3 ディアス家の人々
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失礼します。
[入室を許可する声を受けて扉を開く。>>7 丁寧に手入れされた扉は軋みの一つもせず、柔らかな絨毯は足音を消す。 だから、主のベッドに近づく前に、サイドテーブルを指で軽く叩いた。]
こちらにお飲み物をお持ちしております。 着替えより先に、お飲みになりますか?
[トレイをテーブルに置いた音は聞こえるだろう。 豊かに漂う香りもまた。*]
(12) 2021/01/07(Thu) 23時頃
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[ 控えめに存在を示しながら、スペンサーが扈従する。 目覚めに潤いを与えるだろう温かな香りが空間を漂った。]
ああ、もらおう。
[ 器を倒したりしないよう、低い位置からゆっくり手を伸ばす。]
今は何時だ。
[ カップを手にとり、香りを吸い込みながら問いかけた。*]
(13) 2021/01/07(Thu) 23時頃
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[ セイルズの亡父は町の開業医で、ディアス家の主治医を務めていた。 血を見るのが苦手なセイルズは父の後を継がなかったが、 夫婦で町に戻ってきた彼に、ディアス家は家庭教師の仕事を与えてくれた。
現在の生徒は、10才の令嬢・ポーチュラカのみとあって、 授業の時間はそう長くない。
ただし、楽な務めかと言えばそうでもなかった。 おしゃまな少女は、ときおり、中年男には想像もつかない言動をする。]
さて、今日のお嬢様の調子はどうかな。
[ 料理長に朝食の礼を言って、地上階──貴族の方々の居住エリアへ向かうことにする。*]
(14) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[彼の声に警戒の色が混ざる。 それも無理からぬこと。 今まで生きてきた世界からかけ離れた場所に、彼は踏み込んでしまったのだ。
それでもなおあからさまな拒絶はせず、ただ意思だけを見せる。 その振る舞いに、胸が震えた。]
(-12) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[このまま攫ってしまいたい。 あるいはこの場で押し倒しても。
だが惜しいかな。時間が無い。]
貴きひとよ。名を聞いても? 私は、 という者だよ。
[確かにその時名乗った。 だが、彼は覚えていないだろう。 なぜならば、そのあと彼を闇で覆ってしまったからだ。]
(-13) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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おまえに印を残そう。 私がおまえを辿れるように。 この縁が途切れないように。
[囁きと共に彼を抱きすくめ、首筋に唇を落とす。 ふたつの皓牙を肌に埋め、溢れる熱を啜る。 ほんの、少しだけ。]
(-14) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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さあ、おやすみ。 今夜起きたことは忘れて。
目覚める頃には、おまえの仲間がここを通るよ。 だから安心して、おやすみ。
[牙の痕を拭い、指先で撫でれば血は止まる。 包み込む闇は、彼を深い眠りへと誘うだろう。 彼岸に待っているのは忘却の園。 次に会う時はまた、初めましてから始めよう。*]
(-15) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[朝食を終えて、昼間用の衣服に着替える。 編み込んだ髪には赤い小花の髪留めをつけてもらった。]
今日はホーマー先生はいらっしゃるの? まあ!それじゃあうんと大人っぽくしてちょうだい。
だってあの方、わたくしのことをいつも子供扱いするんですもの。 ちゃんとレディの扱いを覚えてもらわないといけませんわ。 いつもお洋服もしゃんとしていませんのよ。 わたくしが見立てて差し上げれば、きっと良いと思いますの。
[侍女を相手のおしゃべりは、部屋を出ても止まることはない。 勉強のための部屋に移動しても、まだ喋っていた。*]
(15) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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[ 胡乱な相手ではあったが、名乗られて返さぬという無礼はあり得ない。]
ウィリアム ──… ディアス兵曹、だ。
[ つい、ファーストネームを口にしてから、訂正するように階級を名乗っておく。 この若さで下士官ということが、貴族の血筋の証明に他ならないことは気にしなかった。]
(-16) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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[ 玲瓏たる、だが意味を把握しかねる囁きが続いて、 引き上げられるかに思われた身体は抱き竦められた。]
── くっ、
[ 痛みではなく、存在感に圧倒されて声が漏れた。 指先がとらえどころのない輪郭を伝い、
後は沈黙。**]
(-17) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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まもなく9時になるところです。
[主がカップに伸ばした手に、さりげなく指を添えて導く。 カップの持ち手は、正しく主の方へ向いていた。]
今日はゴールディング様がおいでになる予定です。 昼食会にはお出になりますか? 庭で立食形式になるかと思いますが。
[次いで確認するのは、今日の予定だ。 ゴールディング男爵は当主の友人で、時折やってくる人物だった。*]
(16) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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9時?!
