[歌を聴く機会はほぼ無い。
耳に届く事はあっても意識的に聞く事は無かった――否、あったか?
故郷の歌を歌う幼い姉の姿がぼんやりと頭の中に浮かぶ。そう言えば、あの人は歌う事も好きだったか。
いつだったか、響く雷が怖くて眠れなかった幼い自分に子守唄を歌ってくれた事もあった。
――……こんな記憶もあったのか。
暫くして歌が途切れると、自分が半ばまどろんでいた事に気付く。
少し動くような衣擦れ音の後に小さな足音と離れる気配。気付かれないようにそっと扉の隙間から覗けば、目立つ三角の『耳』が目に付いた。ああ、彼女だったのか、と思うと同時に確かに『らしい』とも。
本当に猫のような少女だ。
胸の内が凪いでいるのは雨足が緩まっただけではないだろう。ほんの少しの感謝を小さな背中に向けた後、名残を惜しみながらそっと鍵をかけて私室に戻れば、身支度の後に床へ就いた。
――悪夢は、見なかった]
―5月2日午前3時頃 終了―
(303) 2013/07/22(Mon) 10時頃