218 あした、ぼくはきみになる
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[……昔のあたしは、おばあちゃんっ子だった。 共働きで夜遅くまで帰って来ない両親よりも、 一時期は、祖母の方がよっぽど馴染み深かった。 隣とはいえ、住んでる所は違ったのに、だよ?
『ケイちゃんは可愛いねえ』
あのひとはいつも、そう言って笑ってた。 真っ赤なランドセルをがちゃがちゃ鳴らして、 おばあちゃん家に一時帰宅したら、 そこには30色の色鉛筆セット。
…家のものはせいぜい12色がいいとこ。 色鉛筆なんて、そうそう買える歳じゃないし。 だから好きな色を目一杯使って描けるのも、 ちいさなあたしの、放課後の楽しみだった。]
(!0) 2017/06/08(Thu) 07時半頃
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── 翌朝・自宅 ──
[ ──── 目が覚める。
なんだか、懐かしい夢を見た気がする。 昨日は考え事して寝つきが悪かったから、
眠い目をこすって、学校へ。 …明日は授業は休みだから、頑張ろう。]
(!1) 2017/06/08(Thu) 07時半頃
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── 学校・グラウンド ──
( ぽよりちょう…ぽよりちょう? どっかで聞いたような…… )
[歯に食べ物が引っかかったみたいな、 思い出せそうで思い出せないじれったさ。
とはいえ、考え事はタイムに出る。 いくら大会の選手じゃないとはいえ、 むやみにサボるもんじゃないよね。 少しひんやりとした空気の中、 かぶりを振って、クラウチングスタートの体勢。]
(!2) 2017/06/08(Thu) 07時半頃
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[今日の一時間目は生物だから、 担当のピーマンコロッケに訊いてみようかな。 あの人は授業の頭に雑談が入るから、 多分怒られないような気がするし。 …時事ネタなんかにも、そこそこ詳しいはず。
そう決めてしまえば、あとは棚にしまうだけ。
掛け声とともに ─────、走る。]**
(!3) 2017/06/08(Thu) 08時頃
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[ 震える手が頁を捲る 安心と日常を求めて、冷静になりたくて
けれどそこにあったのは 知らない文字、知らない一日。>>2:191 >>2:192 知らない誰かからの、アドバイス>>2:!250 ]
(!4) 2017/06/08(Thu) 08時頃
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っ、は……
[ 息が漏れる。 微かに持ち上がる口の両端 歪に作られる、笑み。 ]
マジ、かよ。
[ 二重人格になった。 或いは、そう 父親が勝手に部屋に親戚の子を入れた 彼女は部屋を漁り、日記に目をつける 悪戯に俺を驚かせる内容を綴り帰る。
そう考えたほうがまだ納得出来るだろう。 ]
(!5) 2017/06/08(Thu) 08時頃
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[ だけど、 ]
入れ替わり…………?
[ 呟いた一言は夢見がち、だろうか。 仕方ないじゃないか。 あんたの、見知らぬ誰かの行動が 水戸部祥子だった時の俺にそっくりなんだから。 ]
(!6) 2017/06/08(Thu) 08時頃
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[ 俺は昨日の俺を知らない。 何を話し、 何をして、 何を考え生きていたのか。
やがて心配した父親が 部屋にやって来るなんてことも。 ただ今は呆然としているだけ。 ]*
(!7) 2017/06/08(Thu) 08時頃
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[ どれくらいそうしていたのか 朝はやることが多いから早いし、 遅刻する時間には遠かった筈。
目覚し時計の音も響かない 猫がこちらを警戒していることもない 時折聞こえる車が通る音以外、静かなものだった。 だからすぐに気付いたよ。 ]
…………あんた、 なんでこんな時間に起きてんの。
[ 目が覚めてたってアトリエの中だろ。 ノックもせずに入って来やがって。 そんなに…………いや、それはいい。 ]
(!8) 2017/06/08(Thu) 08時半頃
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おい、“親父”
昨日の俺のこと、全部話せ。
[ 振り返らないままそう言葉を投げる 奴の知る息子そのものの言い方で。
落ち着いたよ。分かったさ。 そんな悪戯する年代の子供、親戚にいないって。 明野の下の名前をそいつが知る筈もないって。
今日は弁当は作れないな。 ]**
(!9) 2017/06/08(Thu) 08時半頃
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[ 次の日、目が覚めた俺は。 共に食卓を囲む、父さんたちに聞いたんだ。 ]
浦美里町って、どんな町? 随分と田舎らしいけど
[ ってさ。 ]
[ そしたら、何だろうね。 父さんたちは、目を丸くしていたよ。
『 お前、ニュースとかあまり見ないからな。 』 『W浦美里町Wはね……─── 』
少しだけ、ワクワクしながら、話を聞いていた。 聞こうと、していたんだ。 なのに……。 ]
(!10) 2017/06/08(Thu) 11時頃
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───…… は ? なに、それ 何かの冗談?
