―5月6日午前11時、町会議所前―
[運が良かったとしか言いようがない。捉えられた少女は不運とも言えたが…その事実に思いを巡らせる事は意図的に避けた。
トレイルは重要監視対象として機動隊員が随時尾行を続けるのみにはなったが、恐らく明日他の感染者が現れなければ処刑台に登る事は避けられそうにない。
彼の自由に動ける時間は少ない――順番が少し入れ替わっただけなのだ。
ナユタの望みをトレイルは叶えてくれるだろうと…一方的に近いその願いを。
報いることが出来ない悔しさに握りこんだ指先を、爪が深々と掌に痕を残すほどに強く力を込める。
多くを望みすぎれば結局は失うと理解してもいた。――それに彼もそれを望まないだろう――勝手ながらそう思う。
もう後ろは向かないと誓った。人々の命の上に成り立つ生は、きっと永らえる事が難しいだろう…それでもこの手で掴み取れるだけの僅かな未来に賭けて――言葉にならない呟きを口に乗せた]
(55) 2013/07/30(Tue) 01時頃