266 冷たい校舎村7
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──教室>>656──
[ 自席で昼食を取ろうとしていて、 目の前に落ちた影>>657に顔を上げた。 唐突な話に面食らいながらも、僕は微笑む。]
……部屋? あ、えっと、目星は。 なんで受験のときに仮押さえしないんだって、 しこたま叱られたとこ……ですね。
[ やや気まずそうに僕は目を逸らす。 ジュースのパッケージの赤い林檎に視線を逃す。
せめて合格発表後すぐに動くべきだったらしいけど、 なにもこだわりがあるほうでもないし、 選びたい人が選びきった頃合いに、 残ってるところから選べばいいと思っていたのだ。]
(679) nabe 2019/06/22(Sat) 14時半頃
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[ ぼんやりしている。 と言われるのはおそらく正しくて、
例えば部屋のことがひとつそう。 それから、そのとき視線を逸らした後、 ややすると再び養拓海のほうに顔を向け、 ためらいのある口ぶりで、ようやく尋ねるのだ。]
……本当に進学しないの?
[ 友人の進路を心配するのであれば、 それはタイミングとして遅いだろう。
けど、その頃まで僕のぼんやりとした頭は、 早く元気になるといいなということや、 卒業式には出られそうでよかったなあとか、 そういう、おめでたいことに囚われていた。]
(680) nabe 2019/06/22(Sat) 14時半頃
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[ ……あるいは、当人から話されていないことを、 こちらから踏み込むのは、怖い。 ので、直接尋ねるのは初めてだと思う。
どんな表情と言葉が返ってくるのか、 自分がどう答えてほしいのかもあやふやなまま。
とうとう僕は尋ねてしまって、 静かに答えを待つしかないのだ。*]
(681) nabe 2019/06/22(Sat) 14時半頃
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──教室>>694──
新入生向けの物件なのに、 11月とかに解禁になるなんて、 参考書には書かれてなかったからね……
[ 見透かしたような物言い>>695に、 僕は情けない顔をして笑っている。
両親やお兄さんぶった友人の言うことを、 もっともなので、素直に聞き遂げる気はあって、]
早いとこ見つけるよ。 もともと家から通える距離なんだから、 見に行くって言ってもすぐのことだし……
[ パンをかじりはじめた友人を前に、 会話の合間に弁当の中身を啄ばんでいく。]
(701) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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……就活も長期戦なんだねぇ。
[ その道を行かない僕に言えることはあまりなく、 僕はそんなふんわりとした感想を述べて、 気にしていたかという問いに答える代わりに笑って、 ピックの刺さった林檎のひときれを差し出す。 この間のゼリーのお返しだ。加工前だけど。
自分もまた、もぐもぐと口を動かしながら、 ふざけた調子で続けられる言葉を聞いている。>>697
ゆっくりと咀嚼を繰り返しながら、 ニュースとか、噂とか、 養拓海の口から直接聞いたことのないことを思い、 なぜか思い出したのは夕暮れ時の病室で、]
(702) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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[ やめとけ。と君が言うので、 考えない努力は、している。]
(703) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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[ そのとき僕はどんな顔をすればいいのかわからず、 どんな顔もしないよう曖昧に笑ったんだと思うけど、]
(704) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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[ 距離を置いて、ずっと一緒をやめることで、 きっと少しずつ、頭の中身を入れ替えるのだ。 ……と、そのとき考えた。]
(705) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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いいよ。鍵、あげる……
[ 自分にひとつ。実家にひとつ。 とすると、たぶんひとつ余るだろうしさ。
それに、僕にとって家とか部屋ってやつは、 帰れば誰かがいて、 物音がして、人の気配がして、 ……ずっと、そういうものだったので。]
ひとりの部屋で過ごすの、 とうぶん慣れそうにないし…… きっとさみしくなるから遊びにきて。
[ 君よりお兄さんであるはずのところの僕は、 あまりそれらしいことは言えないので、 甘えるようなことを言うのだけれど。]
(706) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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……ひとりの家にいてもさ、 息が詰まることが、あると思うし。
[ そのときはおいで。
……と、静かに言う僕は目を伏せているので、 少しくらいはお兄さんぶれたかしら。 と思っても、君がどんな顔したかわからないのだ。*]
(707) nabe 2019/06/22(Sat) 17時半頃
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──教室>>712──
終わりなんて来ない。 ……って、思ってたからね。
[ 笑っているのに紛れ込ませるみたいに、 僕もさらりと言って、笑っていたはずだ。
終わりなんてなくて、ずっと一緒で、 だから近場の大学に家から通う。 そう思っていたけれど、そんなことはなかった。
ということを、ただ事実として、 言えるようになればいいのだと、 そのときの僕は思っていたもので。
ふんわりとした言葉に混ぜて、 林檎が噛み砕かれる音を聞いていた。]
(739) nabe 2019/06/22(Sat) 21時頃
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……さすがに、相手は選んでるよ。 拓海くんを信頼をしているってことです。
あのねえ、僕だって、 何言っても照れないってわけじゃあないんだから。
[ 言わせないでよ。というふうに、 僕は箸を置いた手を顔の前でひらひらと振った。 いわゆる勘弁してくれ。のポーズですね。
冗談ぽくそんなことを言って、 話は終わりにしようかと思ったのだけれど、 君が珍しく心細そうな顔をしているので、 僕は微笑んで、お兄さんぶるとかじゃなく、 ただ僕の意見として、言葉を紡ぐ。]
(740) nabe 2019/06/22(Sat) 21時頃
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たぶん、僕はさ、 ああしたらとかこのほうがいいとか、 これからもきっとうまく言えないけど、 でも、ここにいるから。
何を大事にしたっていいし、 大事にするのをやめたっていいし、
息継ぎをしにきてもいいし、 もし帰りたくなくなったら、 ずっと置いといてあげるし、 どこに行ってもいいんだよ。
(741) nabe 2019/06/22(Sat) 21時頃
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[ ごちそうさまでした。と手を合わせた。 修学旅行でもUNOとかしたなって思いながら。>>720