[ 口元が引きつる。 親からしてみたら、なに言ってんだって、 知らない町のことだろうって、思うかもね。
でも、でもさぁ 浦美里町の みとべ しょうこ 。 父さんたちの話が本当なら、3年前に 彼女は 死んでいるっていうこと?
入れ替わりだけじゃなくて、 タイムスリップまで、していたってこと? ぐるぐる、頭がいっぱいになってくる。
じっとなんか、していられなくて、 弁当と鞄だけをひっつかんで、家を飛び出した。 ]
(!11) 2017/06/08(Thu) 11時頃
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[ 身だしなみ……? そんなの、気にしてられないよ。 ]
(!12) 2017/06/08(Thu) 11時頃
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[ 今日の朝練は、自主的なお休み。 高い高いビル群の中を キラキラとした店の前を。
昨日、君と歩いた街を。 俺は、1人で歩く
あんなに、楽しい街だったのに。 今日は、味気なく 無機質で、 ちっとも、すごい街に見えなかったんだ。
教室に着いたのは、チャイムが鳴る ほんの少し前。 焦るわけでもなく、髪を整えるわけでもなく。 ネクタイだって、ぶらぶらしてはいないけど、 少しだけ曲がったまま。 ぼんやり と、席に着く。 ]
(!13) 2017/06/08(Thu) 11時頃
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[ 3年前の隕石。 浦美里町 港付近。甚大な被害
生存者は、 殆どいなかったらしい。
今だけは、思ったよ。 その事実も、全部全部ひっくるめて。 彼女に会ったことも、全部。 夢だったらって。
ぐしゃり 落ち着かない気持ちが、 髪を乱す手に、現れる。 ]**
(!14) 2017/06/08(Thu) 11時頃
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─── 金曜日の朝 ───
[ あたしの朝は、いつも早い。 けど、今日は街を散策すんのはやめて、 朝から台所に立って向き合っとった。
バランを合間に挟みながら、 きんぴら、ひじき、からあげ、オムレツ。 あとは、彩りに枝豆とミニトマトを乗せる。 俵型のおにぎりと、いちごは別添え。 ( おにぎりの具は、かりっとした梅な! )
ふふん、と、腕を組んでしたり顔。 並ぶ4つの弁当箱に同じように詰める。 ]
(!15) 2017/06/08(Thu) 14時半頃
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[ 父ちゃん、あたし、しょうこちゃん、そんで、 ]
──── … あ、拓人、 あんたの弁当も作っといたよ。 きょう、お弁当の日やろ?
[ 寝起きの弟に声をかけるけど、 …… 肝心のあのこは、こちらを見てくれん。
『 ババくさい弁当なんかいらん。 』
って、一言告げたなら、 さっさと引っ込んでしまうもんやから、 あたしは、悲しい気持ちになっとるわ。 確かに、母ちゃんの作るキャラ弁のが、 何倍も、かわええもんな!おこや、おこ。 ]
(!16) 2017/06/08(Thu) 14時半頃
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[ ぷすぷすと、不満は残りながらも、 いつものように制服に腕を通して、 ふたつ、お弁当箱を持って通学路をゆく。 いつもより、ぎりぎりの時間やから、 寄り道せんと、真っ直ぐ向かう。
学校に着いたなら、グラウンドで走る、 慧ちゃんの姿は見えたやろか?>>!3 もう、終わり頃やったかもしれんなあ。 ]
おはようさん、 ええ天気ですねぇ。
[ すれ違うひとたちに、挨拶する。 ]
(!17) 2017/06/08(Thu) 14時半頃
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[ シュシュもしとらんし、化粧も薄い。 髪ももちろん染めとらんくて綺麗やし、 お肌は確かに、まだまだ若者やけど、 おばあちゃん≠フように、 降り注ぐ陽射しに、瞳を薄めようかねえ。 秘密の冒険に飛び出してゆく、 こども≠フような心を持って、 昨日あった現実をこの目の前でもう一度。
まだ、あたしは何も知らんかったんや。 好奇心≠ノ任せたまんま。 ]*
(!18) 2017/06/08(Thu) 14時半頃
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[ 長い間の病院暮らしで、 箱ん中に入れられとった あたしの世界を広げてくれたんは、 腕の中に収まる、紙の束やった。
それは、色んな物語を描いてくれて、 それは、色んな表現を描いてくれて、 それは、色んな景色を描いてくれて、 それは、色んな音楽を描いてくれて、
あたしの白が基調の世界を彩ってくれた。 好きなことや、趣味ではなくて、 あたしの生活の一部になっとったんかもしれん。 ]
(!19) 2017/06/08(Thu) 15時半頃
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[ そんな慣れ親しんだ、物語の中のお話。 憧れの、世界のお話のことや。 わざわざ、遠いとこに行かんくてもええ。 向こうから、こっちにきてくれた。
夢やったら、どうしよう? びっくりどっきりやったら? 今日は、せんせのとこ行って、 相談する余裕もなかったんかもしれんなあ。
手に汗を握りながら教室の扉を開ける。 そんでもって、いつもと同じに、 みんなに挨拶をしながら、 自分の席へと向かおうか。 ]*
(!20) 2017/06/08(Thu) 15時半頃
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[ 現在、学校で。 突き刺さる視線を全て無視して自分の席に座っている。
結論から言えば父親の話と日記に何の矛盾も無い。 恐ろしいくらいに繋がっていた。 腹を括り全て話した。 知らない町のこと、 知らない女と入れ替わっていたこと。
昨日の今日でこれじゃ普通は正気を疑うだろう。 しかしこの親戚の悩みの種である奇人は
「実はそんな気がしてたんだ。」
いつも通り腹立つくらい呑気に笑うから、 本気か冗談か分からなかった。 けれど、俺も 「実はそう言われる気がしてた。」 ]
(!21) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 父親のことは問題無い。 だけど一つだけ未解決のまま 家を出てきてしまったこと。
町の名前を教えた時、 顎に手を添えて少し考えた後。 あの人はこう言った。 聞いたことがあるような……、と 結局思い出してはくれなかったんだが。 ニュース、だろうか?
