─ ヴェスパタインの離宮 森 ─
[男を乗せた馬車がヴェスパタインの離宮、狩猟のための森に差し掛かる。
無意識に手袋をはめた義手の硬い指先が、窓枠をなぞる。
翳る日差し、鬱蒼とした木々の奥、暗い──その場所を目にして、思い出す事は。弟が死んだあの日、命が危うかったのは、ヴェスパタイン第二王子その人だったと言う事。
彼を恨む者は多いだろう。狩猟中に事故死が起きると言う不幸は、然程珍しい事でもない。猟銃の暴発、獣と「間違えての」銃や弓の誤射。]
……、…… ふ。
王子は、笑っていた、な。
私の弟が目の前で、死んだのを見て──。
おのれの身代わりに誰が死んでも気に留める事も無い。
おのれを慕う者であっても。
寧ろ、その死が愉快であると。
[暗い想いに耽る。
同じく猟に参加していた男自身、あの日の鳥肌が立つような緊張感、死を孕む空気を明瞭に記憶している。記憶が甦ると同時、今はすでにない左の手首から先が疼くような感覚を覚え、従者が差し出すアルコールを、一度口に運んだ。]
(131) 2011/02/03(Thu) 01時頃