そしてまた唐突にも差し出された封筒>>721を、 僕は不思議そうな顔をして開封して、それで、]
……たいしたものかどうかは、 もらった僕が決めるよ。
──ありがとう。すごくうれしい。
[ ただただうれしい。という顔をして笑おう。
ほら、あの世界では思い出のかけらを、 お化け屋敷に落っことしてしまったものだから。]
(742) nabe 2019/06/22(Sat) 21時頃
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[ 部に置いたままの作品。 には、間違いなく心当たりがあって、
忘れていたわけじゃなかったんだけど、 置いたままであるのは確かで。]
……もう少し、部屋のこととか、 落ち着いたら引き取りにいくよ。
[ と、やや濁した言い方をする。 高本悟の絵を見る前のことだった。*]
(743) nabe 2019/06/22(Sat) 21時頃
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──3月:美術室──
[ 美術部の顧問である教師に声をかけ、 準備室につながる扉をくぐる。 卒業式を目前に控えたころだった。
伝言>>763が伝わってから、 少し時間が経っていたからか、 教師は何かを言いたそうにして、やめた。
ええと、すみません。 僕は扱いづらい生徒だったでしょうか。 ……とも言えず、僕は笑みと会釈を返すばかり。]
(777) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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[ 美術準備室のあちらこちらに、 作り手が置き去りにした卒業生の作品が、 放り出されているのを知っている。]
(778) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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[ あのとき>>743、 言葉を濁しながらも引き取ると言ったのは、 そこに、混ざる姿を想像して、なんとなく、 ……なんとなくなのに強く、拒否感があったからで、]
(779) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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[ ……まだ、放り出されてはいなかった、 赤黒い、人の頭ほどの大きさの塊の前に僕は立ち、 あの、どこか遠いような、今と地続きのような、 不思議な世界でしたように、指を伸ばす。
あのときと違い、指の腹に力を込めることも、 爪を立てることもなく、指先だけでそうっと、 瞼に触れ、頬を撫ぜ、口角をたどる。]
(780) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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本当は。 考えたりもしたのだ。 例えば手を加えて美しくしてやろうとか、 せめて表情だけでも、笑みを象ろうとか、 この淡々と時を刻む校舎に置き去りにしようとか、 いっそどこかで燃やしてしまって、 そのあとの灰をひとつまみだけ持ち帰ろうとか。
(781) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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[ そのどれも実行せずに、僕はここにいる。]
(782) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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これが僕の姉だ。 僕の知る姉の姿だ。 僕の望んだ形とひとつも重ならなくても。 僕の、たったひとりの姉なのだ。
(783) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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受け入れるべきなのだと思う。 あの爛れた指先ではなく、些細な事実を。
(784) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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笑って。と言われて笑ったって、 絵の中の痩せたおんなのこのように、 僕の姉が穏やかに笑うことなんてない。 姉は幸福ではなく、僕は無力である。
(785) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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……その上で、僕は、 姉の幸福の糧になれないから。ではなく、 僕自身がもう少しうまく呼吸ができるよう、 ひとつの箱を出ていくのだと。
(786) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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[ 両腕に、家族の頭を抱いた。 壊さないようにそうっと。
こういうふうにしていれば何か違ったかな。 と、未練がましく思う僕はやっぱり僕で、 そう簡単に踏ん切りはつかないし、
それでも、そんな自分を思わず笑ったので、 笑えてしまったので、これは小さな変化です。
突然ちいさく笑い出した僕に、 先生がギョッとした顔をしたとしても、 悪くはないな。と、僕は思う。]
(787) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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それでも、 僕らの関係が歪でも、醜悪でも、 どんなに世間一般に受け入れがたいものであっても、 僕にとってそれが大切であったことは変わりはなく、
(788) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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僕は、僕の家族のことが好きで、 それとは関係なく、新たな道を歩きだす。
(789) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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……それだけのこと。
(790) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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……先生、お世話になりました。
[ 大切な荷物を抱える。 程度の手つきで、僕はそれを携えて、 3年間お世話になった教師と教室に、 ひとまず別れの挨拶を告げて、頭を下げた。
その返事の代わりに、言いにくそうに、 紙袋をやるからそれに入れてはどうかと言われ、
ぼんやりとした僕は、 なるほど盲点であった。と頷く。]
……どうにも抜けていて。いけないですね。
[ いただいた袋に家族の頭、 …………のようなものを入れ、 僕は朗らかに笑い、恥じるように首を傾げた。*]
(791) nabe 2019/06/22(Sat) 23時半頃
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