時間がある時に調べるか。なんて
ちっとも深刻に考えられていなかった。 ]
(!22) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 教師にもあれこれ聞かれた。 水戸部祥子……?は随分やってくれたらしい。 勝手に明野とも知り合いになっているし。 日記を読む限り赤点まで作りやがった。 面倒が沢山生まれている。 きっと、まだ知らないところでも。 ]
夢でも見てたんじゃね 煙草が駄目だからって酒に溺れんなよ。
[ 心中穏やかでないことをひた隠し いつも通りの敬う心の欠片も見当たらない態度で 堂々と言い放ってやった。 言い訳出来るレベルを越えてんだよ。 昨日のこっちも大概だったけどな。 ]
(!23) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 超常現象に見舞われて授業に関心は向かない むしろ、元から割とどうでもいい。
黒板を写す気も皆無で白紙を睨む。 描けなくなってから、何度かそうしたことがある
ふ、と思い出したのは どこぞの勝手に人の悩みを覗き見た輩のアドバイス ”目を瞑って絵を描いてみるのはどうでしょう?“
何言ってんだ、そう思った。 そんなことをしても前衛的芸術が完成するだけ。
だけど、まあ。……やってみてもいいかと思う。 わざわざ聞いてもないのに答えてくれたし? ]
(!24) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 多分、水戸部祥子の意図とは違っていた。 だけど、アドバイスに従い瞼を下ろして その後、驚いた。
こんなこと言ったら笑われそうだけれど 俺には暗闇じゃなくてあの風景が 田舎町が見えたんだよ。
自然と思った。 描きたい、って。 ]
[ あの家を ]
[ あの商店街を ]
[ あの学校を ]
[ あの裏山を ]
[ 水戸部祥子が生きる世界を ]
(!25) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 記憶にある風景を白の上に再現していく 何枚も、何枚も。 夢中だった。 まるで昔に戻ったみたいに、少しも惑わずに。 教師に咎められても目が離れればすぐに続きを。 イヤホンなんて無くても何も気にならない。 どこかの誰かにならなくても描ける。 “スランプ”という重くのしかかる言葉は この間、頭からすっかり消えていた。 ]**
(!26) 2017/06/08(Thu) 16時頃
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[ 肝心のあのこは、>>!21 既に自分の席に座っとるんが見えた。 周囲からの熱烈な視線を諸共せずに、 ただ、静かに座っとった。 ]
流くん、おはようさん。 …… クールでイケてるメン、 上手にできとるんやない?
[ 顔をしっかりと合わせんと、 あたしは椅子を引きながら 後ろのあなたに言葉をかける。 ]
(!27) 2017/06/08(Thu) 16時半頃
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[ …… けど、こんときは、 さらなる違和感に気付けんかったらしい。 あたしは、彼の机の上に、 ぽんとお弁当箱の包みを乗せて。 ]
ほら、約束の品。
[ そうして、あたしは机に向かう。 後ろで白紙が、彩られてゆく様は、 まだ、気付いとらんかった。 ]**
(!28) 2017/06/08(Thu) 16時半頃
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[ 不快極まりない熱烈さの中に一つの日常 いつもの調子で俺を呼ぶ入部の声>>!27 本人には絶対言わないけれど、さ 少し安心したわけだ。
でもそんな心地はすぐ失せる。 ]
はあ……?
[ おい、また続きをやるのかよ。 “俺”と入部が一昨日(そう認めなければならない) ガキみたいになっていたやり取り 真っ先に浮かんだのはそれだった。
低く潜めた声が抗議の色を含む。 言葉を伝えない反応は きっとどうとも捉えることが出来た。 ]
(!29) 2017/06/08(Thu) 20時頃
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