164 冷たい校舎村3-2
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── 夜:シャワー室 ──
……さあ。 そもそも、この世界に、 「明日」なんて、ないかも……
[ ザザ、ザザ、と、時折水音に遮られながら 張り上げるわけでもなく、平坦な声を発する。]
── なんでも、ない。 明日は、出られるといいね。
[ お先。軽い呟きだけは、 水音の減ったシャワー室に、静かに響いた。*]
(1) 2015/07/10(Fri) 00時頃
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[ それから。 髪を、タオルで乾かして、 ドライヤーを七五三が探すなら、 大真面目な顔と声で、 「女子更衣室にはある」と伝える。
「気にしなくても、多分無人」、とも。]
(2) 2015/07/10(Fri) 00時頃
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[ 着替えたら、教室に戻って、寝袋を拝借して── いや、その前に、一度、昇降口に寄った。
明日なんて、来なければいい。 たくさん、やらなきゃいけないことを逃した今日が、 どうか、終わらなければいい。
開かない扉に、静かな眼で、そう願った。*]
(3) 2015/07/10(Fri) 00時頃
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── 朝:教室 ──
[ 樫樹律の、目覚めは早い。
それはもう、習慣だ。 目を覚まして、一瞬、ここがどこだか考える。
── 柏原の家、だっけ。
違う。硬い床と、身を包む慣れない感触に、 今の状況を、思い出して。
静かに身を起こし、時計を確認する。 午前6時。日付は── 変わっていない。
ああ。表情を変えることもなく、思う。 ああ、願いが、叶ってしまった。*]
(4) 2015/07/10(Fri) 00時頃
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[ きちんと順番に、思考は進む。
朝だから、シャワーを浴びたい。 ここは家じゃないから、母の朝食は用意されていない。 購買は、ない。食堂なら、何か、ある、けど。
ここで、ようやく淀んだ。 ── あれ、食べたくない、な。
また数秒。静かに考える。 ひとまず、物音を立てないよう、教室を抜けだした。*]
(14) 2015/07/10(Fri) 00時半頃
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── 朝 ──
[ 心なしか、窓の外が明るい。
時計を見れば、もう9時に近かった。 叱られるかな、と思う。 個人行動はしない方がいい、って、 誰かが言ってた気がする。志乃さんだっけ。
だけど、この時間になるまで校舎をうろついたおかげで、 いくつか発見もあった。
たとえば、食堂のメニュー。 見覚えのあるものも、 さっぱり理解できないカタカナも入り混じっている。
多分、どれも、ボタン一つで出てくるんだろう。 試してみる気にはなれずに、その場を離れる。]
(16) 2015/07/10(Fri) 00時半頃
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[ 確か、美術準備室に、お菓子がある。
それを思い出した。 3年生の追い出し会だとか、打ち上げだとか、 そういう機会に余った未開封のスナック菓子、 顧問にあずけて、準備室に放り込んで、 みんなで、引っ張りだして、食べたりしてた。
見に行こう。と思った。 廊下を歩き、階段を一階分上る。 緩やかなその動作の間に、チャイムが鳴った。>>#0]
(17) 2015/07/10(Fri) 00時半頃
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[ チャイムは、鳴るんだな。
こみ上げたのは、そんな呑気な考えだけだった。 足を止めて、ぼんやりと、 廊下の隅のスピーカーを見上げる。
── その間に、影がふたつ>>6>>15、 びゅんと通り過ぎていく。 なにか、声が、響いていた。>>6
パチン、と、何かが弾けるような音がして、 きっとその時、ようやく目覚めた。]
(19) 2015/07/10(Fri) 00時半頃
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── あ、
[ 自分よりも小さな背中をふたつ、追いかける。 追いかけっこは、そう長くは続かなかった。
なんで、こんなところに。
そんな疑問、瞬時に吹き飛ぶくらい、 カラフルな世界が、目前に広がる。
そこに溶け込む、小さな背中。>>9]
(20) 2015/07/10(Fri) 00時半頃
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── 現在:3F美術室 ──
[ それに駆け寄るもうひとつの背中>>21が、 姿勢を低くして、髪が、ふわりと揺れた。
それを見ている間、 一体自分は、何を考えていたのだろう。
月詠さん、ごめん。 足を踏み出した時には、そう唱えた。 踏み荒らすよ。許してね。 許さない、って、 本気か分からない口調で言われる気がしたけど。]
(39) 2015/07/10(Fri) 01時半頃
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── 穂積さん、志乃さん。
[ ぺた、ぺた。半乾きの絵の具が、音を立てる。 ねえ、志乃さん、そんな難しい顔して、何してるの。]
志乃さん、髪に絵の具ついてるよ。 髪、傷むよ、女の子なのに。
[ やっぱり、響く自分の声は、とても平坦で、 うわ言のように名を呼ぶ悲痛な声に混じって、 とても、場違いだった。]
(40) 2015/07/10(Fri) 01時半頃
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穂積さん。
[ しゃがみ込む。 少し、顔を覗き込むように、声を上げる。]
引き抜くと、多分、もっと痛い。 このままに、しておいてあげようよ。
── 立てる?
