[――記憶を失ってから。
かつての自分の感覚を取り戻すための行為として、まず、自分の部屋に置いてある私物を隅から隅まで確認した。
本棚の中、漫画やスポーツに関する雑誌に埋もれるようにして、たった一冊だけ佇んでいたのがこの『舞姫』だった。
他と比べて、明らかに毛色の違うそれが、どうしても不思議だった。
中学生の俺は、どうしてこれを持っていたのだろう。
家族に聞いても首を傾げるばかりで。
だから、この『舞姫』が何を示すのか、それを知りたかったがために、いつも持ち歩き、時間が空いた時に読むようにしていた。
時々、読書家の水瀬に、話の解説を頼んだこともあった。
内容自体は短編であるためすっかり暗記してしまったが、数年経った今でもまだ分からない。
だからきっと、話の内容そのものに意味はないのだろう――そう思おうとしていた。**]
(395) 2015/06/19(Fri) 23時半頃