272 【R18RP】十一月と、蝶が奏でる前奏曲
情報
プロローグ
1日目
2日目
エピローグ
終了
/ 最新
1
2
3
[メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
視点:
人
狼
墓
少
霊
全
|
― 「翌日」 ―
[――目を開けると、そこはいつもの自宅だった。 窓から差し込む日は白く、春先では有り得ない朝の肌寒さにぶるりと身震いする。ふと気付けば寝間着ですらない。どうやら仕事から帰って着替えもせず、ソファで寝入ってしまっていたようだ。 ぐるりと首を回す。体が少し痛いのも、疲れが取れていないのも、恐らくその所為なのだろうが――どうして、こんな所で眠ってしまっていたのか。
カレンダーを確認すれば、紛れもなく記憶にあった日の翌日だった。事故があった日より半年。だが、あの日に事故が起こらずに進んだ現在は、一体どのような日々を経たのだろう。 過去へ遡った後に未来へ運ばれたようなもので、なんとも心もとないものだった。ただ少なくとも、昨夜ティムが泊まった、ということはないらしい。二人分の食事を用意したり人が泊まった形跡はなく、だが、妙なことに部屋が片付いていない。 脱いでそのままの衣服、まとめられていないゴミ。洗濯は恐らく数日放置されている。最近用事が立て込んでいたのか? ――着替える余裕もないほどに?]
(99) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[何か、おかしい。 胸が騒ぐままに情報を求めて部屋を漁る。そうだ、日記があれば、とサイドテーブルに駆け寄ったが、何故かそこは空っぽだ。半年の間に日記をやめた? そんな急に? いや、どこかに出しっぱなしにしているのか。大抵は眠る前に軽くペンを滑らせて書き込むが、テーブルで綴ることも時折ある。ならばその傍に積んでいるのかもしれないとそちらに目を遣れば、案の定そこに積んであった。 貴重な情報を開こうとして、しかし、その上にメモ帳が置いてある。走り書きがあった、何が書かれているのか覗き込み]
(100) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
「面会 10時〜」
[――血の気が引く。
苦しい。息が出来ない。 一体何があった。何が、面会? ――誰が? 病院の名も端に記されたメモ帳をはたき落として日記を手に取る。奇しくも丁度開かれたページは、俺にとって昨夜の出来事]
(101) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ ○/□ 晴れ 昨日は日記を忘れた。記憶がところどころ曖昧。 酒のせいかと思ったが、ティムによれば 朝から様子がおかしかったらしい。 ピンとこない。だが心配をかけたようだ。気には留めておく。
天気が良かったので午後に散歩。 パイとハンバーグのストックが減っていたので買い足す。 帰り際、一人で寂しくないか、といったことを聞かれた。 仔犬扱いか? 余程調子が悪かったらしい。大丈夫だと言って帰す。
昨日は空四の墜落事故が起こったらしい。 遺族のことを思うと胸が痛む。 普段より辛く感じるはティムと重ねたからだろうか。 くれぐれも事故など遭わないようにしてほしいが… ]
(102) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[間違いなく、書き換えられた過去だ。 どうやら改変した記憶が抜け落ちていることが伺える。だが違和感はあれど大きな疑問は抱かずにいたようだ。
何もおかしいところはない、何も。 ぺらぺらと飛ばし飛ばしで頁を捲っていく]
(103) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ □/○ 晴れ 風邪が流行っている。今日だけで二人休み。 ティムは相変わらず元気だった。 本当に風邪引かないなあいつは。 念のため早めに寝ておく。 ]
(104) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ ○/△ 曇り 同僚に子供に生まれた。元気な男の子だそうだ。 出産祝いは何を選べばいいのか。 独身同士で話してもあまりいい案は浮かばず。 候補は実用性でブランケット。ぬいぐるみもありか? ]
(105) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ □/△ 大雨 大雨と強風による悪天候。午後は配達中止。 明日の航路調整に手間取る。 もう少し簡略化できないものか…
先に上がったティムが食事を用意してくれていた。 疲れていたので助かった。 ティムも明日は忙しいだろうに。 なるべく早く休ませる。 ]
(106) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[改変した未来の多くは覚えのあるイベントが並んでいる。異なるのはその場にティムの存在が確かめられたこと。事故に遭わずに済んだ後は変わりなく、ティムが日々生活を送っていることが分かる。
大丈夫だ、何も、何も怖がることはない。 大丈夫、大丈夫、おかしいことなんて起こってない、一ヶ月前もありふれた日常が淡々と書かれている、
めくる、
一週間前もそう、その次の日も、次の日も、次も、
めくる、
次も]
(107) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ -/-
どうしてティムが ]
(108) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
――――、は、 っ
[指が震える、息を忘れる。 一ページの広さに、ただ一言だけが書き殴られていた。