[ 同じ高さから、手を差し伸べる。 じっと、様子を伺うように。
間近のマネキン。 真っ白なカンバスに、また唱えた。 月詠さん、描く場所、間違えてるってば。*]
(41) 2015/07/10(Fri) 01時半頃
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── 回想:教室 ──
[ 読書感想文で、賞を取ったことがある。 適度に子供らしく、適度にまとまった、 万人に好まれることを書くのなら、 そう難しいことではないのだ。
だけど、あの日。
本を読んだ感想って、 こんなにまとまらないものだっただろうか。
読み終わった本と、お礼の小さなお菓子を携えて、 驚くほどに、言葉が出てこない。]
(42) 2015/07/10(Fri) 02時頃
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── 穂積さん、
[ これ、と、ふたつ、差し出して、 まっすぐに目を見たまま、ひとまず言った。]
ありがとう。
[ おもしろかった、と言ってしまうことに、抵抗があった。 そう言ってしまえば、自分の知った、あの感覚が、 なんだかとても陳腐なものに成り下がってしまう。 そんな気がして、仕方がなかった。]
すごく、── なんていうんだろう、 ごめん、うまく言えない、けど。
[ 結局、ちゃんと言葉にならないまま、 一度、息を吸う。もう一度、目を合わせる。]
(43) 2015/07/10(Fri) 02時頃
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本読むのに、 こんなに体力がいるなんて、思ってなかった。 ── 読書、ナメてた。
[ あのさ、と言う。とても図々しいんだけど。]
穂積さん、もし、迷惑じゃなかったら、 また、何か、オススメ、教えてくれない?
[ なんだろう。 あの、身体を芯から揺さぶられるような感覚は、 すごくしんどくて、それでいて、すごく、いい。*]
(44) 2015/07/10(Fri) 02時頃
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── 夜:シャワー室 ──
[ いっそ、その問いかけ>>11が、 水音にかき消されてしまえばよかった。]
……俺が、"ホスト"なら、
[ 違うんだよ、と叫びそうになる。 違うんだ、涼介。おかしいんだ。 俺がこの世界の主なら、何もかも。
それとも、そう思い込んで、 ほかにホストを探して、 あの日をやり直すことこそが、 自分の、ホストの、目的なのだろうか。
なんて、醜い。]
(45) 2015/07/10(Fri) 02時頃
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きっと、この世界は、 ずっと住み続けられるように、なんて、 元から、作られてない。
[ 言ってから、自分でも納得する。 それと同時に、そんなことを言い出す、 彼に、今は、表情も見えない彼に、 どうしようもなく、不安になって、]
── 涼介。
[ 名を呼ぶ。 今度は、水音にも負けませんように、と。]
きっと、明日には帰れるよ。 ……帰ろうな。
[ 念じたくせに、声は、徐々に萎んだ。*]
(46) 2015/07/10(Fri) 02時頃
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── 現在:美術室 ──
よくないよ、志乃さん。
[ 静かな声はやっぱり場違いだけど、 どうでもいいってことはないでしょう。
咎めるような口ぶりで、 少し、偉そうだったかもしれない。
だけど、ひどい顔してるよ、なんて、 葛城志乃に、律は、言えない。]
シャワー、ちゃんと、お湯出るよ。 ……一度、休んだら。
[ ぽつ、ぽつと、声を紡ぐ。 気付きなよ。今の君はおかしい。 そんな具合に。さっき、自分にしたみたいに。]
(62) 2015/07/10(Fri) 14時頃
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[ 「葛城志乃と似ている」 と言われたことがある。 まさか。ちっとも。 多分、そう答えながらも、 律だってうっすら、思い込んでいる。
葛城志乃と樫樹律は似ている。
それって、おそらく、 結構重大な思い違いだ。]
……みんなには、適当に言っとくよ。
[ 休みなよ。ひとりになりたいんじゃない? そういうこともあるよね、って。
そこまでは、律が、自分で考えたこと。*]
(63) 2015/07/10(Fri) 14時頃
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── 現在:3F美術室 ──
[ 返事はなく、ただ、 こぼれ落ちるような言葉が、悲痛に響く。
答えなんて、分かるわけがない。
答えの分からない問いに、 適切な慰めが返せるほどの想像力も、ない。
ただ、聞いてはいたよ。 まっすぐに、視線を逸らさぬまま。
あのさあ、穂積さん。 死ぬより怖い現実があるなら、 ……なんでもない。
途中まで考えて、でも、口を開くことはなかった。]
(81) 2015/07/10(Fri) 20時半頃
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[ ふと、どこかまだふわふわとした視線が、 ようやく交わった>>77ものだから、 おかえり。と呟く。
唐突にも思えるその問いかけは、 なんだか少し、身に覚えがあった。]
── 分からない。 けど、ここが誰の世界でも、 救いたいと、思ってたよ。
