233 冷たい校舎村5
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ねえ 十朱、くん
病弱さを見せるためには、舞台でどう動けばいいかな 声や動作は大きく、ってなると どうしても元気っぽく見えてしまう気がして
[ 稀好も、そのときはまだ苗字で読んでいた現同級生に 相談もするくらいには、真剣に取り組んだ。
初めて顔を合わせた時、酷く睨まれ恐縮したけれど 彼の演技を見たから、稀好は聞かずにいられなかった。
稀好が演劇の魅力に気づいたのは、 そのすこし後だったように、思う。 ]
(258) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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[ なにがなんでも一回通す。 ミスがあっても、そのまま通す。 として、始まった通し稽古。
ミスをしたのは、稀好だった。
固まる。 動きも、セリフも、停止。 シーンに緊張が走る。 その場にいる誰もが台本を知っていて つまりはミスに気付いていた。 稀好の耳は酷く熱くなった。 恥ずかしかった。 真っ赤な顔をしていると、自分でもわかった。
そうして、当然のように行われたのが、フォローだ。 ]
(259) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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[ 稀好の開けた穴を繕うように、 『病弱な王子』を、周囲が覆い作っていく。 ミスを一現象として収めてしまう。
なるほど、と稀好は思った。 演劇は、舞台は、生き物だ。 演者や裏方、監督によって作られ息をする、生き物。 その瞬間瞬間に、命を燃やし 同じ役割を与えられど死ねば終わる細胞のように 全く同じ、など在り得ない、生き物。
舞台は、一人ひとりが独立して 構成されているのでは無い。 全員の解釈を摺り合わせて、 一つの物語を描写するのだ。
面白いな、と稀好は思った。 ]
(260) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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[ だから稀好は、もっとやりたかったんだけど やりたいなあと、思っていたんだけど 演劇部には入れないまま、だ。
だって、稀好は忙しい。 母親の世話で、忙しい。 ]
(261) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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── 三度目のチャイム/演劇部部室 ──
[ 学校中に響く鐘の音に、稀好は肩を揺らした。
三度目の、チャイム。 つまり八時五十分。 いつの間にか、かなりの時間が流れてたみたいだ。
読みふける間、何度か体勢を変えていたけど ちょっと動かば、身体はばきばき音を立てた。
描かれる幾つかの物語は面白くって また台本の持ち主が加えただろう書き込みには ふふと笑ってしまうものがあった。
ひとつのお話として、読書として楽しむだけで、 稀好は其処に自分が居たら、を考えも、しない。 ]
(262) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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[ 台本を元の場所に戻して、 来たときよりも明るい部室で稀好は伸びをする。 改めて見る部室は、結構広くって のんびり寝てみても良かったなあと思った。
からら、と戸を開けて廊下に出れば 稀好はばったりクラスメイトに会う。>>172 ]
おはよう まあまあ、眠れたかな
なに? ……え?
[ 死んでた。 言葉の意味を理解して、稀好は青くなる。 ]
(263) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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ちょっと待って、 そんな ……また? 嘘だろ
[ 喉が渇いて、急に現実に引きずり降ろされた気分だ。 非現実的な、現実に。 ]
運んだって、何処に
[ 稀好は、探偵になるつもりはない。 から、現場には見に行かないけれど。 死体を見ない限りには、死んだって信じられなかった。
だって、今朝教室を出る前には 彼はすやすやと眠ってたんだから。* ]
(264) 2018/02/18(Sun) 05時頃
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[ チャイムの音の意味するところ。 其れを、あたしはまだ気付いていません。 気持ち良さそうに眠る顔を、 無理に起こすようなことはしません。 そりゃ、生きてるんだか死んでるんだか わからなければ確認のために、 肩を揺するくらいはしたでしょうけど。 ]
……?
[ 冷たい掌を見下ろしてから、 あたしは、家庭科室への扉を開こうと、 ─── 向こうのほうで音がする。>>50 ]
(265) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ 掛けられた手はそっと離され、 あたしは音を頼りに其方の方へと 足は吸い寄せられました。 聞こえるのは、複数人の声と、
黒岩くん∞十朱くん マネキンになった
という、端々に聞こえる単語。 階段上へと昇る影ふたつをそっと見送れば、 咄嗟に柱の影へと身を隠していました。 ]
(266) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ その後、残されたひとつの影。 其れにかけられる笑い声と、 問答の繰り返される言葉を聞いていれば、 もう一つ隠れる影を見つけました。>>201
その子は、まるで逃げるように、 細くて綺麗な脚で駆け出すのですから、 思わず、その後を追いかけていました。 ]
(267) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ カランコロン、と転がるバケツ。 引っかからないように、 なんとか避けながら向かいますが、 今日こそ追いつくことは、 叶ったでしょうか? ]
み、実瑠ちゃん………!
