160 東京村
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[それは、絵里自身も知らないままに、進行していた。 街灯とネオンだらけの新宿も、陽が沈めば一気に闇を深める。それが合図だった。 絵里の中の闇も、街が夜になるように、すぅっと広がる。 暗い空。暗い街。暗いタクシーの中。どんどん暗さが、絵里を支配する。
恋人でもない間柄、誰がその瞳を、まじまじと見たりするだろう。 ましてや、誰がその違和感に気づいたりするだろう。 絵里の瞳は、黒目がちでは誤魔化しきれないほどに、くろぐろと。 暗闇の中、見えるものを探してきょろきょろ探る。 道を探しているように見えたろうか。 けれど、新宿よりは暗くとも、街灯の灯りが点在するこの街も、今の絵里には眩しすぎる。]
(+0) 2015/06/09(Tue) 14時頃
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[ふと空を見上げた。真っ暗闇の夜空の中に、ぽつんと小さな月あかり。 ああ、見えた。まだ見えるものがあった。 さやかな光を拾いすぎて、明かりを見られなくなった目は、月影を道標。 野良猫のように、夜の高円寺へ音も無く消えていく。 LINEの既読は、もうつかない*]
(+1) 2015/06/09(Tue) 14時頃
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[ぱつん、とコードが切れて、さんかくは壊れる。 蓋をすれば道はすっかり閉じてしまって、常闇は箱の中。 赤ん坊の種は赤く染まって駅のトイレに流されて、帰り道振り向いたら鏡の中に自分が見えた。
さて、消えた少女は、どこへ行ったのか。]
(+35) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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[駆ける。暗い路地を、走っていく。 ひたひたひたひた。夜の高円寺を西に向かって走る。 足音もない。誰かの足元に伸びる影くらいに、静かに、当たり前のように夜に溶ける。 少女が走っていった先は、自宅だった。 真っ直ぐに、家路を目指す。真っ暗な家が待っている。
少女はただ、ふと思ったのだ。 ああ、水が飲みたいな、と。]
(+36) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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[何が悪かったのか。 "またきてさんかく"に霊的な何かがあったからか。 あのパズルが、高円寺へ導いたせいか。 そもそもの少女の自宅が、すぐそばの荻窪だったせいなのか。 ――それとも、もう時間の問題だったのか。
少女はほんの些細なきっかけで、人であることをやめてしまった。 タクシーの暗さに、最後の一歩ぐぅと目を見開いて。 代わりに暗いものしか見えなくなって。 頭の中も、外は眩しい、に支配されて。 スイッチが切り替わるように、ぱちんと。]
(+37) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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(+38) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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[歩けば、一時間弱はかかる道。 どれだけの速さで走っているのか、時計を見る目が見えないから、わからない。 ただ、一種の帰巣本能のようなものに任せて走って、走って、家の目の前についたとき。]
『おかえり』
[頭の上から、やさしい声がした。]
(+39) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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『何をやってるんだ、駄目だろう、こんな遅くに出歩いたりしたら』 『パパ驚いて、今から探しに行こうとしていたんだぞ』
[知っている。この声を知っている。 最近は怒った声ばかり聞いていたから気持ち悪いけれど、知っている。 どうして。なんで。外を電車が行く音がした。終電には早すぎる。 僅かに残った人間の部分が混乱して、ただ呆然と立ち尽くす。 唯一わかること。声は、怒っていなかった。]
『ほら、入るぞ』
[ドアの開く音に誘われるように、ふらり、足が動く。 水が欲しい。そうだ水が欲しかった。家に入るのは当たり前だ。]
(+40) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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『まったく……心配させないでくれ』
[コップに水が注がれる音がする。 両手で受け取って、それを飲んだ。全身に冷えた水が染み渡る思いだった。 冷えた水だけじゃない。耳から入る声のひとつひとつが、じんと染み込んでいく。 こんなにやさしい声を、いつからだろう聞いたことはない。 わたしがいなくなっただけで、こんなにパパは心配してくれていた。 それなのに頭ごなしに怒ったりしないで、帰ってきたわたしにほんとうに安心したように迎え入れてくれた。]
(+41) 2015/06/11(Thu) 05時頃
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