239 ―星間の手紙―
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[昨日のシチューの残りを温めて、朝食のパンに添える。 根菜のたっぷり入ったシチューも、サラダにかけるドレッシングも、リザの直伝。 一人分をおいしく作るのは難しいから、一度に食べきれない分は、昨夜のうちに小分けにしてフリーザーの中。 航海から戻ったときの楽しみにする。
離れていても、彼女を想う。 触れることは叶わずとも、心は――
自分が打ち明けたことを、リザは受け入れてくれるだろうか。 一度は諦めていた筈なのに、今は失うことが怖くてたまらない。
『ルシフェル』が受信したのは、彼女からのメールと、音声メッセージ。 届いた順序通り、メールを先に読み始めた]
(0) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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[ほっと息をついて、照れ笑いなど浮かべながら文章を読み進める。 ああ、でも、やはり、彼女を悲しませてしまった。
怪我の見舞いに来てくれた彼女の、泣き出しそうな顔。 大切な人にあんな顔をさせてしまったのは心苦しかったけれど、自分のために悲しんでくれることを、喜んでしまってもいた。 でも、その後の選択は、彼女を苦しめないために一番良いと思った自分の選択は、昔も今も、彼女を嘆かせてしまった。
せめて、これからはちゃんと、彼女を支えられるように。 そんな風に思いながら、音声を再生する]
(1) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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[流れてきたのは、記憶の中の優しい声ではなく]
リザ……。
[淡々とした機械の声で告げられる、彼女の現在]
(2) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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…………。
[音声が途切れた後も、じっと端末をみつめていた。
彼女の柔らかな笑顔。 暖かな眼差し。 朗らかに笑う声。 見とれるほど器用に動く指。 皆から呼ばれて振り向いて、そのたびに揺れる髪。 転びかけたのを抱き留めた時の、温もりも。
今も、鮮明に思い出せるのに]
リザ、俺は。
[勢い込んで返信を作成しかけて、やめた。 きっと、これではだめだ。 彼女が打ち明けてくれるのに、どれだけ悩んだだろう。
その気持ちに応えるのなら、よく、考えるべきだ]
(3) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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[コーヒーのようなものを淹れなおしてから、他のメッセージを確認する。 キャンディはどうやら、生きているようだ。 今回は音声で、メッセージを作成する]
(4) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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[冗談めかした文章には、少しネットを検索してからマジレスを返した。
送信を終えて、今は快調そのものの膝を撫でる。 科学は進歩していて、人は失った身体の部分を機械で補えるようになった。 いま自分の膝に入っている人工関節も、ごくたまに痛むのを除けば、素晴らしい出来だ。
身体の大部分が、あるいは全部が、機械に置き換わったら。人は、どこまで人なのだろう*]
(5) 2018/04/28(Sat) 01時半頃
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― 星間船『赤い蠍』 ―
[自動操縦に切り替えての、安定航行中。 客室をモニタで確認すれば、くつろぐ乗客達に、ロボットが飲み物をサーブするのが見える。 よくあるタイプの家事ロボットの、客室乗務員バージョンだ。 ゼロから工場で作られた、純然たる機械製品。
リザには返事をできないまま、仕事に出てきた。 どうすれば、これ以上彼女を悲しませずに済むのか、わからないまま]
ポイントB244-6-3通過。
[とにかく、今は航行中。 システム任せの状況とはいえ、気を抜くわけにはいかない]
針路1、A相対速度228、時刻予定通り。
[何事も無いのが当たり前。それを当たり前にするために、気を張る仕事。 今のところトラブルが無いことを確かめて、ほっとする。 だが、その日は――]
(20) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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[船の警戒システムと、宙域警備隊からの緊急通信。 ふたつのアラームが奏でる不協和音が、コクピットの静寂を突き破った]
こちらRS701『赤い蠍』船長。
[計器を忙しく目で追いながら、警備隊からの通信に応答する。 広域モニタ上、こちらに接近しつつあるいくつかの光点を認め、表情を険しくした]
……宙賊。
[狙いは確実にこの船だ。 今回の積み荷には、貴重な物品が含まれる。 賊がそれを知っているのか、それとも輸送船なら何でも良かったのか。
つい昔の癖で迎撃システムを探ろうとするが、この船にその機能は無い。 今できるのは]
(21) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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『これより迎撃態勢に移ります。 船長《キャプテン》アンタレス、貴船には、最寄りの港への退避を願います。 ルートを表示します』