だがその白地の部分に裏抜けの色が滲んでいる。恐る恐る表面に触れれば、次頁に書いた文章の筆圧でへこんでいるのが分かった。 強く、何か、衝動をそのまま書き留めるような文章が、この裏にあるのだろう。 がちがちと震える指が頁の端を触る、かり、と爪先で捲って――]
(109) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ -/- 新機体の導入は予定されていた日程通りに行われた。空二の試運転。陸路の走行に異常なし。「走りやすい」「操作が前より簡単だ」と話していた。空路へ切り替え。パネルの付け替え、作動に不備も無かった。確認は念入りだった。問題は見て取れなかった。あの場では。誰も分からなかった。正常に動いていると皆が信じていた。 異常に気付いたのはあの機体が陸を離れてからだった。もう間に合わなかった。高度を上げていく機体を見上げておかしいと気付いても意味がなかった。不具合を起こしていると叫ぶ声が聞こえても見ていることしかできない。見ているだけだ。高く空へ上がっていく飛空艇を見ていた。上昇を止めて安堵したのは一瞬だった]
(110) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ 機体が落ちていく 落ちていった 多分誰かは叫んでいた、叫ぶことすらできなかった、地面に叩きつけられる空二を見ているしかなかった、何も出来なかった、何も 何も 何も分からず駆けつけて、そこでもやっぱり何も、できなかった。サイレンが鳴り響く中で救急隊員が運び出すのも見ているしか 無力だ、何もできない、病院で待つ間も何も 意識不明だと伝えられたのは何時間経ってからだったか、面会はかなわずに帰された、啜り泣きが聞こえる、駆けつけたティムの親だったと思う 俺はものを言えなかった。
一日経った。目立った外傷はなかったと聞いている 仕事に向かえば、きっと大丈夫だと皆が話していた。あいつが丈夫なのは知っているから、皆そう言う、俺もそう思っている、けど、今日も意識が戻ったという知らせはこない 早く、早く ]
(111) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ -/- 今日も連絡はなかった。意識が回復する場合、 数日以内に起きる場合が多いという。 明日には戻るだろう、大丈夫 ]
(112) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ -/- ティムの親から連絡、面会が許された。 仕事は休む。明日行く、きっと起きてくれる ]
(113) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[ばさりと落下音。力の抜けた手から床へと落ちた日記をそのままに、呆然と立ち尽くす。 それ以降は白紙、白紙だ、何も書かれていない。最後の頁の日付は丁度昨日。
今日が、その面会の日、らしい]
――、は、 …… ぅ、
[その場で崩折れそうになるのを、机に手をついて支えた。分からない、今読んだものは本当に自分の日記なのか、本当に起こったことなのか。脳が今知った情報の受け入れを拒んで、手足の震えが止まらない。 いやだ、いやだ、信じられない、そんなことあってたまるか、信じない、携帯電話を取り出してティムにかける。電源が入っていないと機械音声。かける。かける。何度かけても繋がらない。出ない。ティムの声がしない。
息をする、吸って、吐いて……一欠片でも平静を拾って、ソファの背にかけられていた上着を取り、腕を通す。 携帯の時計を確認した。陸四を拾えば間に合うだろう。何もかも違うかもしれない。向かって、そこに誰も知り合いなどいないかもしれない。それならいい、それでいい、それを確かめられたらいい。
思考は、明らかに逃避だった]
(114) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[まだ現実を受け止められないままに向かった病院では、受付の前でしばし惑ってしまう。 だが、“どうしましたか”と尋ねられて]
……、あの、面会が、できると、
[“どなたでしょう”と優しく問いかける相手に、しばし言い淀む。尋ねるのが何故か恐ろしかった。名前を出すのが躊躇われた。不思議そうに首を傾がれ、やがてぽつりと零す。名前だけ、たった一言。 “申し訳ありませんが、そのお名前の方はいらっしゃいませんね”――望んでいたのは、その言葉だったのに]
(115) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[面会手続きを進められる。申請書への記入を促される。面会証を渡されて、病室へと案内される。
だが、その前で立ち尽くしていた。 開けたくない。開けなければならない。呼吸が浅く、多くなる。 この期に及んでもまだ受け入れられていなかった。名前を出して、何の問題もなく案内された今も。
半ば、夢の中にいる心地で、扉を押す]
(116) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
[白く清潔な部屋。物々しい医療機器が備え付けられたベッド、点滴。チューブ、コードで繋がれた、誰か。 一歩、また一歩と近付いて、ベッドの傍から見下ろした。呼吸器が顔半分を覆っていようとも、それが誰かなんてこと、分からない訳がなかった]
……ティ、ム ティム、 ティム、…………
[幾度も幾度も名を呼んでも応えはない。何一つ返らない]
(117) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
どう して、
[――より良い未来を望んだ結果が、これだというのか]*
