94 月白結び
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―河原→―
[僕はじっと河原を見詰めていた。 新しく誰かが帰ってきたらしい事を、僕は知る由もない。 再開を喜ぶようなキャラクターではない、交差点からはすでにもう遠かったし なにより連絡先など誰とも交換していない。 僕はただ河原を見つめていた、煤けた蘇芳を一度伏せた。]
帰ろう。
[やがて歩き出す。 僕が向かうのは閑静な場所にある小さなアパートの一角。 意味のない現実が鎮座するそこに、僕は帰らなければならなかった**]
(+1) 2013/09/05(Thu) 21時半頃
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―アパート―
ただいま。
[僕は扉を開けて、お決まりの台詞を口に出した。 それに返す言葉はなく、静まり返った部屋だけが僕を迎え入れた。 静けさだけならば、あの妖怪の里にも勝るだろう。 ただの静寂の中、僕は指先でそっと鍵置きに家の鍵をかける。
この鍵が錆びたならば。 この鍵が朽ちたならば。 僕はこの現実から抜け出せるのだろうか。
そんな非科学的でどうしようもない妄想に囚われそうになって 錆びるしか末路のない鍵をかける妖怪の事を思いだした。]
(+10) 2013/09/06(Fri) 20時頃
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[部屋の中、居間と呼べる場所には紙切れが二枚置いてある。 一枚は緑を貴重としたそれは現代社会における紙幣の最低単位。 黄熱病の研究者であり、この国の誇る世界的科学者といっても過言ではない人物の映し出された通貨だ。 あの呉服屋で見た碧色にかなう色などではない、皺の寄った千円札。
もう一枚、添えられた紙には手近にあったのだろう赤いボールペンで書き殴られた文字が並ぶ。]
『これで晩ご飯すませてね。』
[その赤は、朱ではなくくれなゐでもない。 煤けた蘇芳がその文字を映し、僕はその紙に触れることさえなかった。]
(+11) 2013/09/06(Fri) 20時頃
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[僕は僕の部屋に戻る。 数日後には通い始める学校の制服は、朱から飛び立つ影のように黒い。 胸元に光る金のボタンは、互い違いの瞳を持つ妖怪の片目にも似ていた。 ポータブルプレイヤーをスピーカーに接続すれば、流れる音楽は機械的音楽。 感情を押し付ける、刹那泡沫の曲とは違う。 時刻は夕方、この頃に咲く花を探しても僕の家にはそれがない。 花がなければ蝶も訪れない、光の蝶は現実世界には存在しない。 月を仰いでもそこに兎が跳ねているわけじゃない。 スマートフォンが『既読』を知らせて震えることもない。
じゃない。 ない。 違う。
そんな言葉の繰り返し。 つまりそれは、僕が紛れもなくあの世界の事を忘れていない証。]
(+12) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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[開けられていないダンボールが部屋に置き去りにされている。 越して来たばかりで、片付けも出来ていなかったのだ。
僕はそのダンボールの閉じられた口を開く。 バリバリとはがれるガムテープの音だけが部屋に響いていた。]
(+13) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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――――。
(+14) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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[不可思議な現象はもう一度、僕を襲った。 なくなった、失った、消えたと思っていたものが。 正しく表記するなれば くれなゐ色の中に一輪咲く夕顔が刺繍された風呂敷、その中に包まれた 捨子花に似た風車。シシ肉の骨。 押し付けられた、返せといわれた、笑う狐面。
僕はそれを見つけて、恐る恐る手を伸ばした。
あの時のように、小さなからくりの箱に収められた表情をする事は叶わない。 僕はただゆっくりとその『不必要』な思い出たちを手にとった。
言葉は、何も出てこなかった。]
(+15) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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[あの写真は、届いたのだろうか。
ただそのことばかりを思い。 けれど、笑うでもなく涙するわけでもなく。
僕は鳥居で話した「雪」という男の張り付いたような微笑や それを削り落とし現れる、感情のこもった無表情を思い出していた。]
(-31) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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[もう暫くすれば、この世界を朱に染めている夕日も西に沈むだろう。 夜がやってきて、また朝がやってくる。 だから。
僕はその風呂敷を抱きしめて、膝を抱えた。
朱色に染まった風車に息を吹きかけて、たった一輪回る音。 それは『 』と言っているようで**]
(+16) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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[それは 『寂しい』 と言っているようで。]
(-32) 2013/09/06(Fri) 20時半頃
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