[クルーの登録情報は渡っているらしく、名を呼んでくる若々しい隊員の声は、どこかピスティオに似ていた。
今できるのは、逃げること。 乗客が巻き込まれぬように、警備隊の足手まといにならぬように。
そして、示された退避ルートを通信モニタで視認して、口の端をつり上げた]
……おいおい、ずいぶんと買いかぶられたものだな。
[賊機を避け、デブリや小天体を躱し、最速で港へ向かう複雑なルート。 安定第一に設定された航路を行き来してきた身には、久しぶりのスリルだ]
(22) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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怯えながらも手回し良く準備をしている副操縦士から、アナウンスの権限を受け取った]
乗客の皆様に、船長《キャプテン》アンタレスよりお知らせいたします。
当船の航路上に、デブリ帯の発生が確認されました。 これより、目的地を『スモール1』に変更し、回避ルートを航行いたします。
揺れることがありますので、お席にお戻りの上、セーフティベルトの着用をお願いいたします。
[賊であることは伏せる。 乗客には気づかれないくらいに、安全に抜けてみせる。
戦闘機乗りになったとき、死ぬ覚悟も、もっと酷い目に遭う覚悟もしていたつもりだった。 ピスティオにはそう言った。
でも今は、絶対に死ぬわけにはいかない。 乗客の誰ひとり、かすり傷ひとつつけさせない。
船長《キャプテン》アンタレス。 元エースの噂が、少しでも乗客を安心させられればいいと思いながら、操縦桿を握った]
(23) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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― 数時間後 ―
はー…………。 おつかれさん。
[『スモール1』の宇宙港。副操縦士と並んで座り、ふたり揃って大きなため息をつく。 自販機で買った温かい飲み物が、喉にしみいる。
あれから無事に退避して、乗客に改めて事態の説明をして、宙域警備隊から撃退完了の連絡を受けて、本来の目的地に向かう段取りを本社と打ち合わせて、その予定を乗客に知らせて、燃料補給と整備の手配をして、その他諸々をようやく終わらせたところ。
己の掌を、じっと見つめる。 スリルの無いのが一番の仕事だと、キャンディには言った。 でも今、どこか高揚してしまっている自覚はあった。 自分だからこそ、切り抜けられたと]
(24) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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[首を振る。
自分が命を落としても、おそらく、エデンでの知己たちがそれを知ることは無いだろう。 いつまでも返信が無いことで、もしかしたら察してくれるかも知れないが。 知ったら、あのひとは、また]
……そろそろ行くか。 今日は遊べなくて残念だな。
[茶のような何かを飲み終えると、副操縦士を促して立ち上がる。 顔を覗かせかけた戦闘機乗りの本性はひっこめて、輸送船の船長兼操縦士の姿で]
(25) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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― 惑星YB97 ―
[予想外のトラブルで大幅に遅れたものの、星間輸送船『赤い蠍』は無事目的地に入港した。 雇い主の手配してくれた宿で、とりあえずシャワーを浴びて、ベッドに身を投げ出す]
…………。
[寝そべったままの姿勢、携帯端末で『ルシフェル』を起動する。 ステラからの通信に、窓の外を見上げた]
(26) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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[長くはない、内容もなんてことはない音声メッセージ。 それでも、友人と繋がっているだけで心は安らいだ。
アーカイブを辿って、懐かしい画像を眺めてみる。 誰かの誕生日に撮った、集合写真。 背の高い自分は後ろに立っている。 楽しげに、あるいは照れくさそうに、笑う友人たちの顔。 皆の中心に大きなケーキがあって、リザも、笑っていた]
サイコロ、か。
[ステラにはそんな戯れ言を言ったけれど、一番に飛んでいきたい先なんて、本当は決まっているのに。
身体を起こして、姿勢を正す。 深呼吸をひとつ、ふたつ。 それから、端末に向かって語り始めた]
(27) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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[音声メッセージを送信して、ほっと、息をつく]
……馬鹿だな、俺は。
[遠い遠い空の向こう。思い出は、憧れは、全て彼方に*]
(28) 2018/04/28(Sat) 18時頃
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[言葉やメッセージなしにはつながれない人々は
端末に入った私へよく語り掛ける。そこに人格
が宿るかどうかは恐らく関係がなく、彼らは使
える道具を慈しんでいるだけなのだ。けれど積
み重ねられた言葉は私に思考を促す。個を得る
ことはできない私に薄い個性を与える。それが
良いことなのかどうかは置いておくが一先ず。
エデンを負われバベルを崩された人類は語り合
う言葉を失ったとデータには記されていた。そ
れが事実であれ空想であれ今こうして母星を失
った人々を繋ぎとめるツールとして在ることは
私にとっての責務に近いものがあるのだろうと
薄い個性を与えてくれた人類に対し私は思う。]
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