263 ― 地球からの手紙 ―
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迷い人 ヘザーは、メモを貼った。
2019/04/20(Sat) 00時頃
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[私を治療していた医療施設から連絡が来た。 準備ができたので明日から入院してほしいとは、 ずいぶん急な話だと思いながら荷物をまとめた。 数日分の着替えなどを、ちょっと前まで埃をかぶっていたカバンに詰めて。
夫はもちろん今度こそ記憶が戻ることに期待を寄せていた。 私は眉根を寄せ、傍から見れば難しい顔を考えているかのような顔をしていたが、 その実考えていたことは単純だ。
夫が喜ぶのなら私は嬉しい? ……嬉しい、のかもしれない。だってなんだか胸の奥がすっと軽くなっている]
(30) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[この数週間、 私はこのどこか見知らぬ家のような気がする場所で生活をして、 どこか他人のような気さえする過去の私がつけた記録を読み、 夫だという人と他人行儀に会話をして、 得られたものといえば、過去の私は幸せだったんだ、という感想くらいのものだ。 夫や、友人が幸せをくれていたから。
今も夫は私に良くしてくれているけれど、 時折つらそうな顔をする。戻ってこない私の記憶を思っているのだろう。 それからしばらくすると書斎に引きこもってしまう。 その姿を見送る私の胸の奥には重苦しいものがたまっていく]
(31) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[だから、そう。言えるわけがなかったのだ。 たとえ思い出すことができなくても、 私はそれを悪いことだとは思わない、なんて。
だが、処置に成功すれば、 そんな悩みを抱えていたことすらも霧散してしまうのだろう。 心は確かに軽くなったが、そのことだけが少し、寂しかった。 昔の私が戻ってきたら、今の私はもう用済み? ――だなんて、考えてしまって]
(32) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[気分を変えよう。 そう思って、大きな窓を開け放つ。 すると、ひらりと何かが舞い込んできた]
紙飛行機……? しかも、何か文字が書いてあるようだけど。
[投げても飛ばなさそうな不格好なそれは、 質のよさそうな真っ白な紙で作られていた。 少々勿体ないように思う。この紙は私の知識の中にある、 機械で書いた文を印刷する時使う紙に似ているから。 広げて文字を――文章を読む。すぐ「あっ」と小さな声が漏れた。
この世にはいくつもの不思議がある。 飛びそうにもない紙飛行機が私のもとに届いたという不思議だってあっていい。 それになぜこれが私のところに届いたか、察してしまった。 私が紙飛行機にして遠くに飛ばしたことばへの、こたえとなっていたから]
(33) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[紙からは文明の香りがそこはかとなく漂っている。 遠くに飛んでったのを見たはずだったけれど、実はご近所の誰かに、 アレを見られてしまったというのか。さすがにちょっと恥ずかしい。 だが――相手にアレを見たことを忘れてほしいと思う気にはなれなかった。 それどころか読み終えることには少しだけ笑っていた]
ああ、……今の私だってあのひとにしあわせを返したいって、 そう、伝えられれば良かったのかな。
(34) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[記憶をなくした時に、愛する心までなくしてしまったわけじゃあなかった。 幾度も感じた胸の奥の重さは、 夫に幸せを返したいが、やり方がわからない、それゆえのもやもやで。 それから、もしもの時を考えて、別のやり方、について首をひねったが、答えはすぐに出た。 時間はまだある。最悪明日の朝までに済ませればいいこと。
その前に私はペンを手に取った。 今度はその辺のチラシの裏に、ではなくちゃんとした便箋に手紙を書いて、 結局また紙飛行機にして飛ばした。 相手は私の真似をしたんだから、その方が喜ぶかな?]
(35) 2019/04/20(Sat) 23時半頃
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[それから私は細くてきらきらした糸で、 夫のためにレースのコースターを編んだ。 夫の書斎机にもコースターがあるのだけど、すっかり使い古された形跡があったから。 気分に応じて色を使い分けられるといいかもしれない。 何個か編もう。
そんな手作業に没頭してからしばらくして、 今度はポストに手紙が届けられた。 見覚えのある宛名。私に編み物をするきっかけをくれた人からのお返事だ]
(36) 2019/04/21(Sun) 00時頃
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[手書きで書かれた文字は時に書き手のこころを表す。 文字が躍っているのを見て、あぁ彼はすぐにでも伝えたかったんだなぁ、と思った。 たとえ記録を辿ったものであっても、奥さんの話が聞けて嬉しかったことを]
いいなぁ……。
[無意識のうちに口から出た言葉を聞いた私も、また、 すぐに返事を書きたいという迸る思いに身を委ねることにした]
(37) 2019/04/21(Sun) 00時頃
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迷い人 ヘザーは、メモを貼った。
2019/04/21(Sun) 00時頃
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[書けた手紙をポストに投函し、再び編み物を始めながら、 携帯端末をちらりと見た。 アドレスが秘密のところに送ったメールの返事は、来ていない。 私は相手が使ったアプリなるもののシステムも知らないし、 自分の境遇からついつい、突然事故にあったのではないかと心配してしまう。 便りがないのはよい便り、という言葉は、 常に当てはまるとは限らないからね?
こうしてつい知らない相手を気に掛けてしまうのは、 相手と自分が似たものを抱えているからだろう。 悩みを。周りとずれている自分という存在を。
……記憶が戻った時、私は、周りの思っているちゃんとした私になれるのだろうか。 結局のところぜんぶ思い出せるのが一番だよね……
そんなことも思いつつ、レースのコースターは7個編めた**]
(39) 2019/04/21(Sun) 00時頃
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