──回想:高1・初夏──
「なあ、帆北のこと、知ってる?帆北健五郎。
あいつ、記憶喪失なんだって。すごくねぇ?」
[1年の頃、今となっては名前もろくに覚えていない男子生徒が、興奮気味に耳打ちしてきたのを覚えている。
何がすごいのかよく分からなくて、秋野は曖昧な顔でその生徒を見る。
帆北と同じ中学だった者から聞いたのだと、彼は言った。
ああ、ほら、あいつだよ。
そう指し示された先に、大柄な体躯の男子生徒がいた。
スポーツとか、似合いそう。そんな感想を抱く。
「記憶喪失のヤツなんて初めて見た」と、物珍しさからか、男子生徒は尚も興奮気味にしている。
記憶喪失だなんていうけれど、そうやって眺めている分には他の生徒と何が違うのか分からなくて、彼が"すごい"のかどうかも、秋野にはよく分からなかった。
だから、特に気にすることはなくて。
結局、秋野自身が、帆北健五郎ときちんと関わったのは、3年になり、彼とクラスメイトになってからだった*]
(137) 2015/06/20(Sat) 23時頃