[朝にも夜にも強いから変則的な勤務は苦ではない。
車両基地の硬い仮眠ベッドも然程気にならない。
寧ろ、朝霧を切り裂く進行とがらんとした回送列車は好ましさすら覚える。最初と最後だけ見られる非日常的な特別感は車両だけではなく、乗客にも同じことが言えた。
始発を包む微睡む空気と終電にて意識を刈り取られた人々。――― 妙に微笑ましく感じるのは、己が揺り籠を揺らす側であるからか。
ともあれ。拳を己の腰裏に宛がい上体を折り曲げて、白手袋でトントンと客の肩を叩くのは慣れた仕草。>>93
「お客様、いつも下車される停留所ですよ」と坂の上から通う彼に言葉を添えるのは、睡魔と疲労に苛まれる身を終点まで連れ去る非道を犯しがたい為だ。
彼の取材を受けたことがある身としては変則勤務に共感と理解があり、本当は寝かしていてやりたい気持ちが強い。>>94
だが、終電の終点は車両基地の一つ手前。
即ち、港の倉庫街だ。いくらなんでも良心が痛む。]
(115) 2019/07/26(Fri) 22時半頃