[ だけどさ、穂積さん。 死が、救いになることも、あるんだろうか。 俺、それは、知らない。
そして、多分。 これは、口にしちゃいけない問いだ。 代わりに、名を呼ぶ。]
(82) 2015/07/10(Fri) 20時半頃
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穂積さん。
[ 再度、手を伸ばす。]
例え、死ぬより辛い日々が待ってても、 俺は、一緒に、元の世界に帰りたいよ。
そう思うことが、 ホストを苦しめるのかもしれない、けど。
[ 優しくはない。優しさでは、きっとない。 けど、そう願うことも、ダメなのかな。 だとすれば、どうすればいいんだろう。 父さんたちは、この答えも知ってるんだろうか。]
(83) 2015/07/10(Fri) 20時半頃
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[ この世界のほとんどは、 よく考えれば分かることでできているけど、 きっと、いくら考えても答えの出ない問いだって、ある。
その時、抱える気持ちと、 どう折り合いを付ければ良いんだろう。]
── 穂積さん、 帰ろう、って言ったら、手を取ってくれる? 一緒に帰ろう。
[ ひとまずは、教室か、どこか、他の場所へ。
静かな声で、静かな眼で。 立てないなら、歩けないなら、 手を引きたいと思った。
やっぱり、多分。優しさでは、ない。*]
(84) 2015/07/10(Fri) 20時半頃
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── 現在:美術室 ──
それは。
[ まっすぐに投げかけられた言葉に、 数秒、ぽかんと馬鹿みたいな顔をしていたと思う。 すとん、と受け取った言葉が胸に収まって、 気付いたら、ああ、なんだか。 場違いにも、くしゃくしゃに、笑っていた。]
── それは。うん。 それは、帰らなきゃダメだ。 ここは、穂積さんの世界じゃない。
[ どうしよう。不謹慎かもしれない。 だけど、多分、今、俺、 どうしようもなく、嬉しい。 それって、なんだか、すごく、いい。]
(127) 2015/07/10(Fri) 23時頃
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勿論。お手をどうぞ。 それに、教室に戻る前にさ。 ── そんな格好で戻ると、みんな驚くよ。
[ 言葉は自然と咲いて、 支える腕にも迷いはない。
ただ、やっぱり、礼を言われることにだけは、 違うよ、と思う。それは、こっちの台詞だ。 でも、]
── こちらこそ。 あんなに、いいものを教えてくれて、 ありがとう。 ……手を、取ってくれて。
(128) 2015/07/10(Fri) 23時頃
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[ お互いが、素直に受け取ることの大切さ。 そのくらいは、優しい生活の中で、 ちゃんと、学んで生きている。
幸せのための法則。その1。 素直に伝えて、素直に受け取る。
きっと、これさえも、 知らない人は、たくさんいる。 それを日常から学べる幸福。]
(129) 2015/07/10(Fri) 23時頃
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……ホストは、寂しかったのかも、な。
[ ポツン、と呟く。 そうして、顔を上げて、 いつの間にか、そこにいた影>>118に、 じ、と視線を投げかけた。
少し遅れて、もうひとつ、足跡>>125が追いつく。]
(131) 2015/07/10(Fri) 23時頃
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── ゆずる、郁。
[ 名を呼んで、息をつく。 ふたりが足を踏み入れる前に、間に合えばいい。]
絵の具塗りたて注意。 ── って感じだから、気を付けて。
あれ、月詠さんだ。
[ あとで教室に戻る、とも告げる。 まず保健室で着替えを調達するべきかなあ、とか。 そういうことを考えながら、腕は、離さない。]
(132) 2015/07/10(Fri) 23時頃
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── 回想:教室 ──
[ その反応を、予測していなかった。]
──……そう、かな?
[ ちゃんと、言葉にできないことに、 辿々しい、曖昧な表現に尽きてしまうことに、 申し訳なさなら、感じていた。
だけど、たまらなくて、 拙くても、伝えずにはいられない、って。 ただ、それだけだった。
から、その勢いに、呆気にとられる。 怒らせたわけじゃないんだ、って、 その笑顔に、疑う余地はなくて、 そして、つられるように、顔を綻ばせた。]
(137) 2015/07/10(Fri) 23時半頃
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ありがとう。 図々しいけど、ぜひ、読みたい。 ── すごく、嬉しい。
[ すごく、嬉しい。 そう言ったのは、自分のはずなのに、 満面の笑みを浮かべる穂積に、 なんだか、表情が、崩れてしまいそうで。 無性に、込み上げる気持ちは。
下手な喩えを使えば、 昨夜の感覚と、少し似ていた。*]
(138) 2015/07/10(Fri) 23時半頃
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