─回想/4年前、ある雨の日─
[終わったのだ。これで、終わったのだ。
ただ、淡と胸中で呟きを落としてみせて、しかしその言葉の意味が自身の内には響く事すらしない事実に、力が入らない指をどこか茫然と垂らしていた。
──人が、集まり出している。野次馬の輪に紛れ、被ったフードを少し引っ張るために漸く腕をのろりと動かした。
俺はこの場にはいない。存在しない人物。──この街には、もう10年帰っていない、ただの目立たぬ一人の男。あの日街を飛び出した、父への恐怖と憎悪以外を持たない少年ではない…いま、ほんとうの意味で解放された筈の、たったひとりの男なのだ。
この為に帰らなかった。この一瞬の為だけに、自身が忘れ去られる年月を待った。
野次馬達が輪状に囲んだ中央、首が妙な方向に曲がった男が、降りしきる雨に打たれて横たわっていた。嘗ては『父』などと呼ばされた事もあった、ただの男。──最早単なる動かぬ肉塊。
雨の為ではない冷や汗が背を、震えを帯びた膝裏を湿らせ、染み入る冷たい雨の雫と同化していく]
(48) 2013/07/25(Thu) 20時半頃