[ そんなに寝ていたのか。 学生寮や軍では6時には起床していたものを。
早く起こせと指示することもできた。 だが、考えたのは──早く起きて、何をするのかということ。]
──、
[ 乾いた──否、手袋をはめた手が軽く触れてカップへと導く。 こんな簡単な日常の動作すら他人の手を煩わせてしまうものを。
小さくため息をついた。]
(17) 2021/01/08(Fri) 08時頃
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[ 来客の予定を伝えられ、軽く頭を振る。]
噂の種になりに行く必要もないだろう。 今日は、庭から見えないところで過ごすとしよう。
[ 家族しかいない時も可能な限り、食事は部屋でとることにしている。*]
(18) 2021/01/08(Fri) 08時頃
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では、今日のお召し物は気楽な物にいたしましょう。 着替えて朝食になさいませ。
[主がカップを戻すのを待って、着替えを勧める。 片膝でマットレスを僅かに沈ませるのを先触れに、彼のナイトローブに手を掛けた。
腰を留める紐を解き、ローブを肩から滑り落とす。 手を取って、寝具の間から出るよう促した。]
(19) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[シャツから下着から、すべてを着付けていく。 手つきは素早く的確で、美術品を扱うかのように丁寧だ。 気楽な服といってもスリーピースだったが、生地は柔らかな綿を選んだ。]
こちらへどうぞ。
[椅子へ導いて座らせた。 穏やかな日差しの届く窓辺のテーブルだ。 少し開いた窓からは、外の音も入っている。]
(20) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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朝食をお持ちいたします。 少しお待ちを。
[主の前にカップを置いた後、部屋を下がる。 ドアが閉まる小さな音だけが部屋に残った。*]
(21) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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― 回想 ―
[戦地での仕事を片付けたあと、彼の素性を追った。 ウィリアム・ディアス兵曹。 名と階級、それと少しの推察力があれば特定は容易い。
前触れもなく訪れて、彼を攫っていくこともできた。 けれども少し、そう、遊び心を覚えたのだ。]
軍より紹介を受けました。 アリステア・スペンサーと申します。
[人間の体を纏い、名と身分を用意し、各所に手を回して彼の前に従者として姿を表した。 彼に仕えながら、その心を絡め取るのも一興だろう。 彼の、気高い魂に、もっと触れたい。]
(-18) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[とはいえ、もともと乏しい忍耐は長くは続かなかった。 側近くに仕え、介助のために彼に触れるたび、欲が募る。 忠実で規律ある従者として振る舞うのも、限度がある。
だから、それは、*その夜の出来事だった*]
(-19) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[ 文字通り手取り足取り世話を焼く従者に身支度を委ねる。 内心では忸怩たるものがないこともない。
学生寮や軍での経験もあるから、目が見えていれば、ここまではさせないのだけれど、 むやみに自分でやりたがるのも、甲斐がいしくされるのを恥ずかしく思うのも、却って使用人を困らせることになると思うからだ。 ならば、貴族らしく超然としていた方がいい。]
服の色と柄、織は。
[ 時間を訊ねたのと同じ調子で、確認しておく。]
(22) 2021/01/08(Fri) 19時頃
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[ 朝食を運んでくるという従者に、軽くうなずく。]
父はもう読み終えたろうから、新聞も頼む。
[ 従者に音読してもらうのも日課だった。
世情に疎くならないためというよりも、戦争の行方が気になっていた。 正確には──自分が視力を失うことになったあの晩に、何があったかという手がかりが見つからないものかと考えている。
それが叶わずとも、アリステアの声は心地よく、自分で読むより記事がよく理解できる気がするのだった。*]