(118) calabari 2019/11/12(Tue) 02時半頃
|
|
― 病院 ― [眼前に横たわる現実の非情には想像を絶するほど重かった。ぐしゃりと圧し潰されるように、精神は悲鳴を上げているのに、嗚咽を漏らし膝から崩れ落ちずに済んだのはただひとえに、その感情の吐き出し方すら分からなかっただけだった。
だからか、言動はかろうじて人らしさをなぞれていたらしい。ティムの主治医とも会話をこなすことが出来ていた。本来、こうした込み入った内容は家族以外には語られないものだろうが、恐らく事前にティムの親から話が通っていたのだと思う。またこの時、あれこれ尋ねても不思議そうな対応ではなかったから、昨日までの俺も未だ話す機会を得られていなかったのだろう。
問いかけたのはまず端的に、ティムの意識は戻るのかということだ。外傷はほとんど無いのだ、という点から語り始める医師からは、0か1かの単純な回答で導ける容態ではないことが知れた。はっきり言って下さって構わない、とだけ告げて、また見つめる。 脳全体の機能が失われて戻らない脳死とは異なる、生命維持に問題は無い。だから、起きる見込みはある。医師は確かにそう告げた。同時に、意識が回復した例の多くが、数日以内であるとも]
(152) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[その瞬間、呼吸を忘れた。沈黙の中で、詰めていた息をはっと漏らす。事故が起きて何日が経った? 日記を思い出す。確か、今日で五日目だ。五日目。それは「数日」に該当する期間なのか。不安に視線を揺らしていれば、医師は緩く首を振る。 もちろん、数日でなくとも回復する例は存在する、と。目安として提示されたのは、三ヶ月と一年。前者は、一般に永続的な植物状態だと認定される期間らしい。つまり、三ヶ月を境にして回復例は激減するということ。後者は――区切りとして選ばれやすい、と医師は濁した。区切り、それが何を指すかを、理解できてしまう。
一年。それが、延命治療が打ち切られる一つの区切りだと]
(153) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[ぐらぐらと視界が揺れる。すぐ目の前にいるはずの医師さえも見失うような、酷い濃霧に置き去られたような気分だった。そうですか、と零す声に一切の色は失われ、視線は何もない宙を漂う。
意識を戻す治療はないのか、とぽつり漏らす。曖昧な肯定が返り、今までの回復例で行われていた治療はここでも可能な限り行う、と伝えられる。ただ、まだこの分野での研究は進んでおらず、効果が保証されたものではないらしい。是非何でも試してほしいと前のめりになってすぐ、はっと我に返って姿勢を正した。家族でもないのに医師に意向を伝えるのはおかしいだろう。だが、家族からも同じ言葉を伝えられていたのだろう、ティムの主治医は深く頷き、出来る限り尽くす旨を約束してくれた]
(154) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[他にも幾らか話した後に、再びティムの病室へと戻る。 恐ろしいほど静かな部屋だった。ただ眠るだけのティムの傍、床に膝をついてその顔を覗き込む。
確かにティムであるのに、まるで別人のようだった。動かないのも、喋らないのも、笑わないのも、鳴かないのも。あれほど元気に振られていた尾が、動く気配がないのも。有り得ない姿だった。 だって、つい先日まで。さっき、まで。ティムと話していたのだ。いつものように部屋で寛いで、食事をして、笑って、話して、陸二の後ろに乗って、散歩だってして、本当に、本当に穏やかな日々を過ごしていた、はずだったのに。
モニターの電子音が規則正しく音を刻む。ティムが生きていると知らせる音。そんなものだけでは足りなくて、手にそっと指を伸ばした。 あたたかい。あたたかい、のに、握り返されることはなかった。血の通っている以外は、ただの人形のようで、いや違う、ティムは確かに生きている]
(155) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
ティム、……ティム、起きろ、 もう、五日だって、遅いだろ、 ティム、 ……早く、……
[手を握る。強く握って、けれどやはり、握り返されることはなく。返るのは呼気と、電子音だけだ。 それでも繰り返す。チューブやコードに触れないように額を撫でてみたり、肩を指先で軽く揺らしてみたり。面会時間の終わりを告げられるまで、許される限りの接触を重ね、何度も何度も声をかけた。
反応は何もなかった。何も返らなかった。ただそれだけしか頭になく、病院からの帰路のことは覚えていない。気付けば自宅に帰っていて、ソファに体を預け、ぼんやりと天井を見ていた。
電気も点けずに過ごす部屋が次第に暗くなる頃、やっと追いついてきた感情。背にひたりと張り付いて離れないもの]
(156) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
……ぅ、ぐ あ゛、ぁぁ……
[心を占める絶望に嗚咽がこみ上げる。手で押さえても喉に詰まった感情が端からぼろぼろと零れ落ちて、眼鏡が曇り、視界も顔もぐちゃぐちゃに乱れていく。
ティムを助けたいと望んだ。失われた足を見る度に胸が痛んだ。例えそれが人を救った結果であったとしても、その代償として陸を空を駆ける足が奪われた事実は、耐え難い苦しみだった。 だから――だから、その過去を変えられる機会を得て、ティムを事故から救えると思ってしまった。足を失わずに済む未来を選べるのだと。そうだ、確かに選べた。過去は書き換わって、ティムは五体満足で――だが、それがなんだ。例え足が失われていなかったとしても、彼が、ティムが意識不明なら、何も意味がないだろう?]
