167 ― さいごの手紙 ―
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[あの星が近付いている影響だろうか。 いつもは海へと流れるはずの河が、 今は上流へと流れてゆく。
まだ前進できるほどの流れだが、 流れの勢いが増せば増すほど、こちらの前進は難しくなる。]
進めるうちにっ 進んでおかないと……なッ!!
[毎日船を漕いでいたとはいえ、 街中の河は流れもゆるやかで、遡上するのにこれほど骨は折れなかった。
腕が、背中が、腹が……全身に疲労を感じる。 けれど、やめようという気にはならない。]
(+0) 2015/09/04(Fri) 21時半頃
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[男は今、暮らしていた街の、となりの町にいた。
倒したモップも、こぼれたゴミも全部片付けて それから、自室も綺麗に掃除してから歩き出したから 結局は、星が輝きだしてから出発することとなった。
バッグに沢山の捨てられないものを詰めて ポケットに封のきられていない手紙を詰めて ゆっくりと、空を見上げながら歩き出したのだ]
(+1) 2015/09/04(Fri) 22時半頃
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[青年はどれだけの時間、前へと進んだだろう。
海へと近付いて星が大きく見えるのか、 星の方がこちらへ近付いて、大きく見てるのか。
今がどの時間帯なのか 進んでいるのか、停滞しているのか、
押し戻されているのか。
朦朧とする視界の中、全てが考えられなくなっていた。
風の音も、水の音も、 自身の呼気の音も、足場の軋む音も全てが遮断され、
ただ、より近くへと在ろうと、 無我夢中で船を漕いでいた。]
(+2) 2015/09/04(Fri) 22時半頃
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[空は青々と輝く。 あの光を隠して全てを無かった風な顔をするような、 甘っちょろい雲は、どこにも見えなかった。
それでも翁は時折、それを仰ぎ見る。 近付く定めと見つめ合う]
………はぁ。 遠ェがね、みなもとは。
[昇れば昇るほど、川沿いの岩たちは鋭さと大きさを増し 丸一日歩いていた筈だが、振り返ってみればまだ 自分の知る風景の形がまだまだ目視できる距離にある。
腰を落として、手頃な岩に座り込む。 魚箱を下ろして蓋を開き、その中から本を取り出した。 丁寧にカバーのかけられた、新品の、一冊。
開いてから、気付いた。 栞の先にはもう、あと数ページしか残っていなかったこと]
(+3) 2015/09/04(Fri) 22時半頃
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[星から目を逸らし、 岸を見れば展望台が見えただろうが、その余裕はもうない。
しかし、 旧友と同じ名前の男が教えてくれたあの場所へと、
確かにたどり着いていた。]
(+4) 2015/09/04(Fri) 22時半頃
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…俺ぁ本ば読めるにんげんだったのだなぁ。
[一人の行軍。 休み休みの手慰みに読み進めていたそれが 不思議とすいすい読めたのは、状況のせいだろうか。 それとも、読めないと思い込んでいただけで 実際は読書人の才覚があったのか。 はたまた、彼の筆遣いの洗練されたことだったか。
––––終わりの始まりのあの日、私は何を思って…]
綺麗だったものなぁ。
[もう一度、空を仰ぐ。 執拗に、何度も、何度も、空を仰ぎみる]
(+5) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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あ。
[読み終えてから、気付いた]
……上巻だったんが、これ。
[名前を見て、そのままの流れで会計に持ち込んで。 そのまま熟練の書店員の–––シャッター通りの中で店を開いていた奇特な––––手によって 迅速に包まれてしまっていたから、見逃していた。
下巻は、もしかしたら買いそびれていたのだろうか。 今から道を戻ろうにも遅い。
だがこれはこれで、良い気がした]
(+6) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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こん男のいのちは、まだ続いていくんがね。
[フィクションの中の世界でも、『先』を感じられるなら。 例え孤独な、たったひとりのにんげんでも。
現状を思う。 ひょっとしたら真逆なのだろうか、なんて笑った。 光の先はきっと存在せず、それでも世界にはまだ 同じ空気を飲んでいるものたちが、居るのだなんて。]
……ッと、とと…
[不意にくるぶしを、冷えた感触が撫でる。 ああ、潮が追い付いてきたのか。 肩を竦めて立ち上がって、岩の上へ登りあがり、
もう一度、空を眺めて。 何分間か、眺めて。 ひとつ、深呼吸して。 先へと急ぐ。]
(+7) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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[空を見上げていたからだろうか。 男めがけて、まっすぐに飛んでくる紙飛行機を 手を伸ばして、受け取ることが出来た。 羽よりも軽いんじゃないか、と感じるくらいの 儚い存在感。
開く前から、奇跡の続きだと、もはや掃除を生業としない、ただの男にもわかった。そして、開いて]
(+8) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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っあぁ!!!
[もう限界だった。
海へと少し出たところで、潮流によって、 青年の手から櫂が攫われていった。
揺さぶられる船の上、 足元に置いてあったほとんど使われることのなかった、 父の遺品、……猟銃へと手を伸ばす。
疲労によってガタガタというこをきかない手で弾を詰め、 狙いが定まらないまま、大きな星へと――。]
(+9) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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[返事を待たずに、糸をつむがずに 衝動だけで空に放った、水色を思い出す。
月が雲に隠れ、紙飛行機の文字は見えなくなった。
朝が来たら、返事を書こう。 それに適したベンチがあることを、奇跡を、祈る]
(+10) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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………やぁっぱ
はぁー 無理だよなーーーハハハッ
[分かっていた。 何の意味もなさないことを。
船の上で仰向けに倒れこみ、 届かなかった星へと左手を伸ばすが、
――握った拳の中身は空っぽ。]
(+11) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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[夜。すれ違う人はいない。
皆、息を潜め、星に見つからないようにしているのだろう。
話し声も、ラヂオの声も聞こえない。 虫の声と、風の音だけ。 雲が晴れ、月が顔を出す]
(+12) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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[しばし星を眺め、身じろぎをした時に何かを蹴ってしまい、 コトンと硬い音がした。
荒れる船上で、それはとうに倒れていたが、 ゴロゴロと転がる音に気付いたのはこの時が初めて。
頭の方へと転がってくるそれを捕まえ、 力の入らない手でようやく封を開けた。
中身を取り出して握り、星へと掲げる。 それから、手を口へと寄せて、
―――夜空の落し物を呑み込んだ。]
(+13) 2015/09/04(Fri) 23時頃
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平和、だなぁ
[誰もいない夜。 ひとりぼっちの夜。 背景に溶け込む掃除夫は、誰の耳にも届かない声を零す]
(+14) 2015/09/04(Fri) 23時半頃
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