(23) 2021/01/08(Fri) 19時頃
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― 回想 ―
[ 気がついた時は野戦病院だった。 後続の友軍に救助されたと聞いたが、どうやら不可解な状況であったらしく、対応は歯切れが悪かった。
目が見えないことについて、軍医は「強い閃光を直視しなかったか」とか「頭をぶつけなかったか」などと問診をしたが、ウィリアム自身、あの晩のことは曖昧糢糊として思い出せないでいる。 時間が跳んだように現実感がない。
最終的に、「眼球は傷ついていないが、失明は強いショックのせいかもしれない」という不確かな診断を受けただけだ。 小隊の仲間は全滅したと教えられたのは、もっと後のことだったけれど。
治療の手立てもないまま、とうてい前線には戻れぬ状況が続き、最終的に除隊を命じられた。 負傷原因が不明ながら勲章がついてきたのは家柄のせいだろう。]
(-20) 2021/01/08(Fri) 19時半頃
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[ 恩賞を軍に還付したのも、貴族としての自然な流れだったが、 その返礼のように、軍が従者という形で看護人を紹介してくれたのは、珍しいことだと思う。
若くて壮健な男なら、兵士に欲しいはずだ。 それがどうして回ってくる?
そんな推理から、アステリア・スペンサーに対しては、何か問題を抱えた人物なのだろうという先入観があった。 貴族の嗜みとして、表には出さないようにしたけれど、警戒はしていたのだ。*]
(-21) 2021/01/08(Fri) 19時半頃
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[ くしゃみをひとつした。]
これは誰か、わたしの噂をしているかな。
…おっと、そんな非科学的なことを言っていると、お嬢様の教育によくないか。
[ 勉強部屋に入る前から、ポーチュラカのおしゃべりは聞こえていた。 礼儀正しくノックをして、訪いを告げる。]
(24) 2021/01/08(Fri) 20時頃
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おはようございます、ポーチュラカさん。
今朝もよい天気でした。 さて、天気についてのことわざ、あるいは詩をひとつ、思い出して、言ってみてください。
[ おしゃべりに巻き込まれる前にと、さっそく課題を出す。*]
(25) 2021/01/08(Fri) 20時頃
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[ディアス家当主であるアルフレッド・モーリスは実直な人物として知られている。 派手な事業を起こすわけでもなく、社交界に華と咲くわけでも無い。 先祖伝来の土地と人を守り、昔ながらの領地経営を堅実に行っている。
狩りと犬を愛し、音楽と料理を楽しむ。 貴族としては、ごく普通の生活を送っていた。*]
(26) 2021/01/08(Fri) 21時半頃
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どうぞ。 入っていらして。
[礼儀正しいノックを聞いて、侍女が扉を開けに行く。 ホーマー先生は、部屋に入ってくるなり天気のことを口にした。]
ご機嫌よう、ホーマー先生。 ええ。今朝もとっても良いお天気。
でもわたくし、今は天気の話よりもおしゃれの話をしたい気分ですの。 もうすぐ仮面舞踏会もあるでしょう? わたくし、今から楽しみでしかたありませんのよ。
(27) 2021/01/08(Fri) 22時頃
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でもお天気の話も少しはした方がいいかしら。 レディですもの。とのがたのどんなお話にも、おこたえしなくっちゃ。 お天気の話にも、とてもおしゃれなお話があったでしょう? なんだったかしら、うーんと…そう。 どんな雲にも、銀色の裏地が付いているっていうお話、ご存じ?
すてきな話じゃなくって? 雨降りの真っ黒な雲でも、ほんとはみんなおしゃれしてるの。 雨が上がってお日様が戻ったら、雲はみんな舞踏会に行くんだわ。
先生は舞踏会にいらしたことはあるの? すてきな方とダンスなさったことは?
[うっとりと喋り続ける間に、侍女が先生のために椅子を引いた。*]
(28) 2021/01/08(Fri) 22時頃
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