190 【身内村】宇宙奇病村
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[お知らせチャイムのあとに、船内に非生命体音声のアナウンスが流れます。管理AIのものですね。]
『――船内連絡です。予定していた通りのスケジュールで、船体は帰還航路に乗りました。12時間後に次元航法を行いますので、各員準備等をお願い致します。』
[何の問題も無い。]
(#0) 2016/05/13(Fri) 23時頃
[電気パイプを探す若者の手の意味や
あちこち「ガタ」がきているという若者の体の事情を、
エスペラントは知らないわけではなかった。
生死事大、光陰可惜、無常迅速、時不待人。
『時間は待ってくれない』と彼が言ったとおりだ。
生身の体は壊れていく。
エスペラントもそうであった。
壊れたものを補い、手放しているうち、こうなった。
エスペラントは、ワクラバをこの船で会う前から知っている。]
[いまではもうワクラバと共に食事を味わうことは
脳の働きで再現可能だったとして、
物理的には不可能なのだ。]
[生まれながらに背負った遺伝子損傷。
這いつくばるように育ったスラムでの劣悪な環境。
汚染に蝕まれたワクラバの肉体に残された時間は、長くはない。
貧困ゆえに治療を受けられず、
仲間と共に荒んだ生活を送った青春時代。
エスペラントと出会い、救いの手を差し伸べられなければ、
成人を迎える前に、阿片窟で野たれ死んでいただろう]
[肉体の老いと崩壊。生と死。
エスペラントと過ごした時間は、少なくとも、
絶望と向き合う勇気を与えるに足るものだった。
『時間は待ってくれない』
彼を苛む焦りは、別の事情に由来する]
……祖国の命か…ままならねぇな。
して、病葉(びょうよう)さんよ。
受け売りとはいうが、あんたさんの胸から出た言葉は
あんたさんのもんじゃ。
[懐かしい。
エスペラント達僧侶はそこをそうとは呼ばないが、ワクラバと出会ったのは『スラム』と呼ばれる場所だった。肉体を長生きさせるのには向かない場所だ。
ましてワクラバ少年には先天的な遺伝子損傷があった。
彼と会い、エスペラントは星を渡るための技を習わせた。]
[誇るでもない。
あの行動は、エスペラントにとって
『急流に浮かぶ月の光』といってよいかもしれないからだ。
水急不渡月。
されど、それはそれ。
あのワクラバ少年が今、
こうして未知の宙域を調査するのに抜擢されるようにまでその腕を磨いた事は、彼自身が為してきたことに依るものだ。
言葉とて同じ。
『いろんな奴と出会って、経験積んで』
『前みて胸はって生きられる』
『そんな大人になれたら……』
それらが彼自身の言葉となり出た言葉だとしたら、エスペラントにとっては、受け売りなどとはとんでもない事だ。]
[警告レベル低のアラームとともに、突然予定に無いAIアナウンスが流れます。]
『注意レベル1です。予測に無い彗星の接近を確認しました。660sec後に本船の周囲150kkmsを通過するでしょう。本船への影響は無いと思われます。』
[それを二回繰り返してアナウンスは終わる。危険度は無いが予測に無かったものだったので報せたというところだ。窓のある場所に寄れば彗星を眺めることも可能だろう。]
(#1) 2016/05/15(Sun) 21時半頃
[彗星は平均的な大きさと比べてとても小さかった。なるほどAIが影響無しと判断したのも頷ける。しかし眺めてみれば違和感がある。色と、軌道が奇妙だということがすぐに見てとれるだろう。
一般的な彗星の白色からブルーに近い色の中で、小さく弾けるように瞬間的に赤や紫の色が出る。そうしてそれらのタイミングで彗星は軌道をわずかに変え、まるで捻れるように進んでいく。]
(#2) 2016/05/15(Sun) 22時半頃
[それでも急に角度を90度変えるようなことはなさそうだ。総合してみればせいぜいゆるいカーブを描いて進んでいる程度のものだろう。
AIの言う通りあまり余計な心配をすることもなさそうだ。
多少近づいてくればその小さな色が弾けるのは彗星の部分部分が謎の小爆発を起こしているようだったが、それはまるで花火のようで、綺麗にも思えるだろう。]
(#3) 2016/05/15(Sun) 22時半頃
[彗星が猛烈な速度で通過すると、それを報せるアナウンスが流れる。改めて問題無いということも報告された。
――異常の兆候が現れたのは数時間も経った頃。
管理AIが返答を返さなくなった。]
(#4) 2016/05/16(Mon) 00時頃
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