[ その日暮しにもすっかり慣れた頃のこと。……街角で見慣れない顔を見かけた。
元々人間の顔や名前を覚えるのはひどく苦手であったし、間違えて怒りを買うことも常であったので、特に気にはしなかった。――鴉のような男だな、と抱いた印象もじきに頭から消えた。
――…負けた。
その夜、頭を占めたのは、過ぎた人間の顔よりも目の前にある博打の結果であった。
行き付けの酒場を切り盛りする店主が溜まったツケを払え払えと喧しいので、ならばと賭けを提案した。負ける要素はなかったし、また、そのつもりも無かった。
しかし。――負けたら溜まったツケを全部払う。だなんて思ってもいないことを言って見せて、負けた。
その結果の確たるや、「支払いはそこの彼に」と居合わせたらしい見かけた顔へ支払いを押し付けて、
逃げることにしたのだった。]
(-162) 2014/11/07(Fri) 20時頃