(157) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
ちがう……ちが、 こんな、…ず、じゃ、こんなの、……
[より良いものをと選んだはずの未来だったのに。俺は何のために、三人を見殺しにしてまでこの世界を選んだというのか? ――俺が、変えなければ。三人は救われ、ティムも足を失うことはあれど命に別状はなく、意識も問題なくあった以前の方が。それを、俺は変えてしまった。知らなかった、知らなかった、変えたらこんなことになるなんて知らなかった! これは過去を変えたいなどと過ぎた願いを持った俺への罰なのか。それなら俺が事故に遭えばよかった。何故よりにもよってティムが、どうして、あいつは何も、何もしていないのに。
眼鏡を上げ、濡れて湿った目元を袖で拭う。夕暮れの異物は現れない。変わっても責任は取れないと言っていたように。 もう、変わらない。選択は覆らないのだ。どれだけこの現実に絶望しようが、受け入れを拒もうが、無慈悲に時は過ぎ、明日は訪れるのだろう]
(158) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[まだ、まだだ。意識が戻らないと決まった訳じゃない。まだ五日だ。例え多くが数日以内に起きると言われていても、それはつまり、そうではない例も存在するというのと同義だ。 大丈夫だ。大丈夫、大丈夫、起きる。絶対に起きる。俺が信じないでどうする。
人の命を踏み躙ってまで選んだ未来を、決して、無価値にする訳にはいかない。――絶対に、諦めてなんかやらない]
(159) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[翌日、上司と相談して暫くは業務を減らしてもらえるようになった。元々辞職を考えていたが、運行管理の後任を見つけるにも時間が必要で、なるべく居てほしいと望まれたこと、加えて勤務時間の融通なら可能だと挙げられて、辞職は一度考え直した。ティムの明るさを失った職場はどこか沈んでおり、なるべく見舞いを欠かしたくないのだと話せば、それは大いに認められた。
その後、可能な限りほぼ毎日のペースで病院へと足を運んだ。同時に、植物状態からの回復例についても懸命に調べ続ける。パソコンには検索履歴が残っており、数少ない検索結果の中から探したと思われる医療関係者の記事や、植物状態の家族を持つ人物のブログなどがブックマークの中に無造作に並んでいた。一度は読んだらしいそれを熟読し、自分でも可能なケアを手当たり次第チェックしていく。気になる本は片っ端から調べて買った。気になった小説や仕事の参考書が大半だった本棚は様変わりした]
(160) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[症例の中には、意識はあって周りで話していることが気配は感じ取れるのに、筋肉が動かせず反応を示せないパターンもあると言う。全てを認識できていながら何も伝えられない状況とは、一体どれほどの苦痛を、孤独を覚えるものだろうか。
ゆえに、ティムの傍にいる際は、常に意識があるものとして接していた。実際にそこまで明瞭な意識がなかろうと、外部からの刺激は回復に重要な要素だと言う。目を覚ました患者が、日々呼ばれていたことや触れられていたことを薄っすら覚えている、といったケースは少なくないらしい]
(161) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
ティム。雪が降った。 まだ積もらないだろうが……来週は冷え込むらしい。 ……約束、忘れてないよな。
[一ヶ月が過ぎた。彼はまだ起きない]
(162) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[寝たきりとなると、まず現状の健康状態を極力維持できるかどうかが最大の懸念であるという。床ずれを防ぐために数時間起きに寝る角度を変えさせる必要があるし、口腔内のケアも欠かせない。最悪肺炎や感染症を引き起こす可能性もある。 ティムを看る看護師たちは皆丁寧だったのだと思う。病に罹ったとは聞かなかったし、いつ訪れても彼の部屋は清潔が保たれていた。
ただ、他の患者も見なければいけない都合上、毛並みの手入れにまで手をかける余裕は存在しなかった。だからブラッシングは自分の習慣になっていく。それは今までの生活と変わりないとも言えたが、あんなにぱたぱたと振られていた尻尾は動かない。ブラシの櫛歯を毛の流れに沿って動かして、毛玉に引っかかってももう、痛いと吠えはしない。 ブラッシングに喜んで、大きく尾を揺らして、その都度動きを抑えるようにぎゅっと握る――なんてやりとりは、最早存在しなかった]
(163) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
動かないと随分梳きやすいもんだ。 でも、おまえが静かなのはやっぱり変だな。
いつまでも仔犬が抜けないんだし、おまえは。 ……鳴いたっていいのに。
[三ヶ月が過ぎた。彼はまだ起きない]
(164) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[書籍や情報を探す中で、植物状態になった家族を持つ人間とコンタクトを取る機会を得た。彼の妻は交通事故の被害者らしい。幸い命は取り留めたが、一向に意識は戻らないのだと言う。 その境遇に、かつての事故の被害に遭った女性を重ねてしまい、胸が苦しくなる。彼女は、彼女の子はその命すら失ったのだ。罪がゆらりと眼前に立つようで、彼との会話はどこか息苦しさを伴った。 だが、日々行っているケアや病院で試している治療法など、情報を共有できること。意識を取り戻してほしい大事な人が他にもいる、という事実は、確かな慰めになった。諦めてはいられない]
