[さぁ、記憶に蓋をしよう。
軍議室には王に絶対忠誠を誓う宰相殿の一人娘である妻もいる。
彼女の目があるからこそ、己は更に嘘を身に纏わねばならない。
幼ない頃から王に対する絶対忠誠の教育を受けた女性と、簒奪者と祭り上げられた青年に膝をつき仕えることを夢見た自分。
皮肉めいた縁ではあるが、それでも彼女に対して憎からず思っているのは事実だ。
弓の腕を、剣の腕を少年の頃から切磋琢磨していた間柄。
2人に読み聞かせる物語のネタの底が尽きたと相談をすれば、遠い西の大陸の物語を勧めてくれたのも彼女だ。
狼の耳や尻尾、牙を持つ呪いを受けた金色の人狼の女の物語。
物語の結末は思い出せずにいたが、獣人という幻想的なキーワードに読み聞かせる者のほうが夢中になったなんて思い出があるくらいだ]
──ああ、また。
[そこまで思い返し、男は足を止め表情を静かに緩めた。
唇に浮かべる笑みは苦い]
(75) 2014/07/09(Wed) 01時頃