190 【身内村】宇宙奇病村
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― 回想 ―
あぁ?文通?
[エンジンをメンテナンスしていたワクラバは、レンチを握ったまま、エスペラントの勧めに、そう返した。それまで、手紙を書く習慣など、この粗野な男にはなかった。]
おいおい、勘弁してくれよ。
惑星調査員の審査に通るかどうかって瀬戸川だぜ?そんな下らねぇもん書いてる暇がありゃ、1kmでも航行実績を伸ばしてぇんだよ、俺は。しかも、なんだ?相手はまだションベンくせぇガキじゃねぇか。
[すぐに飽きて終わるものと、冷やかし半分ではじめた文通。まさか、便箋とペンを買い揃え、返信を心待にするようになるとは、このときのワクラバは思いもしなかった]
― 回想 ―
ああ?ふざけてんのか?
ネズミじゃねーか!?
逆に病気もらうわ、こんなもん!!
[参加する惑星調査隊クルーのプロフィールを眺めていたワクラバは声をあげた。エスペラントは、愉快そうに笑い、ワクラバをたしなめた。
そのネズミに、航行中、3度も命を救われた]
― 回想 ―
マジかよ!?
アンドロイドかと思ったぜ……。
[惑星調査隊クルーとの初顔合わせの場で、思わず同期のナユタと小声でささやき合った。まったく表情の動かないそのクルーが、ワクラバには血の通っていない人形に見えた。]
不気味な女だ……
なに考えてるんだか、わかったもんじゃねーな。
[それがまったくの思い違いであることを後に知ることになる]
(出会いの記憶が闇に覆われている。なにも思い出せない。)
― 回想:思い出せない記憶の抽象的なヴィジョン ―
暗闇のなかで独り、そいつは佇んでいた。
暗がりから、静かに、こちらを見つめている。
手が差し伸ばされた。逸るように。躊躇うように。
何かを掴もうとするように。
そこに居たのは、“あの時の俺”だ。
― 回想 ―
[動力室に乗り込んで、ごそごそ作業をするそいつが嫌いだった。
上から目線で講釈を垂れるたびにムカっ腹が立った。ここは自分の縄張り、そのはずだった。
この幼い身体を維持するのに、どれだけの金を犠牲を強いている?]
(浅ましい……そこまでして生きたいか)
[母星での経験から、肉体処置を浅ましいと断じるワクラバは、延命処置を受けるつもりはなかった。今は少しでも長く生きたい。少しでも長く生きてほしい。そう願う。いつしかその小さな背中は、エンジニアとしての憧れになっていた。]
― 回想 ―
[出会ったその直後に殴りあった。理由は単純。気に喰わなかった。お互いに。
なんとか蹴落とそうと、やっきになって競い、学んだ。]
f*ck'n f*ck!
[あの頃と変わらない口癖。起きたらまた殴ってやろう。]
― 回想 ―
[高学歴エリートサラブレット貴族。ルックスもイケメンだ。
地べたで寝たことも、汚水をすすったこともないだろう。
なるほど、平民とは違うってわけか。気取りやがって]
よぅ、よろしくな。王子様
[クルーの初顔合わせで、嫉妬にかられた口から出た皮肉。
冷たい眼差しに射られた。だから睨み返した。
今は、あの切れ長の瞳から放たれる熱っぽい視線を待ちわびている自分がいる。]
― 回想 ―
[出港後まもない、船内の廊下。文通相手の子供と並び、窓の向こうに広がる宇宙を眺めていた。
長い睫を瞬かせ、クリスタルように透明に輝く瞳で、その子供は星々を見ていた。
一つずつ確かめるように名前を挙げて、新鮮な喜びと驚きを滲ませながら話をしてくれた。
それらは、ワクラバにとって、取るに足らぬ、見慣れた惑星たちだった。
なぜか、そのときだけは、その星々がやけに輝いて見えた。
この輝きには、見覚えがあった。
技術を身に着け、星間を飛ぶのが当たり前になったことで、遠ざかってしまった、あの記憶。あの夜空]
― 回想 ―
[あの夜も月が出ていた。
隣で横たわるモスキートが動かなくなってから3日。
おそらく次は自分の番だろう。なんの感慨も沸かなかった。
汚染されて爛れた右半身を襲う鈍痛。たかる蟲。渇き。飢え。
あの夜空に浮かぶ月を眺めていると、何も気にならなくなる。
この穢れた世界にあって、自分に生きる意味を与えてくれた、あの光。
ふらりと立ち上がる。今夜こそは掴まえられるかもしれない。
おぼつかない足取りで、歩き出す。
前を見ず、月だけを見上げながら。
手を伸ばし、月にかざしながら。]
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