(165) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
今日はみんな来てる。 分かるか、もう一歳半だと。 ほら、おまえの選んだぬいぐるみ。 これと一緒に寝るのが好きだ、って。
……一緒にかけっこか、 そうだな、できると、いいな……
[一年が過ぎた。彼はまだ起きない]
(166) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[日に日に、ティムの体は衰えていく。 重い荷物も平然と抱えていた腕も、地面を元気に駆けていた足も細くなって、かつて丁度だった病衣も随分余るようになっていた。悪くなった毛艶を誤魔化すように、ブラッシングの際にはスプレーを念入りに使って丁寧に毛並みを整えていたが、それにも限度がある。 だが、なるべく少しでも、綺麗な姿でいられるように。見舞いに訪れる両親の目からも、彼らの愛する息子の窶れた姿が映ってしまうのは、耐えられないから]
(167) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
早起きだけが取り柄、だと。 まあ、分かるが、……
…………待ってるんだ、みんな ティムが、煩いぐらいの大声で、 うわ、寝すぎた、なんて……言って、起きるの、
……ティム、いつまで、待たせるんだ、
[二年が過ぎた。彼はまだ起きない]
(168) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[植物状態の妻を持つ彼と知り合って二年が経過した頃だった。 近況報告のように数ヶ月に一度か二度、メールでのやりとりを繰り返していたが、ある日久々に会って話したいことがある、と連絡があった。 再会した彼は疲弊しきった笑みで、もう終わりにしますと告げた。もう限界だと、何も答えてくれない彼女の傍に居続けるのはもう苦しいのだと。その決断を聞いて、考え直すように説得する、なんてことは出来なかった。同様に彼も、貴方も諦めたほうがいい、などとは決して言わなかった。 ただ、今までありがとうございました、とだけ残し、それを最後に連絡は途絶えてしまった。
――あれは、未来の自分の姿なのだろうか]
(169) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
……諦めない。諦められない。 おまえは絶対起きるって、信じてる、
俺は、なあ、ティム ……おまえが無事なら、それで…… 他の何より、おまえが元気でいたなら、 ただそれだけで、よかったのに
それ以上、なにも望まなかったのに……
[三年が過ぎた。彼はまだ、起きない]
(170) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
― 病室 ―
[その部屋は、いつ訪れても凍えたように静かだった。 いつものように椅子に腰掛けようとして、不意に窓に目を向けた。 そこには空から降る、ひとひら、ひとひら、白いかけら]
……初雪、か 今年は、早かったな……
[窓に寄って眺める冬の光景を眺めれば、吐息で窓が白む。 語尾が掻き消えて間もなく、白く染めた窓も元の色へ戻っていく。
視線を降ろせば、未だ眠り続けるティムの姿があった。 部屋をいくら暖かな空気が満たしていようと、確かに生きているのに、応えもなく生きた気配がないというのは、全てを酷く寒々しいものに感じられてしまう。 傍に座り、そっと手のひらを重ねた。寒いのは錯覚だと自らの体に覚えさせる。生きた体温だ。自発呼吸があるからと、数年前に呼吸器を外した口元に手を寄せれば、温い呼気が肌を擽った]
(171) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
…………ティム
[事故が起きて季節は幾度も巡り、とうとう来月で五年が経とうとしていた。一般に維持の打ち切りが行われる一年はとうに過ぎていたが、それでも生命維持の打ち切りを受け入れられずにいた。 それはティムの両親にとっては辛い選択なのではないか、と思いながら、それでも諦められなかった。その選択をさせる詫びではないが、彼の治療費を一部だけでも負担させて貰いたいと申し入れた。保険金が下りたとはいえ十分に間に合っているとは思えずにいたからでもあったが、何より、言外に伝えられていた“いつでも諦めていい”という意味の否定を示す意味合いもあった。
だが、五年だ。 回復は最早絶望的であり、これ以上は生命維持の保証も無い。病院側からも、これ以上行える治療は現状見つかっていない、と伝えられている。 それでも前例はあった。五年を過ぎ、絶望的だと考えられていた患者が起きた事例は存在していた。それだけで諦める理由にはならなかった。 いや、もし例え前例が無くとも、諦められなかっただろう。最早、ティムは必ず起きるという希望を抱くことだけが、日々を生きる糧であり支えだった]
(172) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
……ティム
[顔を寄せて覗く表情はいつも、穏やかな寝顔に見えた。本当は違ったのかもしれない。せめて眠りの間はいい夢を見ていればと、そんな願望が見せる錯覚だったのかもしれない。 生命維持装置が鳴らす機械音を耳にいれながら、じっとその表情を眺める。
