうとして、前方を歩いていた男にぶつかり、咄嗟に謝罪を口にした。
男は黙って微笑むと、彼の頭からずり落ちた帽子を被せなおして、何かを呼びかけた。聞き取れなかった少年がぱちくりと瞬きをする。 ――直後。]
「……、誰と喋ってるの?」
「ほら、そんなにふらふらしてたら危ないぞ」
「えっ、――うん、……」
[両親の声が聞こえ、少年は不思議そうに首をかしげた。 そうする間にも、黒いコートの男は雑踏に消えていく。広い背を雨に濡らしながら、家族連れの中をひとりで。]
(274) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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「雨が降ってきたわ。――さあ、帰りましょう。 私達の家へ」
「うん!」
[微笑を交わし、人間たちはそれぞれの帰路につく。
結露に曇った窓の向こう。 クリスマスツリーを室内に飾り、 暖かな料理がテーブルに並ぶ場所へ。
それら全てを祝うように、 あるいは厳かに祈るように
柔らかな雨の中で、リンディンの鐘が鳴っていた。]**
(275) さねきち 2019/10/20(Sun) 03時頃
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