―回想:いつかの音楽室―
[普段ピアノを弾くのは自宅でありレッスンの教室であるのだが、月に何度かは音楽室のピアノを拝借することがあった。
早瀬にとってしてみれば、音程も正確とは言えず、打鍵感も自分が普段弾いているものとは大分異なるが、それでも構わなかった。
その時その時、自分の指が弾きたい曲を、衝動のままに弾く。
フレデリック・ショパンの『別れの曲』。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの『月光』。
フランツ・リストの『ラ・カンパネラ』。
他にも、あまり一般には知られない曲を選ぶことも。何を選ぶかは自分でも決めずに――手が動きたいように、弾かせる。
彼がこうするのは決まって、彼に悩みがあるとき。腕に曲を選ばせるという行為は、彼にとっては1枚のタロットカードを曝け出す行為に近い。
そして最近その音に変化があることに、少なくとも自分は気づいていた。日を追うごとに少しずつ、荒く哀しいものへと変容していく様に。
そして彼は気づいていなかったが、音楽室のピアノを拝借する日の割合は、時を追うごとに微妙に増えている。
……それを聞く者>>144が居るとは知らなかったが、あるいは彼もその変化に気づいただろうか*]
(151) 2015/03/29(Sun) 22時半頃