158 Anotherday for "wolves"
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―― 四日目/夜 ――
[――遠吠えが、ベネットには聞こえる。
大事な家族である末の妹の、声だった。
族長の血肉を分け与えてから数日が経過している。
マーゴットやスティーブンの血肉には、
結局手を出す事は出来なかったから、
妹が糧を欲するのも当然と思えた。]
今夜は僕が狩りをしよう。
[“味方”に向ける短い一言。
彼女らの意思が働けば狙いはそれたかもしれないが、
結局その夜は、ベネットの意思が、歯車を回す。*]
─昨夜─
[この日の運命は、誇り高き彼が回したようでした。]
さて、一体誰をどんな風に。
素敵な殺し方をして見せてくれているのかしら。
明日がたのしみね。
[そんな風に呟いたのは、処刑されてしまったグレッグに寄り添いながら。
金の毛並みを撫で付けながら、くすくすと『声』を送ったでしょう。]
[こんなふうに。
守る誰かがあること、喪失を恐れる何かがあること。
私には、判らない事だけれど。]
メアリー。
『大丈夫』。
まだ、私たちがいるじゃない。
[彼の兄が口癖のように溢した言葉を真似て。
私は彼女に囁きました。
模造品の鈴は、ころり、ころりと音を立てます。]
大丈夫…?
何も、何一つ…。
大丈夫なことなんて…なかったわ……。
何を、何からやり直したらいいのか……。
どうしたら、わたしの宝物を守れたのか……。
教えてほしいのに…ッ。
もう、お父さんも、お兄ちゃんもいないもん……。
[張り裂けそうな胸ではもう、『声』しかでない。]
やり直すことなんて出来ないの。
私たちは進むしかない。
戻ることなんて。
[出来ないのだから。
私は高い鈴の音を鳴らし。
その音も止んで消えた頃。
彼女の耳にだけ、そうっと囁いて見せました。]
[そして鈴の音は、音を立てます。]
……ほぉんと。
私、餓鬼って大っ嫌い。
いつでも自分勝手よね。
自分で始めておいて、なにが
「どうしたら、わたしの宝物を守れたのか」
笑わせるわ。
[くすくす、ころころ。]
もうお遊戯は、おしまい。
[くすくすと、笑って牙をむきましょう。
私には守るべきものも、喪うものもありません。
望むものもなければ。
望まれることだって、きっとないのですから。]
[初めて耳にする声と
高い、鈴のような声と。
その声に何も言い返せなくて
言葉を詰まらせる。]
…ッ!
こんなことになるなんて……
思わなかったんだもの!!
殺すつもりなんてなかったんだもの…!!
[オーレリアを死なせてしまったのは事故でも
その後死体に工作したのは悪意。
スティーブンを殺したのは憎悪。
グレッグを殺した村人に思うのは殺意。]
[鈴の音の通り、
もう戻ることなど出来ないのかもしれない。]
「お遊戯は、おしまい」
[それは、守りたいものなんてない、そう言った彼女が
全て。
村も、仲間も、自分も。
全てを断ち切る決断だったのかも、しれない。]
[メアリーとラディスラヴァの声が聞こえる。
聞きながらも積極的に声を向けぬのは、
情がわきすぎぬように、という考え。
守れなかった過去が守りたいと思う相手を
極力増やさぬように歯止めをかけるから。
それでも、耳を傾け時折言葉を交わす、それだけで
ルパートのいう“味方”たちに情を重ねてしまっている。]
わたし…。
ラディスお姉ちゃんのこと
好きだよ。
ぶきっちょだけど
ちゃんと、伝わってるよ。
[か細い声を張り上げながら
この気持ちは伝わるでしょうか。]
[クラリッサから夢の話を聞く頃、
聞こえた笑み声に微か睫が震える。
主人公になんてなれないから、と言った彼女に
諦めを感じ言葉を向けてみたが認める言葉はなく、
何処か傲然たる物言いは、
彼女の心を守る鎧のようにも感じていて
彼女の心が、本心が、読みきれずにいるのは
きっと読ませたくないからだろうと思っていたけれど。]
―― 未明 ――
[――鳥も、獣も、ひとも、寝静まる頃。
ベネットはジョスランの家の扉を叩いた。
彼とはさほど親しくない、というのは自覚がある。
警戒されるのも致し方ないこと。
だから、彼が親しいだろう者の名を出し、偽りで彼に扉を開けさせる。]
ドナルドの事で、伝えておきたい事があって
[首飾りの一件を知り、感じたのは、
ドナルドがジョスランを信用するらしきこと。
情報を共有する程度に彼らは親しいということ。
明日も知れぬ我が身を憂うかのように、
心を殺して、紡いだ嘘は、それらしく響いたろうか。]
[己の為に、家族の為に、
獲物を狩る事に何の躊躇いがあろう。
そう思いながらも、
脅威となる力を持つ彼女を、
“味方”を疑う隻眼の友を、
その夜の狩りの選択肢からはずし、
より縁の薄いものから選ぶは、甘さ。]
[ジョスランに一瞬の隙を見つけると、
