―回想・5月1日 未明 町内部・裏通りと表通りの境界―
>>38
[紅い林檎を、放り投げて受ける。一口齧ったものの、進まないそれを玩具にして、裏通りから表通りに抜ける道をどこかわざと何かを誘うかのようですらある無用心さで足音も殺さず歩み、曲がり角を曲がりぬけて。──ふと、死んだような通りの中で、動いた背が扉中に入る姿を夜目に見止めた。明瞭には見えなかったが、他と間違えようもなく暗い闇でも目立つだろう姿は、自身の視線からは遠目に見るだけでも明らかだった。いつの間に、 露蝶の店近くまで来ていたらしい。
──ルーティエ。蝶の字を持つ音だと、いつか聞いた。
初めて知ったのは街に戻って間もない頃だっただろうか──女性の装いを纏ってはいるが、すぐに綺麗な男だと思った覚えがある。目立つ顔立ちではない、だが、言動もあいまった表情…何よりその腰つき。一目で気に入り、第一声でその晩へと誘った事はまだ記憶にあった。
…食欲が、ない。痛んでいる訳でもない胃の腑の上辺りを押さえ、溜息混じりにも、気を向かせて薬屋へと足を進めた。閉ざされた戸を軽く拳で叩き、暫し反応がなければ片眉あげながらもそのまま離れるつもりで]
(45) 2013/07/17(Wed) 15時頃