[ ぜぇはぁ、と肩が上下に揺れて、 追いついたのは、あの舞台の傍に>>212 どうにか到着した頃だったかもしれません。 ]
(268) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ ─── おとなしいから。そんな理由で、 昔々に虐められたことがありました。 イジメ というのも主観的なもので、 さして、あたしの世界にとっては、 人生が変わるほど大きく 影響するものではありませんでした。 ]
(269) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ ─── 例えば、両親が居ない。 というのも、理由のひとつで。
─── 例えば、古臭い。 というのも、理由のひとつ。 からかいの対象だったのかもしれません。
─── もちろん、友達がいない。 というのも、格好の餌食だったのでしょう。 ]
(270) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ だからといって、 あたしは笑顔を絶やしたことも、 誰かを拒絶したこともありませんでした。 そんな事実もまた、拒否らないからと エスカレートする要因だったのかもしれません。
それでも、あたしには、 おばあちゃんが居たのですから、 何も怖いものなどありませんでした。 ]
(271) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ 古守日向は、 ただいま≠おばあちゃんに告げたなら そのいちにちのことを報告していました。 どんなに心にズシンと来ることがあっても、 おばあちゃんの笑顔が日向の心を溶かし、 悪夢を繰り返さないようにと、 保たせていたのでした。 ]
(272) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ 古守日向は、 ─── ■■と呼ばれていました。 ]**
(273) 2018/02/18(Sun) 06時頃
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子守り 日向は、メモを貼った。
2018/02/18(Sun) 06時頃
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[ 亀森稀好は秘密主義だ。
平常、授業が終わったのならば クラスメイトに別れを告げて早々下校する。 部活には入っていない。 委員会にも。
言葉数は少なくって、話し役より聞き役。 自分の意見を主張するより同調する方。
誰も本当の稀好を知らない。
稀好の全てを知っているのは、稀好だけだ。 ]
(274) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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── 回想 ──
じゃあ、また明日
[ 部活の道具が入った大きな鞄を持つ友人に 軽く手を振ってから、廊下を出る。
廊下で喋っている女子グループや ふざけて駆け回る男子の間を縫って すいすいと、稀好は足早に玄関へ辿り着いた。 ]
(275) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 軽く音を立てて降りる玄関は まだ赤くも無い光に照らされ明るい。
すぐ横を、どたばたと運動部が出て行く。 稀好は大して音もたてず、 コンクリートへ靴を置いた。
そして靴を履き、重い戸を開ける。 学校の時間の、終わり。 ]
(276) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 朝、写メに撮ったスーパーのチラシを眺めて 今晩の献立を考えて、歩く。 冷蔵庫の中身は把握済みだ。 使用するのが大体稀好なのだから、当たり前のこと。
二人乗りの自転車に追い抜かれる。 軽やかなカップルの笑い声が、耳に入る。
はあ、と稀好は息を吐いた。 白く浮かんで、すぐに消えた。 ]
(277) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ スーパーは変わらない音楽を流す。 ここで働いたらノイローゼになりそうだって 買い物かごをカートに乗せる稀好は思う。
老人や中年ばかりの店内で 学生服がひとり、特売品を手に取っていた。
鏡になっている壁に、自分の顔が映り 酷く疲れているように見えて、稀好は赤くなる。
偉い、と誰かは言うかもしれない。 恥じることではない、と。 でも稀好にとっては、恥ずかしかった。 頬が照る程に、恥ずかしくって、 だから、そんな言葉に、意味はない。 ]
(278) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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ただいま ……おばあちゃんー、まだいる?
[ おかえり、と母ではない声がして 稀好は、稀好の祖母の滞在を知る。
買い物袋をぶら下げながら、中へ。 食器や洗濯物の片付いた部屋が稀好を迎え その中で祖母は新聞を読んでいた。 ]
今日もありがとう、おばあちゃん 晩御飯は、食べていく?
(279) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 祖母は、稀好の姿を視界に入れると立ち上がり 溜息と共に新聞をたたむ。 「食べない。 もう帰るわよ」 棘のある、声。 不快だと告げる声。
稀好は、困ったように笑った。 ]
(280) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 稀好の父は、施設で育った。 親の顔など一度も見たことが無い。
そんな人間に娘をやれるかと言った祖母と 母親と縁を切ってまで結婚を選んだ母。
姉が死に、父が死に。 母が壊れものになってしまった今 祖母は母の介護をしに家に来る。
一度は縁を切ったと言っても、愛情はある。 世話に来てくれているから、あるはずだ、と 稀好は心の中で、何度か反芻していた。 ]
(281) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 夕飯を作り、母と二人で食べ。 朝と同じ、テレビの音を背に皿を洗う。
大声で笑う芸人の声を聴きながら 勉強がしたいなあと、稀好は思う。
稀好の成績は、緩やかに下降していた。 それはもう、緩やかに、緩やかに。 四年前、こんな生活が始まった当初は まだ。 まだ頑張れていたのだけれど。
高校に入学して、学年が上がって。 難しくなっていく問いかけに 稀好と同じくらいの頭の作りの、 「普通」の同級生たちは勉強時間を増やした。 ]
(282) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 稀好には増やせる時間が、無かった。 ただ、それだけだ。 ]
(283) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 母をベッドまで支えてから、 スマホの電卓を開いて家計簿をつける。
減っていく数字。 少し増えて、減る。 ただの呼吸をしたかったのに 吐く息が溜息のようになる。
途中、友人からメッセージが届いても 返信する気には、全くなれなかった。 たくさん届く通知。 グループのそれが、盛り上がってるようだ。 稀好はそっと、通知を切る。
そうして、後で返そうと思っていても 疲れてかすっかり、忘れてしまう。 ]
(284) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 夜中に、ようやく自分の時間が、とれる。 ]
(285) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ ひとりきりの空間。 暗くなった自室で、時々稀好は泣いた。
理由が、原因が、あるのだから 訳もなく、という言葉は合わないけど 本当にふとした悲しさや苦しさで 涙は流れて、嗚咽が止まらなくなる。 ]
ああ っう、うぅー……
[ 唸りながら蹲る姿は、獣みたいだ。 母親に心配をかけないように、声を殺して 頭は空っぽにした稀好は、泣く。
顔面がぐしゃぐしゃに濡れて 本当に酷い顔だけれど、誰も見ないから。 ]
(286) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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[ 母も、祖母も、学校の人も、 誰もこんな稀好を知らないだろう。
稀好だって、自分がこんな人間だって、 こんな状況になるまでは、知らなかった。 ]
(287) 2018/02/18(Sun) 06時半頃
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