ベネットは獣へと姿を変えて、彼に飛び掛る。
前脚を肩に掛け押し倒し、咽喉に喰らいついて
助けを呼ばれぬようにまずは声を奪う。
牙は白い首筋につぷりと埋まり、
強靭な獣の顎が圧をかけ、その咽喉骨を噛み砕く。
口腔に広がる味は甘く馨しく、
漆黒の獣は、グル、と嬉しげに咽喉を鳴らした。
同じ村に住む同胞に牙を剥く。
一族を率いる族長を屠り、家族の為の糧とした獣は、
禁を犯し同族の味を覚え、また罪を重ねる。]
――…。
[ジョスランを見下ろす獣は双眸を細める。
獲物が女であればもっと楽しめたのに。
ふと浮かぶよこしまな思いは、
女性に聞かせるべきはないとわかるから音にはしない。
彼の首筋からドクドクと流れ出す血の量は多く、
このまま血を失えば死に至るだろう。
糧としての鮮度を優先し、息の根止めるは二の次で。]
ジョスラン、
迫るのが色気のない僕で済まないね。
[届くかどうかも知れぬまま軽口染みた声を向ける。]
[獣は鋭き爪でジョスランの衣服を破り、その肌に傷をつける。
肌に描かれる爪あとからは、じわと赤い珠が浮かんだ。
鼻先を近づけその血を、ざらりとした舌で舐めとり、
更なるを求めるように牙を剥き、肉を抉り隠された中を暴く。
熱き血潮に漆黒が濡れ、深みを増す。
獲物を狩るは本能。
栄養価の高そうな部位を選びそれを抜き出す。
ジョスランの心臓があるべき場所はぽっかりと空洞が口をあけ。
末の妹に与えるための糧を剥ぎ取り終えることには、
すでに息絶えていると知れる。
流れた命は床を濡らし彼の見事な金をも染めて。
別れの言葉を獣は口腔で転がし、立ち去り、
其処に残されるのは物言わぬ彼――。**]
[こんなことになるなんて
そんな声を聞きながら。
私が思い出していたのは遠い遠い昔のこと。
私の歯車はもうずっと昔から狂っていて。
ずれて軋んだまま、動かし続けてきたから。]
─二度と訪れない、あの頃─
[それはまだ、私が声を殺すことなく
幼馴染達と遊んでいた頃のことです。
私は男の子達と一緒に、野山を駆け回り遊んでいました。
私達のヒーローを追いかけて。
私は手を引かれて。
夕日に変わって、地平線が赤く染まっていても。
時を惜しむようにかけられる言葉。]
「もう少しだけ。
あと少しだけ、遊ぼう。」
…うんっ。
[まだ前髪の伸びていない私の瞳が
夕陽の色をたたえては、輝いていた、幼い時。]
…ただ、いま。
[家になんて、帰りたくはありませんでした。
それでも時間が来たなら、子供の私はその場所に帰ることしか出来ず
地獄の門を開けるような心地で、家の扉を空けていたように思います。
扉に鍵がかかれば、そこから拷問の始まりでした。
私を生んだ母親が、何を思っていたのかわかりません。
私を生ませた父親が、何を考えていたのかわかりません。
私に注がれるのは愛情ではなく。
暴力と、暴言と、嘲笑だけ。
見えない部分を叩かれては、大人たちの視線が見下ろしてきました。
真っ赤な、血の色をした瞳で。
「なんでお前なんて生んでしまったんだろうね?」
そんな風に、繰り返される毎日でした。]
[望まれたことなんて、ありません。
だから、望むことなんて、ありません。
メアリーさんのように。
『本当の』家族に愛されることは羨ましい。
ベネットさんのように。
守る誰かがいることは羨ましい。
けれど。
私は誰のヒロインでも、主人公でもないから。]
────コツリ。
[お父さんとお母さんは、足元に転がっていました。
靴が触れたのはお母さんの脛でしょうか。
それともお父さんの腕でしょうか。
夜になっても、次の日になっても、更に次の日が来ても。
両親が帰ってくることはありません。
──私は、二人のことが大嫌いだったから。
(──二人は、私のことが大嫌いだったから。)
それから私が帰る家は、いつだって独りきり。
いつだって、こうして独りきりなのです。]
[声を出さなくなったのは。
喉を絞めるようになったのは。
この頃からだということを、誰も知るはずのない、おはなし*]
ヒロインでも、主人公でもない。
殺されていく『魔女』。
お似合いじゃない。
[鈴の音一つ、ころりとたてて。]
キミはキミだよ、ラディスラヴァ。
『魔女』なんて肩書きでは括れない。
本当は優しい女の子だ。
[鈴の音に、低く堪えるような音を響かせ]
謂ったでしょう、私は餓鬼なんて嫌いだって。
そうやって勝手に、いいように受け取って。
世の中全てから愛されていると思ってるの。
[か細い、純粋な主張も
一蹴してしまう、嘲笑と共に。
“味方”といった彼が、幼馴染へ弁明してくれていても]
『本当は』?
本当の私なんて、もう何処にだっていないの。
やめて頂戴、吐き気がするわ。
[ころり、模造品の音一つ。]
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