どうしてだろうか、思い出したのは、狭いベッドで共に眠った時のこと。 酔いと眠気の中、すぐ眼前に彼の顔があり、ぬるい呼気を綯い交ぜにしながら寄り添った夜だった。 あの時は、そう、一人を寂しがった俺を慰めるように、落ち着かせるように、何度も顔舐められたのだったか。懐かしい夜だ。――ティムとの最後の夜だった]
(173) calabari 2019/11/13(Wed) 09時半頃
|
|
[ぴ、ぴ、と維持装置の機械音に知らされる生を、頬を舐める距離で伝わる、か細い呼吸でも確かめた。 ティムは生きている。ちゃんとここにいる。こうして共にいることも、傍らで声をかけることも、きっと伝わっている筈だと祈っている。ただ生きている“だけ”とは思いたくなくて、いつか必ず目を覚ます筈だと縋っている。
こうして頬を舐めてかすかに鼻を鳴らすのも、もう幾度目だろうか。この寂寥と哀切は誰にも見せられず、甘えて鳴くこともティムの前ですら子供の頃、数えるほどだったはずで。
ティムが聞いたら何を言うんだろうか、なんて想像も淡く浮かべてしまう。珍しいと驚くのか、戸惑うのか、それとも、そっちが仔犬みたいだ、なんておかしそうに笑ってくれるのか。彼が選びそうな答えを思い浮かべれば、想像のティムは鮮明に動き出す。言葉を失って目を丸くしてしまうところも、おろおろして動きに悩むところも、笑って尾を振っているところも。それにきっと、俺が不安げにしていれば、慰めるように頬を舐めてもくれたのだろう]
(260) calabari 2019/11/15(Fri) 04時頃
|
|
[――この想像は正しかっただろうか。 本物から乖離してないだろうか。
自分の知らない半年を埋めるように日記を何度も読み込んだ。自分の簡素な文章から過ごした日々に思いを馳せ、きっとこんな会話を交わしたのだろうと、想像で過去を埋めもした。 だからきっと間違ってない、ティムはこういう反応をした筈だ、と思う。でも、最後に見たティムは五年も前で、それは俺たちが過ごしてきた人生の半分に相当するから]
ティム、 ……俺がこんな顔してたら、 きっと、こうしてた、よな
[正しい記憶と作り上げた半年が入り混じりそうになるぐらいに反芻していた。今も生きているかのように鮮やかに、身勝手に、彼を動かしていた。 それが正しいかどうかも分からないままに。問えないままに。だが歪んでいたらどうしよう。もし間違っていたら。嘗てならば確信できたものが、今では不安を抱いてしまう。 合っていると言ってほしい、あるいはそうじゃないと言ってほしい。どうしてもティムの声で答えがほしかった。恐ろしいのは、異なることにも気付かず、歪んだ像に縋ることだった]
(261) calabari 2019/11/15(Fri) 04時頃
|
|
[それでも、答えがない無情を知っている。
幾度も声をかけて、その度に呼吸音と機械音だけが響く白い部屋に打ちのめされてきた。応えのない苦しさに涙が溢れたことも一度や二度ではなかった。
ただ、諦めることだけは出来ずに今日もまた問いかける。期待はすぐに裏切られると知っても、毎回それを抱えながら、静かな部屋に居て]
(262) calabari 2019/11/15(Fri) 04時頃
|
|
[――だから、瞼が震えたその瞬間、思考は完全に止まっていた。 薄っすらと開いて覗く、あまりに懐かしい瞳の色も、それが確かに自分を追って、動いたことも。まるで現実味がなかった。夢を見ているようだった。夢、夢かもしれない、ティムが起きる夢なんてもう何度見たか分からなかったから]
ティ、ム、 ティム……?
[返るのは咳がひとつ。でも視線はずっとこちらを捉えている、見つめている、重い瞼を懸命に開きながら、俺を。 衝動的に手を握った。強く強く、常なら痛いと鳴きそうなぐらいに握って、体温を確かめながら顔を寄せる、声を上げる]
(263) calabari 2019/11/15(Fri) 04時頃
|
|
――ティム、ティム!!! わかるか、俺が、なあ、ティム、……!
[掛けるべき言葉など何も思いつかず、何度も何度も名前を呼びかけた。五年の歳月を経て、当時の兄より上の十五、いい年になった姿は、ティムにとってどの程度、違和感を持つものかも分からない。視界が鮮明でないなら差も咄嗟には気付かないかもしれないし、あるいは、五年前より手入れが荒くなった毛並みの方に疑問を持つかもしれない。 とにかく、何でもよかった。ティムの反応が欲しくて必死に声を掛けて、その答えがある前からもう、涙はぼろぼろと零れ落ちて顔を濡らしていた]*
(264) calabari 2019/11/15(Fri) 04時頃
|
|
[視線は交わっている、筈、いや錯覚じゃない、確かに見ている。だが答えはなかった。なんでもいいからと願う強さと同じだけ、両の手はティムの片手を握り締める。 どんな僅かなシグナルも見落としたくない。だから瞬き一つさえ惜しいのに、視界は滲んでぼやけていくのがいっそ苛立たしかった。涙なんて要らなかった、ティムの姿を映すのに邪魔な、そんなもの。だから懸命に押し留めようとする。
――泣いてるから>>266、なんて思っていることも知らなくて]
(268) calabari 2019/11/15(Fri) 05時頃
|
|
[口元がほんの少し動いたのはきっと、何か伝えようとしているのだと耳をすますが、それもか細い息でしかなくて、それが酷く歯がゆい。喉が生命を維持するためだけの器官になって五年だ。発声が難しいのも当然のことだろう。 だが、例え声が出ずとも。話そうとする意思がある、その事実だけでよかった。眉が動くのも、目が微かに細められるのも、伝えたいものがあって動いているのだと。決して生理反応でなく、情動の結果なのだと信じられたなら]
