―回想・文化祭、前日―
[いつの間に、こんなに老け込んでいたのだろう。窪んだ眼で自分の前に立つ母に、しずくはぞっとした。
無理心中。まさか自分の母が、それをするとは思っていなかった。原因はご近所さんからの嫌がらせ。兄としずくが仲睦まじすぎるのを見て、あることないこと、色々噂した挙句に、母に嫌がらせをしていたらしい。あることないことは、結局事実だった訳だけれど、母はしずくたちを守るために、精一杯頑張ってくれた。だから、私と兄は何も知らなかった。
いや、それは嘘だ。兄もしずくも、ただ”気付かなかった”のだ。他の事に、夢中すぎて。
泣きながら、ごめんねと包丁を振りかざした母を前に、しずくは一歩も動けなかった。
どうしても、助けても、やめても、言葉が一つも出てこない。ただ狩られるのを待つ、獲物のように。]
(163) 2015/06/25(Thu) 00時半頃