158 Anotherday for "wolves"
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[ 消毒液と、ほんのり湿ったにおいのあの部屋で
ちりりと眼の奥に走った確かな痛み。
昏い昏い 教会の中、
ぽんやりと いつも視ている焔でない色が
何も映さぬはずの眼に
ふわふわと揺れる優しいひかりが みえた気がした ]
[ 何かを引き換えにしないと
大事なものは守れない――――]
[ ホワイトノイズ。 ]
(何だ……?)
[次の瞬間
白い空間に見覚えのある影が見えて
濡れた睫毛の奥の
黒曜の双眸と 目が合った気がした。]
[怖いのだろう、理解は及ぶ。
しかしながら乙女の涙を拭う役目は
医者の領分ではないので手出しはしない。
もとより、見かけてしまっただけである。]
…。泣くんじゃないよ。ったく
[小さな小さな呟きを落とした。
──それでも先ほどの予感めいたものには
内心首を傾げざるをえなかったのだが。**]
[――信じているなら、どうしてもしもの話なんて。
苦々しい思いは、空気を震わすことなく密やかに溶ける。]
手に──…、掛けるなど、
[ヒトのために。まどろみのために。
夢打ち破るものを、殺すというのか]
[ 「 ――…… オォ ン 」
泣くような獣の声が遠く遠く聞こえる。
きょうだいだからこそ聞くことが出来たのかもしれない。
それはひとを愛した、末の妹の遠吠え。
助けを呼ぶような、嘆くような、
幸せと喜びとは程遠い、その声が、
不測の事態がおきたのだと、知らせるように。]
[嗚呼、泣いてる。
幸せを願い送り出した末の妹の思いに心が震える。
守りたいもの。
大事な存在。
禁を破るが彼女ならば、
長は彼女に制裁を加えるだろうか。
ひとを愛した人狼でも叶わぬ共存なら、
それは土台無理な願いだったのだ。
誇り高き狼の血がドクと脈打つ。]
[思いに同調するように、繋がる意識。]
共存の為、ヒトの為に同胞に手を掛ける。
本当にそれが、正しいこと?
共存のため…、か。
[ふと心に零れた言葉に応えがあったこと、
すぐに意識にのぼることはなく。
ゆるゆると思考は過去と現在とを巡りゆく。
共存のため、まどろみのため。
或いはそれは正しいのだろう、
そう、天秤が均衡を保ち続けていたならば。…けど]
…────しあわせの、ため。
[何が幸せだというのだろう。
ヒトは獣を狩り、食らう。
では何故、人狼がヒトを狩り食わぬのか。
ヒトの知恵が恐ろしいからか。反撃が怖いからか。
そうして緩やかに死に向かうことが、真に幸福か]
… いや、
[巡る思考のこたえは、未だない。
こたえのないまま、定まらぬまま八年を生きた。
妻は人間を食べたことのない人狼だった。
自分も人間を食べたことはない]
[けれど、時折思うのだ。
物言わぬ妻の墓石に花を添える間に。
妻は身体の弱いひと───人狼だった。
病は彼女を蝕み、何を食べさせてもダメだった。
あの時もし、もしもヒトを彼女に食べさせてやったなら。
妻は生きて*いたのじゃないかと*]
[信じているといいながら、
もしもの話をした族長。
信じていないわけでもないといいながら
ドナルドの言葉だけを信じきるでもなく
サイラスの冗談に翻弄された己。
チクリと刺すような痛みを感じるのは――、
己もまた不安を抱え、
何処かで信じきれていないのだと自覚したから。]
……マーガレット、きれいね。
[脳裏に映るのは、過去に視た野の花か
それとも、診療所のどこかで揺れる 花束だろうか**]
[共存のため。
『人』のため。
同胞に手をかけることが、正しいこと。
共栄のため。
『ヒト』のため。
黙って耐えるのが、正しいこと。
それが正しいことなのです。]
[その一言はするりと零れ落ちました。
今はもう誰も聞かなくなってしまった、私の声です。
色も温もりも宿さない言葉は
風のようにそっと、そっと通りすぎて行きました。
喉元には右手が添えられます。
ああ、いけません。
これ以上。
だって。
だって。]
[聞きなれぬ声は遠い日に聞いたような
何処か懐かしさを覚えさせるもの。]
ああ。
[同意か感嘆か知れぬ音をぽつり漏らす。]
──「信頼」の花と、いうそうだ。
[小さく呟いた。
手元の赤い石が僅かに熱を持つ。
石は、持ち主にとって
信じられる人を繋いでくれるという]
何故君の声が聞こえるんだろうねえ?
……マーゴット。
[心の奥秘めた痛みに、
「共鳴」でもしたのだろうか。
───……声は途絶える*]
せんせ? やっぱり、せんせいなのね。
[ 名前を呼ばれれば、耳しかないわたしだもの
さすがに誰だかわかりました。]
…どうしてでしょうね。
諦めずに眼を治しなさいって、
天国のおとうさまとおかあさまが繋げたのかしら。
………なんて。
[ とおいむかしのあの頃を ほんの少しだけ思い出す。 ]
……それじゃあ、
僕はどうしても君の目を治さなくてはいけないね。
君のご両親に誓ってさ。
……なんてな。
[いつかの問いに淡々とそう返す。]
[「誓って」なんて――と、多少、困惑しながら。]
―銀の薔薇―
[欲しかった。
可愛いものは宝物。
寂しい気持ちを紛らすのはわたしの宝物たち。
小鳥の命より重かった乳白色の宝石
捨てられそうになってたピンクのリボン
盗んだルージュ
そこに薔薇の銀細工も加わればどんなに素敵だろう。
この不安も打ち消してくれるかもしれない。]
[いつもはそんなことしないのに
いつの間にかわたしはしつこく
オーレリアにしがみついて首飾りを強請った。
オーレリアはとても困惑してたし
わたしの手を見て少し怯えたようだった。]
[もつれて、足元を掬われて
オーレリアは小さな悲鳴とともに
後ろに倒れ込んだ。]
[不運にもその先には、昨日伐られた丸太とその上に乱雑に置き忘れられていた斧。]
[丸太に頭をぶつけたオーレリアの上体に
その衝撃で落ちてきた斧が勢いよく突き刺さる。]
いやあぁぁぁぁああああっ!!!!
[その悲鳴は誰かに聞こえたのだろうか。
信じがたい目の前の出来事に
ただ小さな身体を震わせて
その場に立ち尽くすだけ。]
[それからしばらくして。]
[少女の頭に浮かんだのは、少女らしい考え。]
どうしよう…。
怒られちゃう……!!
[怒られたら嫌われる。いや、それだけではない。
捨てられてしまうかもしれない。
大事な家族に。
少女は知っていた。実の兄なんていない。
自分の家族ごっこに付き合ってくれている優しい従兄の存在。
そんな不安定な関係。
離れていくかもしれない。
父だって。事故とはいえオーレリアが死んだ要因を作った娘をどう思うか。
激しく怒るか。突き放すか。
自分を見捨てて離れていくか。
母親のように。]
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