ティム、 わかるんだな、 ……
[疑問符をつけるでなく断言として響かせたのは、痛切な祈りだった。もっと、もっと示してほしい、起きたのだと、ここにいるのだと。五年の間に砕かれてきた多くの期待の亡骸の上で、信じさせてくれと願って手を握った。
それが数秒のことだったのか、数分掛けたものか、最早分からなかったけれど。 ほんの、ほんの僅か――ティムの指が、手の毛先を撫でた感覚を覚えて。それに目を瞠っている間に、唇がゆるい弧を描いたのを、見たなら]
(269) calabari 2019/11/15(Fri) 05時頃
|
|
……ティ ム、 ティム、ティム…… おき、て、くれ、た
おはよ、う おはよ、 ……ずっと、ずっと まって、……
[涙腺は再び壊れてしまって、折角映せた笑みもまたぼやけてしまう。 きっと暫くはそんな調子でしかなく、ナースコールを押して人を呼ぶという発想が浮かぶのも、泣き止んで少し経つか、もしくはティムが再び眠りに落ちるかしなければ無理だ。後者の場合は駆けつけた看護師に、確かに今起きたのだと、目を覚ましたのだと、でもまた眠ってしまって、これで再び起きなかったらどうしようと、平静を完全に欠いた様子で伝えるのだろう]*
(270) calabari 2019/11/15(Fri) 05時頃
|
|
[なんと言っても、五年を目前にした奇跡に等しい目覚めだったから。
それだけ寝たきりでいれば、意識を取り戻した所でろくに体が動く訳もなく、起きていられる体力もまともに存在する訳がない。そんなこと平時であればきちんと理解出来たはず、だが。 うとうととして再び眠りに落ちたティムを目にした瞬間、平静なんてすぽんとどっかにすっ飛ばしてしまったし、やっと目を覚ましたのにまたこのまま何年も眠ってしまったらと思うと気が気でなく、ナースコールで呼び出された看護師はまるきり狼狽しきった相手を宥めるのに手を焼いたことだろう。 とはいえ、その時は目覚めたらしきティムの様子を確かめるべく、そちら優先の状況で、とにかく落ち着いて下さい話は後で、と半ば放ったらかしにされたのが実際のところだったが。駆けつけた主治医が診察している間、追い出された病室の前の廊下で右往左往、所在なく歩き回り、扉が開いた瞬間、ティムは大丈夫なのかと食い気味に尋ねたのだった]
(322) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
[診察の結果、反応は確認できた。後遺症に関してはこれから詳細に検査を行う必要があるが、今は疲れて眠っただけで、目を覚ましたことは間違いない。そう告げる医師は、自分自身の診察結果でありながら、にわかには信じられないと驚きを隠せない様子で、だがそれ以上に、喜ばしげに笑みを浮かべて肩をとんと叩いてくれた。
よかったですね、本当に、おめでとうございます。五年の歳月を共に見守ってくれた医師の、心からの祝福だった。その言葉を聞いた瞬間、胸に広がった安堵は体から二本の足で立つ力さえ奪い去り、廊下にぺたりと膝をついて]
――っ、……が、とう、……ございます……!
[ありがとう、よかった、その言葉を繰り返しながら、ようやくティムの目覚めを受け入れられたのだった]
(323) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
[あれほど静かだった病室は、あっという間に賑やかなものになっていった。数年越しの回復例はこの病院ではティムが初めてらしく、貴重な症例だという点からも行われる検査は実に多岐に渡った。目覚めたばかりともあって一日にたくさん詰め込まれる、という訳ではなかったが、少なくとも落ち着いて話す時間は暫く取れそうになかった。 それでも限られた面会時間には、知らせを受けた友人や職場の仲間、自分の親兄弟までもが駆けつけて、笑顔で、あるいは泣き顔でティムの回復を喜び祝った。
ティムの両親に伝えた時、それから顔を合わせた時には流石に涙を堪えることは出来なかったが、同僚が会いに来る頃になれば、自分もなんとか笑みを浮かべられるようになっていた]
(324) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
[やがて精密検査の結果も明らかになり、筋力の低下や関節部の難はあれど、心配されていた神経障害や記憶障害も無く、リハビリが順調に進めばいずれ日常生活にも戻れるだろう、と知らされた。
それを耳にしたのはティムの病室のことで、いつか以前のような日々が送れると分かった瞬間にはまた涙腺が緩んでしまう。泣き癖がついてしまったらしい。 よく泣くようになったなとティムに笑れてしまうかもしれないが、抑えられないのだから仕方がない。
やっと、求めた未来が訪れたのだ、と。救われる筈だった命を見捨て、五年という歳月を奪った自分の罪は決して許されるものではないと理解している。 それでも、自らの足で空を、陸を駆けるティムをこの瞳に映すことが出来る今は、何者にも代えがたい幸いだった]
(325) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
― 11月・病室 ―
[雪が降る窓を横目に眺めながら、ベッド傍の椅子に腰掛ける。 事故が起こった時より五年。つい先日まであれほど到来を拒んでいた今日を、穏やかに迎えられているのも、ひとえに隣にいるティムのおかげだ。ようやくまとまった面会時間を取れるようになったと聞き、早速その翌日に病室の扉を叩いた]
リハビリはどうだ?
