[逸らす事ができない、乾いた双眸を、フードの中にまで吹き込んだ雫に浅く瞬かせ、蒼白になった顔を漸く逸らして、その場をのろりと歩み出した。できる限り、自然に。逃げ出してはいけない、走りだし、叫び、喚き散らしてこの胸を掻き毟って喉を裂き股を抉り脚を踏み千切りたくとも決して、決してそうしてはいけないのだ。
ある一人暮らしの、下請け仕事の貧しい男が、ここ数年断っていた筈の酒をどこからか多量に入手し飲酒後、雨の野外を出歩いた末にある人気の無いビルの屋上から転落死した出来事は、ごく小さな記事となっただけで。後ろ盾もなく厄介者であった彼の死は、表向きには事故死として処理された…筈だ。
一人息子の名は、参考資料に刻まれていたのみ。不思議なほど──3年前、街に戻ったその後に、嘗てとは見た目も振る舞いも全く変えた己にすぐに気付く者は、…己の罪に気付いてくれる者は、ついにこの日まで現れはしなかった。
ずっと変わりたかった。──変われたと、そう思っていたのだ]
─回想終了─
(49) 2013/07/25(Thu) 20時半頃