[わざと財布を盗ませるには、自身の振舞に隙が足りない自覚はあった。スラックスから覗くそれは、デコイというより安全策の方が大きい。
大切な、決して失くすわけにいかぬ財布を守るための。
空が徐々に茜色に染まりゆく時間。
小学生ほどの背丈の子が、興奮さめやらずといった調子で両親に語り聞かせる声は、耳を欹てなくともよく響く。どうやら昼間に人形劇の無料公演を観に行ったらしい。>>37
身振り手振りも添えて、動物を表現する様は何とも微笑ましい。特に夏休みの期間中、こどもの世話を仰せつかる際に必ず一度は連れていくのが『ゼロイチ』の公演だ。夜は有料とあって昼とはまた趣が変わる。
生憎と、自身の双眸と意識は舞台ではなく、はしゃぐ子らに向いているから、内容についてはパンフレットからの把握となるが、キラキラと瞳を輝かせる姿だけでも、それがどれだけこどもたちの心に寄り添う、素晴らしい作品であったか十分に知れた。
──昼間、セイルズが語った通り。>>225
空を仰がずとも、観られる星を私は知っている。]
(269) 2019/07/27(Sat) 21時頃