[投げた視線を交わらせながら小首を傾ぐ。最近では運動機能の回復を目的に少しずつリハビリを進めているらしい。まだまだかつてのような日常生活を送るには程遠いだろうが、首を回すことすら動かなかった頃を思えば大きな進歩に違いない。 今日はもう終わらせたのだろうか。腕や肘、足などの関節の曲げ伸ばし運動なら最早慣れたものだ。何かやるなら手伝うが、と声も掛けてみるが、まあ、無理にしても負担がかかるだろうから、軽く尋ねてみる程度。目立った反応がなければ別の話題を、と思うものの]
……、……
[いざ、こうして話す時間を得られた、となると、何を話したものか悩んでしまう。起きてこちらを眺める視線だけで満たされる節はあり、ティムから話しかけられることに答える方がきっと多い]
(326) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
毛艶も、前より少し良くなったように見えるな。 ちゃんと食事を取れるようになったからか。
[やはり少しでも体を動かしていること、点滴でなく経口で摂取できるだけの体力がついたことが効いているのだろう。手を伸ばし、頬の毛並みをそろりと撫でながら笑いかける]
療養食だ、味に文句は言うなよ。 ……帰ったら、またいくらでも作るから。
[ふと声に漏らす未来は、一日でも早く訪れてほしいと望むもの。願望を口にしながら、それを急かすように響かせては負担だろうかと思い、視線をサイドテーブルへ映す。またブラッシングでもするか、との問いの答えを待つ間は、いつものように顔を寄せて。 まだ声も掠れがちなティムだ。しっかり聞き取るにはこれぐらいの距離が要る]*
(327) calabari 2019/11/16(Sat) 04時半頃
|
|
[ティムの五年を奪った。 いや、正確にはもっと長い。元の生活に戻れるようになるには更に数年を要するのだろう。だから、ティムの両親から告げられた礼も素直に受け取れないでいた。
礼を言われるようなことは何もしていないのに。諦めないでいたことも、傍にいたことも。元はと言えば全て“自分の所為”なのに――無論、誰にも理解されないだろうから、口に出すことは無かったが]
(367) calabari 2019/11/17(Sun) 04時半頃
|
|
[目を覚ます前より、共に過ごす時間は減っている。 仕事をこなして家に帰って、普段なら扉を叩いて部屋に入り、傍らで話しかけていた時間は今、家で一人過ごすだけに変わっていた。少し寂しく思うが、喜ばしいことだと分かっている。間もなく以前のように、あるいは以前よりも自由に面会できる時間が増えることだろう。それまでの辛抱だ。
その間考えたことと言えば、持ち込む差し入れだ。ティムに何を持っていってやろうか。食事――は、暫く制限されるだろうから諦めるとして、他に。以前好きだと話していたアーティストのCD? ずっと前に一緒に見た映画? いや、まだまともに動けもしないのに長時間の視聴が求められる映画はまだ無しだ。リハビリが進んで起きていられる時間も長くなってからでいいだろう。
CDなら新譜が出ているし、その話も出来るな。もう新しいアルバムが三枚も出ている、なんて言ったらどんな顔をするだろうか]
(368) calabari 2019/11/17(Sun) 04時半頃
|
|
[俺の選択は、ティムから多くを奪ってしまったから。
どれだけ返せるか、埋めてやれるか分からないけれど、俺に出来ることなら何でもやってやりたいと思う。一生を費やすつもりの贖罪であり、この先も共にありたいという願望で――無論それは、傍に居ても許されるなら、にはなるが]
(369) calabari 2019/11/17(Sun) 04時半頃
|
|
― 病室 ―
[問いかけに首を振り、少し舌足らずにも響く肯定が返れば、また口元を緩める。目を覚ましてまだ一月も経っていないことを考えると大きな成長だ。頑張れ、と気軽に声をかけるのは簡単だ。だが、内容は異なれどリハビリがどれほど過酷なものかを一度知る身にとっては、そうか、と笑む程度が限度だった。後はそう、頑張らないティムなんてもの、見たことはないのだし。
そうして短い会話の後、暖かい部屋に落ちた沈黙。苦痛だとか居た堪れないとは思わない。ただちょっと言葉に悩むぐらいで、つまりそれは、会話に悩むだけの時間が許されている贅沢でもあったから。ティムの尾がゆるゆる振れていて、楽しそうでいるなら本当に、これで良いのだと思えて、偽りなく、柔らかい笑みを湛えた。
だがその後、耳を澄ました時に漏れ聞こえた言葉には、思わず目を瞠る。 礼を言われる立場ではないと思う本心はあれど、胸が擽られるのも事実。ただそれ以上に、続いた台詞に]
(370) calabari 2019/11/17(Sun) 04時半頃
|
|
……呼ぶ、声、
[声が聞こえていたと言う。だから起きることができたと。掠れた声でそう告げて、また尻尾をふるりと揺らす。 そうだ、ずっと傍にいた。時間が許す限り、叶う限りいた、声をかけ続けたが、本当にそれに意味があった? ずっとずっと、早く目を覚ましてくれと願って続けてきたことは、ティムの為になっていた?]
届いて、た、……のか
[電話越しに聞いたティムの母親の言葉が蘇る。諦めないでくれて、傍にいてくれて。ずっと受け止められずにいた感謝が、すとんと、胸に落ちてくる。 自分の言葉が、声が、ティムをこの世界に繋ぎ止める助けになっていたというのなら、もし本当にそれが事実だとすれば――すこしぐらい、自分を褒めてやってもいいだろうか。ティムを救う手助けがやっと、やっと出来たのだと]
そう、か、…… たくさん、呼んだから、な
[この期に及んでの泣き癖が、また視界をじわじわと滲ませる。ぼろりと大粒を零しはしなかったからまだ我慢できている方だ、きっと]
(371) calabari 2019/11/17(Sun) 04時半頃
|
1
2
3
[メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
情報
プロローグ
1日目
2日目
エピローグ
終了
/ 最新
視点:
人
狼
墓
少
霊
全
トップページに戻る