[そうやって一度しがみついたら、ひとりきりの夜を、仕方ないと諦める方法を忘れてしまった。
夜の静けさに耐えがたくなるたびに、足は彼女のアパートへ向かう。
辻褄の合わない夢の中にいるみたいで、ひどく現実味がなかった。
だから秋野の毎日は、あの冬の日からもう殆ど、どこか醒めない夢のようだった。
少しずつ薄れていく"母"の顔は、もう随分と朧ろだ。
代わりに、"彼女"の顔で、どんどん上書きされていく。
血の繋がりで結ばれた母子の関係なんて、"かみさまの言葉"の前には、何の役にも立たない。
世間的には何より確かで強固なものだったとしても、ほら、こんなにも不確かだ。
こうやって振り切られて、みっともなく縋りついてみて、気付くことがひとつだけある。
あの頃、母らしいことを、殆どしない人だったけれど、──母であろうとは、していたのかもしれなかった。
そんなことを、失ってから初めて、思った。**]
(207) 2015/06/25(Thu) 11時半頃